第2話
「さて、新しい依頼だ」
別日、同じバーの同じ席でまたも恰幅の良い男性と真っ黒な男が向かい合って座っている。
恰幅の良い男性は、真っ黒な男に何やら書かれている紙を渡した。
「いたぶり趣味の男を殺してくれって依頼だな。人身売買で買ったやつを痛ぶった上で殺すような快楽殺人者だ。そいつの家を強襲しろ。依頼主は、ある日に人身売買グループに娘を誘拐されたようだ。そして、そのグループの買い手が今回の標的だ。誘拐された娘は、散々悲惨な目に合わされた上で、絶命。その後、その様子の動画を標的が依頼主の元に送ったらしい。依頼主はもう、怒り心頭さ。警察に頼むのではなく、どうにか復讐したいと考えていたところで、お前の噂を聞き齧ったらしいな」
恰幅の良い男性は、仕事の内容を粛々と伝える。
その内容は、口にするのもおぞましいものであるが。
「報酬は」
真っ黒な男も同様、確認事項を機械的に問うのみ。
二人を取り巻く空気は、重くも軽くも無い。本当に、普通のことのように。
「依頼主は表の、普通の人間だ。ただの一般家庭のな。金は多く持っていない。搾れるだけ搾るつもりだが、何せ動画と不確実な情報だけで標的を特定したんだ。お前に回せるだけの金は無い」
「受けよう」
即答だった。
しかし、先程よりも少しだけ、声に熱がこもった。
「おいおい、覆面越しでもわかるぜ。こっちだって安請け合いは出来ない。そもそもお前がいなきゃ歯牙にもかけないような話だ。同情出来る話ではあるが、金は貰わないとならない。無償で働くわけにはいかないだろう。先方もその事は理解してる。そんなに睨むな。搾れるだけ搾り取るってのは…しゃあねぇじゃねぇか」
恰幅の良い男性は言い訳まがいの言葉を吐いているが、臆している様子は無い。
ここはビジネスの場。そして交渉は、あくまで自分が斡旋する側。立場はハッキリとしている。
だから、真っ黒な男がこの話のどこかに文句を言いたくなったとしてもこう答えるしかない。
「何も言ってないだろう」
真っ黒な男の答え、そしてどこに嫌気を差しているのかなんてのは、恰幅の良い男性は深く追求しない。
そもそも、どこに引っ掛かっているのかは、わかっている。
こいつがどういう人間なのかもわかっている。だから少しばかりの抵抗も寛大に許してやる。
「…ああ、そうだな。報酬も無いのに受けるやつなんてお前くらいだ。こういう依頼限定だが。さて、詳細の情報はその紙に書いてある。お前なら今から突っ込んでも無事に達成出来るくらいには標的について調べてやったよ」
「助かる」
「他に聞きたいことはあるか?」
真っ黒な男は紙に目を通す。しばしの沈黙。その後に、ライターで紙に火をつけた。ある程度燃えて小さくなった紙を灰皿の上に置く。紙は完全に燃え切った。
「無い」
真っ黒な男は、それだけ答えて店を出て行った。
紫炎を燻らせ、恰幅の良い男はその背を見送った。
○
翌日の深夜、深閑とした住宅街の中を、完全に闇に溶け込んだ男が歩いていた。街灯が点々と灯すのみ、人の気配も全く無い寂しげな一画。男が向ける視線の先には、少し大きめの一軒家がある。
そこが、今回の標的の家だ。
一見、普通のニ階建ての家に見えるが、あの家には地下室もある。一階は生活スペース、ニ階は芸術品や服飾が多数、屋根裏には少し趣味の悪い物、そして地下室には最低に趣味の悪い物が置かれているとの情報だ。
誰かが軽く家にやってきたとして、屋根裏に隠している少し趣味の悪い物をわざと見つけさせることや誘導することで、地下室の存在を隠す魂胆なのだろう。
真っ黒な男は、音も無く、静かに歩き続けた。
一歩、家に近付く毎に、静かに、心の中の火を炎へと変えていく。
○
真っ黒な男は、闇に紛れながら一軒家の二階に登っていた。多少の凹凸や建物の構造を上手く利用して器用に登る。しかも音を立てない至妙の動き。こういう事に関しては誰も敵わないだろう。ニ階部分には、ベランダに出る為の扉がある。その扉は勿論施錠されているが、男は難なく鍵を開けた。
