第9話

 

 ……何かヤバいぞ。


 反対に俺の興奮は急激に冷めてしまった。


 光秀に正気を取り戻させる意味も含めて、俺は固く握ったげんこつをごちんと少女の頭に落としてやる。


「ぎゃんッ!?」


 光秀はとろんとさせていた目を大きく見開いてからぎゅっと強く閉じた。


「もうしないな? 明智光秀」


 目線の高さを合わせて問えば、


「……はい。もうしません」


 光秀はしっかりと頷いてくれた。少女はすっかりと普通の顔に戻っていた。


「よし!」


 俺は大きく手を打って、この一件の落着を示した。


 が怒涛の超展開についてこられなかった妹の信長は、


「おにいちゃん?」


 と頭上に大きなハテナマークを浮かべていた。


「喜べ。信長。明日からはもうイジワルされる事はなくなったぞ」


「ほんとに? わーい。よかったあ。やったあ。でも。どうして?」


 うん。「どうして?」だよな。さて。どのように説明をしたら良いものか。


 光秀ことアーチャンは信長の友達だ。


 友達のアーチャンが実は黒幕でしたなんて言ってしまってよいものか。普通ならばトラウマものだと思うが。


 いや、今更か。


 目の前でアーチャンの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける兄の姿を見たのだからきちんと理解は出来ていなくとも薄々は気付いているだろう。


 ここではぐらかしても良い事はないと思う。


「うーん。実は」とアーチャンが裏で糸を引いていたという事実を告げると、


「どうして?」


 また信長は不思議そうな顔をした。


「どうしてアーチャンは男の子にわたしにイジワルをさせてたの?」


 それは俺も引っ掛かっていた。この件の一番の疑問は光秀の動機だった。


「どうしてなんだ? 光秀」と俺は本人に聞いてみる。


「それは」と光秀が語るには、


「さいしょはぐうぜん」


 だったそうだ。


「お兄さんがさいしょにオダノブナガちゃんを助けたとき『おれがノブナガを守ってやるからな』って言ったのがすごく……カッコよくて」


 妹を守る兄の姿をもっと見たい。一人っ子であるらしい光秀は強く思ったそうだ。


 そして、その為にはまたイジワルが必要だ、とも。


 ちょっとした悪口から始まったイジワルは徐々にエスカレートしていってしまったが、それに立ち向かって相手を泣かせるまでやり込めていた俺の勇姿に感謝と感動をしていたという。


「お兄さんはすてきでした。こらしめられている男の子を見ているとわたしまでおこられているようで、どきどきしてしまって。ああ。もっと。もっとおこられたいと」


 光秀の顔色がまたよろしくなくなってきていた。


 相手に怒ってもらいたいから悪い事をする。それだけを聞くと無関心な親に対して子どもが構って欲しいとの思いから発するSOSみたいにも聞こえるが、


「もやすだとか死ぬだとか。強い言葉でせめ立てられたい。追いこまれたい。ああ」


 ……これは違うよな。


「アーチャン……?」と信長も軽く引いている。


 もしも、これがアーチャンに受け継がれた「明智光秀」の性質なのだとしたら。


 もしかして「本能寺の変」って、


「究極、殺されたくて殺しにいったのか……? ……破滅願望かよ」


 俺には理解が出来ない話だった。



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