第3話 月下の城_2
彼女が目を覚ましたのはどこからか響いてくる
晩夏とはいえ、久しく涼しい心地の良い夜だっただけに叩き起こされた彼女の気分は悪かった。
こんな
しかしその試みも気分も、次第に大きくなっていく呼び声によって打ち砕かれた。
「―――メナ様!」
蹴破るかのような勢いで押し開かれた扉の音に驚き、彼女は飛び起きた。
そこには彼の持つカンテラの灯りに照らされた、見慣れた従者の見慣れぬ慌てた顔があった。
ドゥカイだ。
彼女の護衛として長年
大仰な警護を好かないメナに付けられた、数少ない従者の一人である。
そんな彼の刈り揃えられた茶褐色の
そしてメナの驚く顔を見るなり、少し安心したように息を吐いてから、真剣な表情で彼女に告げる。
「―――敵襲です」
敵襲。
図らずも外の喧騒の理由を知ったメナは、その言葉を理解するまでに一瞬の時間を要した。何せ、その手の話は近頃全く上がってこなかった。
「―――え、は、それは……いえ、はい、そうですね。それじゃあ」
動転するメナに対して、彼はゆっくりとした口調で彼女を
「落ち着いてください。ですが、何か羽織るくらいはした方が良いかと」
彼女は寝台から立ち上がって、自分の格好を見下ろす。
確かに寝巻きの薄い生地ではあまりに
メナはひたりと地面に足を着き、衣掛けの中からなるべく地味な羽織を一枚取り出して
「わたし以外はどうしています?」
動き
「―――分かりません。ですが、
「―――……そうですか」
メナは暗い予感が頭をよぎったのを悟らせぬよう、顔を引き締めて立ち上がる。仮にも王族である以上、いたずらに感情を表に出すのは
しかしドゥカイにはお見通しだったに違いない。彼は悲しそうに言った。
「
メナの寝室は本来、別所だ。
しかし彼女はしばしば、城の裏手に
「―――……」
ドゥカイの言葉の真意は、想像に難くない。
彼の言う通り
準備を終えたメナは顔を上げ、従者に声をかける。
「―――ドゥカイ、行きましょう」
しかし、用意が整う瞬間を見計らったかのように、何者かが部屋に飛び込んで来た。
警戒して振り返るが、そこには見覚えのあるふたりがいることに気づく。
ひとりは中年くらいの大男、セジン。そしてもうひとりは、メナと同い年の少しふくよかな女性、ギノーだ。
セジンはメナと目が合うと太い首を下げて
「ドゥ、正面は
「―――裏門はどうだった?」
「
「―――
「それは……」
言い
「えっと、宿舎から見えましたわ。たくさんの
「―――となると、正面突破は難しいか……仮に門を抜けられたとしても……厳しいな」
ドゥカイの言葉を最後に、部屋に重い沈黙が拡がった。
つまりは現状、
ドゥカイは眉根にシワを寄せ、提案を口にする。
「―――このまま、ここに居るのも危険でしょう。どのような手段を取るにせよ、裏門に一番
時間が経てば経つほど、危険は増していく。メナとしても
メナが頷いて方針が決定するが、彼女は不意にあることを思い出して彼らを呼び止めた。
「あ、少し、待ってください」
彼女は寝台の脇の鏡台に向き直り、その引き出しから、赤い宝石を抱いた金色の鎖を握りしめる。
それは兄から受け取った形見であった。
「―――すみません、お待たせしました」
メナが三人の元に急いで戻ると、ドゥカイが即座に頷いた。
「それでは、行きます!」
開け放たれた扉の先、廊下を挟んだ窓の向こうの光景は、存外に静かなものだった。
雲で隠れた月の光が夜の暗さを引き立て、一見すると何事もない夜と錯覚してしまう。
しかしだからこそ、それを下から照らす
その火の粉は、空に絶望を撒き散らしているかのように舞い、空に溶ける。
メナは立ちすくみ、呟いた。
「―――これは」
ただの襲撃ではない。
無駄のない計画的なこの襲撃がそう感じさせるのか、時々響く喧騒は劇中の台詞のようだ。
城の
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