標的の家の玄関は、複数の複雑な鍵による強固な構造になっている。また、窓ガラスなどは防犯用に対策されているため、簡単には割れない。ただ、このベランダの扉に関しては、少し変わった形の鍵を使っているだけで、他に比べると侵入しやすい。だがしかし、問題点はある。ここの侵入の際には、どれだけ気を付けてもドアを開ける時に音が鳴る。警報音などではない。ドアの軋む音がどうしても鳴ってしまうのだ。
まあ、その点も利用出来るという情報を持っているからここから侵入するのだが。
この家には、防犯による通報対策は無い。侵入盗があって、間違って警察に地下室を見つけられれば面倒事になるからだ。自分が留守の間に侵入盗があって、緊急時対応などで家に入られる事など万が一にもあってはならないということだろう。
普通ならばこのベランダの扉も開けられないが、真っ黒な男は、与えられた情報が非常に正確であったことで鍵を複製することが出来、侵入に至れた。
軋む音が響いたが、真っ黒な男は気にせずに宅内に入った。音は大きく鳴り、侵入者が来た事は恐らく標的に伝わる。時間は深夜であれど、熟睡してくれているとは限らない。してくれればありがたいが。
標的は逃げないだろうと踏んでいる。留守以外の時であれど、警察に踏み込まれるのを嫌っている節があるとの情報だ。つまりは、警察を呼ぶにしても、侵入者が去って、地下室がバレたとしても問題無いように細工をしてからだろう。今はまだ、地下室の『掃除』は終えていないだろうから通報の心配はいらない筈だ。そして、わざわざ逃げずとも、迎撃する用意に関してはいつだってしているはず。
ここは腐った街、犯罪を行うやつに碌な者はいない。善人よりも悪人の方が多い街だ。秘密裏に侵入者を捕まえられれば、自分がいたぶれる玩具が増える程度にしか考えていないだろう。
餌が向こうからやってきた、と今頃思っているはずだ。
二階には、服や絵画が置かれていた。マネキンもある。標的は男性。一人暮らしの筈だが、女性用の服も数多く存在した。さらに、サイズもまちまちだ。フォーマルな物やカジュアルな物、コスプレ用の物まである。
自分の快楽を満たす際に使用するのだろう。
その日の気分によってどんな楽しみ方を考えるのか、それとも計画的にどんな楽しみ方をするかローテーションでも組んでいるのか知らないが、どちらにしろ良い趣味はしていない。
少し破れている服が散見された。引っ掛かって破れたにしてはおかしな場所だ。となれば、破れた理由はくそみたいな色々な行為をしている時ということだ。
真っ黒な男は幾つか部屋を回ったが、二階は全てそのような物で埋め尽くされてあることが確認出来ただけだった。
二階に標的はいない。
一階に降りてまた部屋を回った。一つ一つがかなり広い部屋だが、特に変わった点は無い。夕刻にでも作った料理のにおいが残っていた。部屋は全て清潔に保たれている。雑貨も多く置かれているし、一般的に用いる生活用品の類いも多い。一階にそれらの物を集めた結果か。また、一階の壁は通常の造りよりも少しばかり防音に気を遣っていた。これは、地下室から仮に音が漏れたとしても外に知らせない為の対策か。とはいえ、そこまで徹底しているわけでもないので、テレビ等の生活音や環境音に気を配っている程度ではある。
通常の生活スペースだ。一階にはおかしな点はそう見受けられない気がした。が、歩いていると、どこかで何かがぶつかる音がした。
この先の洋間の方、クローゼットの中からだった。
真っ黒な男は、クローゼットに近付き、躊躇なく開けた。
開けたと同時、中から傷だらけの小さな女の子が倒れかかってきた。女の子は服を着ていない。体中に血がついている。意識も無いようだった。
