第44話 『年下好き』 + another episode『人類再生計画』
夕食後、まだ日が沈まないうちに屋上に行って夕焼けを眺める。
ぼーっと今後のことを考えていた。
明日には、このシェルターを出て行かなくてはならない。
だからといって、出たらすぐに七塚さんを探すというのも難しいだろう。そもそも、グールに積極的に接触したら、どんなトラブルに巻き込まれるかわからない。
ゾンビなんて雑魚だから余裕だと思っていたところに、グールというダークホース。……いや、俺にしてみればグールですら、雑魚なんだけどさ。
それでも、あんな話を聞いたあとだと恐怖を感じる。
もし仲間が捕まって、薬を打たれたとしたら……。
小春たちを攻撃できるのわけがない。
「サトミくん」
後ろから声がする。振り返ると親帆さんがいた。
「こんばんは。妹さんとは仲直りできましたか?」
「いいえ……。昼間は本当にごめんなさいね。あの子、お父さんっ子だから」
「そうみたいですね。昼間に聞きました。まあ、だから俺も本当の事を言えなかったんですけどね」
「わたくしにも話せませんか?」
「親帆さんに話しても、妹さんに言えないでしょう。そうしたら、また妹さんはあなたのことを責めますよ」
「そうね。ツライ事実なのでしょうね。あの子のことを考えれば言えない……それくらいは想像はつくわ」
「だから俺は沈黙するしかないんですよ」
「そう。ありがと。あの子のことを思いやってくれて」
「ただ、今後のことをどうするか……」
それが一番の問題だ。
「わたくしたちが重荷になるようでしたら、ここでお別れしても構いませんよ」
「農場の件はどうするんですか?」
「そうね、あの子が本当の意味で大人になるまで待つしか無いわね」
そうすれば信乃ちゃんは、本当のことを知らなくて済む。いや、そうだろうか?
あの子なら、単独で父親を探しに行くかもしれない。姉との関係を失ったとしても。
それと、もう一つ、実は懸念があるのだ。これは俺の中の推測でしか無い。そのための質問を彼女に投げかける。
「親帆さん。あなたがむっちゃんと出会う前のことですが、どこのシェルターにいましたか?」
「え? 柏のシェルターにいましたけど、それが何か?」
「そこのシェルターは今も健在ですか?」
「いいえ、ホードの日にゾンビの襲撃に巻き込まれて壊滅しましたが」
小春、道世、むっちゃん、そして親帆さん。いずれが居たシェルターもホードの日に壊滅している。
狙われるシェルターはランダムだと言っていたが、それは本当なのだろうか?
4人に共通するのは、すべて手の甲に文字を持つ者たち。これは偶然なのか?
「杞憂に終わればいいのですが、たぶん、俺たちが居るシェルターはホードの日に確実に狙われます」
「それはどうしてですか?」
「今はただ、推測の域を出ない俺の勘です」
「そう。だとしたら、わたくしたちは一緒に居た方がいいかもしれませんね。やはり、せめて信乃だけでもこのシェルターに置いていく方が……」
「彼女がそれを認めると思いますか?」
「そうね……前のシェルターと同じ轍を踏むことになるわね」
「信乃ちゃんを守る為にも、俺たちはチームで行動するのがいいでしょう。それに」
「ホードを乗り越えるのに、準備が必要ですわね」
「ええ。それまでに拠点を構えて迎撃することになるでしょう」
「わかったわ。わたくしもなるべく早く、信乃と仲直りすることにしましょう」
「お願いします」
「いえ、こちらこそ姉妹の問題に巻き込んでしまってごめんなさいね」
お互いに謝罪している姿におかしさを感じたのか、親帆さんがクスクスと笑い出す。俺もそれにつられた。
「そういえば、親帆さん。俺と二人きりで話していて大丈夫なんですか?」
「なんでかしら?」
「いえ、むっちゃんが心配するんじゃないかって」
いちおう二人は付き合っているのだし、二人でいるところも見られて勘違いされる可能性もある。
「大丈夫よ。わたくしが年下好きだって知ってるから」
「あはは。俺も年下なんですけどね」
「あなたは違うわ。見た目は……そうね、確かに年下だけど、あなたからはもっと包容力のある父親っぽい匂いがするもの」
あれ? 中身おっさんだってバレてる?
