第2話

 

 俺の妹の名前は「織田信長」だ。ファミリーネームはベイカー。


 フルネームは織田信長・ベイカーとなる。


 正確に言えばオダノブナガ・ベイカーだ。


 この世界の人類は全て前世を持っていた。そう。「この世界」だ。地球から見れば此処は「異世界」になる。


 この異世界では子どもが生まれると神殿で洗礼を受けて神様から前世の名前を教えて頂く。神様からの賜り物としてその名前がそのまま子どもの名前になる。


 俺の妹は前世が「織田信長」で、今の名前がオダノブナガだった。


 日本人にとっては「あの」織田信長だが、この世界で日本史を知る人間なんてまず居ない。「織田信長」が生まれてから七年ちょっとが経つがいまのところその名前を聞いて大騒ぎするような人間には出会っていなかった。


 前世があっても今世はその続きじゃない。この世界で生まれた人間が前世から引き継ぐものは、そのほんの一部分だけだ。


 思考能力やその傾向、容姿、筋力、癖、トラウマ等々、その者が持っていたありとあらゆるもののうちから何を引き継いでいるのかは本人にも分からない。


 前世の事など全く覚えていないのだ。


 俺のように「ありとあらゆるもの」の中から「記憶」を引き継いだ人間以外は。


 俺の名前は鈴木涼介。スズキリョウスケ・ベイカーだ。誰がスケベだ。ほっとけ。


 鈴木涼介は日本史にも世界史にも出てこないし、ネット検索してみたところで出てくる「鈴木涼介」は同姓同名の別人だ。「俺」は個人でSNSもしていなかった全く無名の一般人だった。


 平成を生きて令和に死んだ。


 享年は40。


 だが今の俺には40年分の人生経験なんてものは無い。まだ無い。


 前世から引き継いだものは誕生と同時に全てが発揮されるわけではなかった。


 現世の体に馴染む為の時間が必要だと言われている。


 例えば前世の「怪力」を受け継いでいたとしても、産まれたばかりの赤ん坊が大人顔負けの力を振るう事は出来ない。


 キャパオーバーなのだ。


 現世の俺の脳みそはまだまだ12歳で、40年分の人生経験が詰まった辞典のようなものは頭の中にあるはずなのだがまだそれを上手には使いこなせていなかった。


 妹にしてもそうだ。その名前から確実に「あの」織田信長の何かは引き継いでいるはずだが、今までの妹は普通に優しい女の子で織田信長っぽさの欠片もなかった。


 織田信長の何を引き継いでいるのか俺には見当も付いていなかった。


「案外、織田信長とか言っても『あの織田信長』じゃなくて、昭和や平成以降に生まれた同姓同名の別人かもな。きらきらネームとかいうやつ。高橋織田信長みたいな」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る