息は、細いが、微かにでもある。
真っ黒な男は、女の子が倒れかかってきたその瞬間、腰に携えていた伸縮する警棒を右手で取った後、素早く振って伸ばした。そして、女の子を見つめたまま、警棒を右側方に突きつけた。
「うぐっ」
突きつけられた警棒の先には、暗闇の中で中背の男性が鉄槌を振りかぶり、今にも真っ黒な男の頭を割ろうとしていたところだった。そんな状況であれど何ら焦る事はなく、中背の男性の喉元に警棒を突きつけ、真っ黒な男は依然女の子を見つめながら呟く。
「嫌いな罠だ」
真っ黒な男は、ゆっくりと中背の男性の方に顔を向けた。
「もっと楽しませてやろう」
低く重い声を暗闇に響かせる。
真っ黒な男は、中背の男性を警棒で殴りつけて意識を飛ばした。
○
中背の男性が目を覚ます。自然にではなく、顔面に水をかけられて無理矢理起こされた。意識が飛んでいるうちに、下着だけにされ、地下室の拘束椅子に縛られていた。
自分が、いつも自分の玩具を座らせていた拘束椅子だ。
叫ぼうとしたが、口にテープが貼られていて叫べない。叫んだって無駄な事はわかっている。この地下室は、男性が、どんな拷問をしても外部には一切絶叫も何も届かないように自分で設計したものだ。防音効果は非常に高い。絶叫どころか金属同士を強く叩き続けても外に漏れる事はない。壁には吸音材もつけているし、壁自体も非常に重厚、そして地下室故に土が音を吸収するのに役立ってくれている。
意味がないことは百も承知。それでも、叫ばずにはいられないと思った。
何故、自分が、自分の用意した拘束椅子に座らされて、何故、自分がまるで拷問されるような、何故。
ぐるぐると同じところを行き来する思考。だが、止まらない。止められない。
恐怖が頭を支配し、酷い焦燥感に駆られた時には人間こうも思考力が落ちるものなのか。
どうすればこの状況を打破出来るかという思考回路にはならない。あるのは、何故自分が、助けてくれ、それのみである。
「起きたか」
声のした方を向く。その主は、頭からつま先に至るまで全身が真っ黒な、奇怪なやつだった。
そうだ、二階の扉の音が鳴ったので侵入者には気付いていたのだ。家に侵入してきたから、後ろから襲い、自分が痛めつけて、それで、反省させてやろうと思ったんだ。同時に、痛みを極限まで与え、辱めを与え、この世への未練を絶ってあげて、自分が犯罪者の為に『魂の解放』をしてあげようと思ったのに、こんな、こんな。
「テープを取ってやる」
真っ黒な男はそう言うと、乱暴に自分の口を封じていたテープを剥がした。口元にヒリとした痛みが走る。
しかし、痛みを代償に口は自由になった。
ふざけやがって、ふざけやがって!
恐怖は未だ胸にあるものの、その下からふつふつと怒りが湧き上がる。文句を言ってやらなきゃ気が済まねぇ!
「おれに何してんだよこのクソ野郎!」
開口一番、椅子に縛られながらそう怒鳴りつけてやった。
グチャッ。
瞬間、鼻が折れたのがわかった。
「いっ、いぎっ…!」
痛い。鼻が折れて、血が口に流れ込む。息が上手く吸えなくなった。喋れない。
殴られた。容赦なく、躊躇なく。
「どんな気分だ」
真っ黒な男が問う。
目の前の男の右手には、血が滴っていた。自分の血だ。
あんなにも出てるのか…?おれの血が…。
「…ごぽっ。殺してやる…!」
グチャッ。
今度は目の辺りを殴られた。右目だ。右目がぼやけて上手く見えなくなった。
「そうか」
殺してやるという返答に、真っ黒な男はそれだけ短く答えて、近くに置いてあった一本のナイフを手に取った。ナイフには何かを丁寧に塗り込む。
あれは、あの位置にあったものと言えば、神経を麻痺させる類いの毒だったはずだ。効果は遅く表れるはずだが、解毒するのは非常に難しい特注品。
あんなものをこのおれに塗り込む、いや、切り入れようとするなんてどうかしている!
