掛け違え

小狸

短編


 人の気持ちというものが、まるで分からないのである。

 

 人間の感情を、理解することができない。


 いや、言いたいことは分かる。


 人は人の感情を、完全に相互理解することはできない。

 

 相手の気持ちに共感している、というのは言葉の綾であり――実際は相手の気持ちを分かった気になっているというだけの話である。


 それに、真の意味でお互いを理解し合えること、それがイコールで幸せになることができるということには繋がらない。


 大切なのは、お互いを分かろうとすること――分かり合えないと分かっていても、歩み寄ろうとすること、そうなのだ。

 

 そこまでを理解していながら、尚、私は分からない。


 人の気持ちというものが、理解できない。


 何をやろうとしても、何を発信しようにも、何を受信しようにも、駄目なのである。


 あらゆるボタンを掛け違えてきた。


 例えば、誰か特定の相手から好意を向けられることがあった。


 私にはそれが、微塵たりとも理解できない。


 私のような、何か間違えて生き続けてしまったような者を好きになるとは、一体どういう神経をしているのか、その気を疑ってしまう。


 私には価値がない。


 これは自己肯定感とかそういう類の話ではなく、現実的な分析である。


 実際、私には意味がない。


 親の言いつけも守れず、教師の期待にも応えられず、誰かの何かにもなることができなかった。


 だからこそ、そんな無価値な私を好きになる者というのは、存在しないと思っている。


 どうせ何か策略だとか、父の遺産や、私の身体目当てなのだろう。


 人を信用するという回路を、私は学生時代に失っている。


 皆と同じように、にこにこ笑うことはできるし、輪に溶け込むこともできる。


 しかし、信用という観点から考えると、分からないのである。


 信じる。


 簡単なことであり、難しいことでもある。


 分からない。


 それは、私が、分かろうと思っていないからだ。


 回路が焼き切れている。


 どうしようもない。


 それでも私は。

 

 独りが寂しいと思っている。




「掛け違え」――了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掛け違え 小狸 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