第4話 危険な女!


 体育の授業が終わると、健斗は夜桜ユナに呼び出された。

「あの、何でしょう」

「そこ入って。その部屋で話しましょう」

 健斗は言われたようにした。すると、夜桜は言った。「わたしの野望に協力しなさい!」

「野望?」健斗は首を傾げた。

「私の手帳を見たのよね」夜桜は言った。「わたしが表向きには、非の打ち所がない美少女だけど、うらでは腹黒い女だって知っているのよね? その事を学校で知っているのは、あなただけなのよ」

 健斗は、つい今しがた新聞部の田中と、探し物が得意な鈴木に話してしまったことを思い出した。だが、口にはしなかった。「うん、そうだけど」

「私の下僕げぼくになりなさい!」

 頭が混乱した。この学園に入って、美少女に言われた言葉が、下僕? 響きとしては悪くない。可愛い女の子の下僕ならそれも悪くない気もする。だが、そう思う一方で、何か大切なものを失う気もしている。

「嫌だ!」健斗は抵抗した。

「私に逆らうの? この超絶美少女のユナちゃんのお願いを断るの?」

「うん」

「なぜよ!」

 健斗は答えた。「ぼくは、単純に下僕になんかなりたくないからだ」

「でも、私は美少女なのよ。この学園では、私に意見する者はいない。ましてや、わたしのお願いを断る男なんていないわ!」

「男の甘やかされて来たんだな」健斗は言った。「ふつう、男とか、女とか、関係なく、そんなお願いしないないものだ!」

「わたしは、普通じゃないのよ」ユナはにやりと笑った。そして、健斗を部屋のロッカーの隅まで追いやった。

「何するんだ」

 ユナは、ロッカーを開けると、その中に押し込んだ。

「何するの!?」

 そのとき、外の扉が開き、体育帰りの女子生徒が戻って来た。

 健斗は、息を飲んだ。ロッカーの中からわずかに外の様子が見えた。ロッカーの中に、女子生徒の話し声が響いてきた。

「授業疲れたよねぇ」

 ユナと会話する女子生徒の声。その時になって、自分の居場所が女子更衣室の中だと気づいた。これは絶望的な状況だ。もし、女子更衣室のロッカーの中に男子生徒がいると気づかれば……退学になるかもしれない。

 それだけならまだましな方だ。ふくろ叩きだ。

 そのあとのことを考えれば、犯罪者として捕まるのではないか。

 さらにその後は、警察に突き出され、拘束され、牢屋ろうやにぶち込まれ、両親には見放される。

 政府から約束されていた給料を受け取れなくなる。

 つまり、今の状況は本当に、絶望的なまずい状況だと言えた。

 突然、ユナがロッカーを開けた。脇にいる女子生徒たちには、ロッカーの扉が影となって、姿は見えなかった。

 ロッカーの中で息をんだ。ユナは健斗の目の前で、体操服を脱ぎ始めた。健斗は、目をつぶっている。だが、彼女の勝ち誇った表情が一瞬見えた気がした。

 抵抗できなかった。彼女はわざとやっているのだ。逃げられない男をよそに、なぶっているのだ。お前は、何もできないひ弱な男だと。

 ユナは衣服をぬぐと、呟いた。「私に、服従を使う?」

 健斗は辛うじてうめいた。

「あくまで抵抗するのね」ユナは、他の女子に気づかれないように、健斗の体操服を半分脱がせた。

 な、何をするんだ……!

「わたしに逆らう者は、許さないんだから」ユナは呟いた。

 それから、完全に自分の体操服を脱ぐと、無理やりにぎらせた。状況としては、女子更衣室で、半らの男が、ユナの体操服を持って、鼻息を荒くして、女子更衣室のロッカーでもだえている状態となった。

 体操服を顔の辺りに押し付けられた。

 もちろん、他の女子生徒には気づいていない。。

 ユナは、携帯電話を取り出すと、さり気なく、更衣室と、他の女子生徒が映るような格好で、健斗を激写した。

 ほほに涙が伝わった。汚いやり方だ。さすがに温厚な健斗も、怒りがこみ上げた。だが、どうすることも出来ない。声一つだせない状況だった。他の女子生徒が近づいていてくると、器用にロッカーのとびらを開閉させながら、その場をしのいる。

「最後に尋ねるわ。私に服従を誓か、それともバラされてみる?」

 悪魔め、心の中で呟いた。

「どうするの?」

下部しもべとなります」

 ユナは着替えをすませると、何事もなかったかのように、ロッカーのとびらを閉ざし、更衣室から出て行った。

 二十分後、健斗は誰もいなくなった更衣室から抜け出した。その姿は、打ちひしがれた、子犬のようだった。肩は丸まり、ほほには涙のあとが伝わっていた。

「おい、どうした?」

 健斗を探していた田中と鈴木がかけ寄った。健斗は事情を話した。

 二人は、同情するように、頷いた。

「そうか。お前は命があっただけで奇跡だぞ。もし、更衣室で見つかっていたら、本当にボコボコにされた挙句、退学だ。……そしてそのまま、刑務所に直行していたはずだ!」

 健斗はゾッとした。「うん。これで良かったんだ……」

「今思えば」田中は言った。「今までの不思議な出来事は、夜桜ユナの仕業だったのかもしれないな」

 三人は、次の授業に向かいながら廊下を歩いた。

「どうい事?」健斗尋ねた。

「一カ月おきに、事件が起きるんだ。例えば、先月は、学校の生徒数名が、集団で失踪したとか。その前は、グラウンドに奇怪な模様もようが書かれていた。その前は確か……」

 鈴木は言った。「その前は確か。上級生だ。上級生が、能力を使って、何者かにボコボコにされて、病院送りにされたんだった。犯人は見つかっていない。でも、上級生をボコボコに出来る人間はそうはいない!」

「うんうん。いま思えば、あれは彼女の仕業だったのかもしれないな」田中は言った。

 健斗は身震いした。「彼女は悪魔だ!」

「ああ、悪魔だよ。人の顔をかぶった悪魔だよ」

 健斗は言った。「ぼく、君たちのこと言わなかったから」

 二人も、夜桜の秘密を知っている。

「お前、オレたちをかばってくれたのか?」

 頷いた。「ばれたら、二人もただじゃすまいだろ」

「俺たち、お前を応援するよ」

 鈴木は言った。「ああ、お前は俺たちを守ってくれた。だから、俺たちは、夜桜の脅威から少しでも守れるよう協力するよ!」

「でも、なるべくだ。俺たちも、命は欲しいからな」田中は、小さく頷いた。

 次のクラスの授業にたどり着くと、授業が始まった。三人は、十五分ほど、遅刻していた。先生には怒られなかったが、注意されてしまった。

 そうこうしながら、一日が過ぎていく。

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