「何するつもりだぁ!」
そうして、真っ黒な男が銀色の鈍く光る刃物をちらつかせながらゆっくり近付いてくる。
わざわざ焦らしている。だが、真っ黒な男からは楽しそうな雰囲気は一切感じない。
こいつは、快楽のためにやっているわけじゃないんだ。そのことが、酷く不気味で、恐怖を与える。
「お前は、対象に痛みや辱めを与える事で『魂の解放』などという馬鹿な事を信じているらしいな。ならば、痛めつけてもそう恐怖はあるまい」
「そ、そうだ…!」
反射的に返してしまったが、そんな事はなかった。やるのとやられるのでは、大きく違う。今でも二発殴られただけで体は震え始めていた。目の前の真っ黒な男は、狂っている。自分がこれまでやってきた行為を思い出す。痛みは、これ程怖い。だが、強がる事で少しでも何かが変わればと、とにかく言葉を吐いていた。
「だから、お前には死に近付く時間を極限まで感じさせてやろう」
真っ黒な男はそう言うと、屈んで拷問椅子に縛り付けられている男の両足のアキレス腱を切った。
繋がっていた何かがぶつんと離れた感覚がした。痛みは右肩上がりに増していった。
悲痛な叫び声が地下室に響く。反響して、声はうるさい程に。
さらに、右腕と右肩の腱を切られた。重力に逆らえず、ダランと下がる。
右腕の拘束具が外された。だが、腱が切られて動かすことが出来ない。下がり続ける右腕のせいで、痛みはどんどん増していく。その場に留めようと思っても筋肉が言う事を聞いてくれない。時間とともに比例して痛みを増し、まだ繋がっている筋肉の部分は少しずつ、意思に反して伸び続けた。
叫び声は、より大きくなった。
左も同様に切られた。
声が少しだけ掠れ始めた。
「痛いか」
真っ黒な男が、叫び声にかき消されるくらいの小さな声で聞いた。
質問は届かず、叫び声は止まらない。
グチャッ。
口を殴られた。堰き止められていた赤い液体がドッと溢れた。同時にポトポトと何かが口から落ちた。
歯だ。
歯が何本も自分の太ももの上に落ちた。口の中はまたも血で満たされた。そしてすぐに流れ出た。
「痛いか」
真っ黒な男が聞いた。
「いひゃい…!やめ、でっ…」
泣きながら答えた。血を溢しながら答えた。
耐えられない。こんなに痛いのは耐えられない。
喋りにくくても懇願しなくては。
その心からのお願いに対する真っ黒な男の返答は、嫌な切り返し方だった。
「お前はどう答えた?」
真っ黒な男の問いに、何も答えられなかった。
答えたら、終わりだと思った。
痛い、やめてと言われた時、言われ続けた時のこれまでのおれの答えた言葉は。
グチャッ。
「答えなくても終わりだ」
また鼻が殴られた。血が止まらない。
体が少しずつ冷たくなっていく感覚があった。
至る所から血が流れている。出血が多すぎるのだ。そして、あまりの痛みと恐怖に脳が拒否反応を示しているのだ。
必死に息を吸おうとしながら、体を震わせた。
「寒いのか?」
真っ黒な男が問う。
「血…血が…血…」
グチャッ。
もう顔面の感覚がなくなった気がする。でも、殴られればちゃんと痛い。殴られるたびに体がビクンと跳ねる。身体が震える。
「寒いのか?」
真っ黒な男が再度問う。
もう殴られたくなくて、必死に顔を上下に動かして頷いた。頷くたびに血が飛んだ。
目の前の真っ黒な男のコートや床に血が付着する。しかしそんな事にも何の反応もせず、真っ黒な男はただ一言。
「そうか」
それだけ短く答えると、真っ黒な男は拷問椅子から背を向けた。そして、地下室の至る所に何かの液体を薄く垂らし始めた。少しずつ時間をかけて、念入りに。
その液体の正体は、においでわかる。ガソリンだ。
「なにを…」
顔の痛みを我慢しながら、それでも声を絞り出した。
だが、真っ黒な男は何も答えてくれない。
大体の想像はつく。不安と恐怖が心を満たす。いや、今までで既に満たされていた。もう許容量を超えていた。発狂してしまえば、楽だろうと頭をよぎった。
真っ黒な男は、ガソリンタンクを適当な場所に置くと、今度はテーブルにランタンを置いた。
この時点で、自分の想像から少し外れた気がした。いや、最終的な結末は変わらないだろう。だが、答えに辿り着くまでの式が見えてこない。
真っ黒な男は、ランタンに紐をくくりつけ、その紐を拘束椅子の近くに持ってきた。
限界まで何かの粉が入っている袋にその紐を結ぶ。この袋は、自分が拷問の時や女を楽しむ時に使う粉が入っているものだ。人の感情を大幅に増幅させる効能がある。勿論、違法だ。そして著しく高価だ。こいつで遊ぶのは非常に楽しかった。おれの大事な宝物の一つだ。その袋が、縛り付けられているおれの膝に置かれた。
「大切にする事だ」
真っ黒な男はそう言うと、またテーブルに近付き、ランタンが紐に引っ張られてギリギリ落ちないように、調整した上で傾けて置いた。真っ黒な男がまた拷問椅子に近付き、ナイフの先を袋に当てた。
「仕組みはわかるな?」
そう言うと、小さな穴を開けて真っ黒な男はゆっくりと離れて行く。
「までぇえ!やめろ!やべろ!死にたくない!」
袋から少しずつ粉が漏れ出す。強く叫ぶと体が揺れて、袋に振動が伝わってランタンが少し揺れた。少し揺れて中の粉が目の前を舞う。少量といえど吸引してしまった。
「あぁあああ…いやだぁあ!やめろやめろやめろ…」
粉はどんどん漏れ出ていく。紐は、本当に少しずつランタンの方に伸びて行く。そうしてランタンの傾きは大きくなる。
遠くで出入り口の扉の音が聞こえる。真っ黒な男は、地下室を出て、しっかりと扉を閉めたのだろう。重厚な音でわかった。
自分が、いつも楽しんで楽しんで楽しんだ後に聞いてきた音だ。
今は、絶望の音だ。
「たすけて、たすけて…」
うわごとのように呟いた。すると、頭に今まで遊んできた玩具達が浮かんだ。浮かんだだけじゃない。まるで目の前に、すぐ隣にいる気がした。そして彼らや彼女達はおれの身体にまとわりつく。最後に、真っ黒な男の姿を思い出した。
『お前はどう答えた?』
頭の中で、そんな問いが聞こえた気がした。
その瞬間、周りにいた男女の姿は骸骨に豹変した。腐った肉体に豹変した。他にも、血塗れの肢体へと豹変した。
喉を潰す勢いで声を放った。膝は大きく揺れ、ランタンが地面に落ちた。
ランタンが割れ、中の火がガソリンによって広がる。
薄く、広く撒かれたせいで爆発はせずに自分の周りが燃えていった。やがて火は周りの物を少しずつ燃やし、自分に近付いてくる。
もう寒くないです。やめてください。
もはや声は出ず、涙でも何でも身体から溢れ出た。
自分に火が点き始めてから、意識が途絶えるまで、まるで無限に感じられた。
あぁ、こんな。こんな、終わりだなんて。
○
真っ黒な男は、地下室を出てから洋間に向かった。そして、傷だらけの女の子を抱えて外に出た。
女の子は非常に軽かった。
外傷は深くないが、何よりも数が多すぎる。意図的に処置もされていなかったのだろう。傷の状態や血の固まり具合などで、良くない状態なのはすぐわかった。体は非常に細く、血を流しすぎていた。本当にギリギリだった。
標的の拷問を始める前に、出来る限りの応急処置はした。呼吸は安定したので、とりあえずでベッドに寝かせておいたのだ。
さて、あの地下室のやたらと綿密な作り具合から、火の手が広がることは無いだろうが、長居は無用だ。
急いで治療出来るところに連れて行かなければならないが、周りにバレるわけにもいかない。
女の子を抱えた真っ黒な男は、すぐに闇の中に消えた。
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