「俺って、そんなにオヤジ臭いですか?」
「そういう意味では無いのだけどね。不快に思われたらごめんなさいね」
「いえいえ、自覚はありますからお構いなく」
「そういうところですよ」
「え?」
今の会話で何かを悟った親帆さんが優しく微笑む。
「では、少し早いですがおやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
親帆さんは去って行く。不思議な雰囲気を持つ人だよな。
たしかに、俺の実年齢を考えると親帆さんは年下になるのか。それを本能で感じとって『タイプじゃない』って言い切るのもある意味凄いよな。
さて、グダグダ悩んでいても仕方が無い。行動するには情報が足りない。
そして、信乃ちゃんを過保護に扱うことが、果たして良いことなのだろうか? ということも考え直さなければならないのだ。
■another chapter(別章)
□人類再生計画
陸上自衛隊の宿営用天幕の中で、一人の軍服を着た女性が無線の前で交信をしている。彼女は陸上自衛隊の士官であったので、正確には常装第3種夏服といった方がいいだろう。
「三浦3佐。現状の報告を」
無線から聞こえてくる男の声に、
「連絡のとれた部隊は集結しつつあります。一個中隊程度は確保できるかと」
彼女が居る場所は、陸上自衛隊霞ケ浦駐屯地。敷地内に飛行場もあり、都会からは離れているが、人口14万の都市である土浦市の中にある。
魔王城がある鬼越山からは、20キロほど離れた場所だ。今のところ魔物との戦いは、小規模でしかなかった。
「まだ足りぬな。その程度の数では、奴らには
「ですが、ゾンビやゴブリンは歩兵で対応できますし、オーガ程度なら30mm機関砲で対処可能です。ゴーレムも成形炸薬弾で倒せますからご心配はないかと」
「いや、敵はそれ以上の大物を呼び出す気のようだ。敵本拠地への攻撃は、私の駒である遊撃部隊をぶつける。だから、君たちは防衛に専念して、本来の役割を果たせ」
「承知しました」
「街の改修作業の方はどれくらい進んでいる?」
「ようやく4割ほどですか。燃料が足りなくなってきているのが懸念材料ではありますが」
「今、私の方で化石燃料を集める手段を考えているところだ。しばし待て」
「ありがとうございます。それから我々が懸念していた原発についての安全は確保されたのでしょうか?」
土浦から一番近い原子力発電所である『東海第二発電所』は50キロ圏内にある。その先にはまだ完全に廃炉となっていない『福島第1原発』が存在した。
国家が崩壊したと聞いて真っ先に彼女が恐れたのが、原発事故による放射性物質の拡散だ。
「ああ、すべての原発は制御棒の挿入により核分裂は停止している。崩壊熱による冷却水の喪失がないよう、万全の注意を払って管理しているよ。しかるべき時がくれば我々の手で解体することになるだろう」
「それを聞いて安心しました。事故が起きればこの地は人の住めない場所となりますからね」
「安心しろ。人が安心して住める場所を作ることを約束しよう」
「本当にありがたいお言葉です」
得たいの知れない相手とはいえ、これ以上に頼りになる相手もいないだろう。
「それよりも魔法樹の育成の方だどうだ?」
「現在、樹高100メートルを超えたと報告が上がっています」
それは彼が持ち込んだ不思議な樹木。全身が黄金のように光るものだった。
「そうか。ならばそろそろだな」
「賢者シカガさま。何が『そろそろ』なのでしょう?」
「喜べ、おまえたちも魔法が使えるようになるぞ」
「魔法……あの時見せてくれたアレでしょうか?」
半年前、彼女が交信相手と接触した時に、デモンストレーションとして見せてくれた魔法。
それは、大型の生物を一瞬で灰にした恐るべきものだった。
「あそこまで行くには、私もかなりの鍛錬と研究が必要だったからな。おまえたちには、まだ難しいだろう」
「では、どんな魔法が?」
「そうだな。まずは基本魔法、傷を塞いで止血する程度の治癒魔法を使えるように指導しよう」
「それは助かります。衛生兵は少ないですし、薬は限られていますから」
「君たちは大切な人材だからな。無駄に死なすわけにはいかないのだよ」
「ありがとうございます」
「では、3佐。引き続き任務を継続してくれ」
そこでブツりと無線は切れる。
三浦牧恵はふうと吐息をつく。相手の機嫌を損ねてはいけないと、ずっと気を張っていたようだ。
そこに一人の男がテント内に入ってくる。
「三浦3佐。お初にお目に掛かります。1等空尉の千葉尚人であります」
彼はバインダーのようなものを渡すと、ビシッと敬礼するる。
「キミの所属は百里基地だったのか。向こうはどうなっている?」
「ほぼ全滅です。うちは陸自のような地上戦は想定外でしたから」
「ホードでやられたか?」
「はい。やつら、めちゃくちゃに暴れて、使える機体も『C-2』一機しか残っていませんでしたから」
「そうか。ご苦労であった」
「3佐。質問よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「この組織は、現在『シカガ』という者の管理下にあると聞いたのですが、それは本当ですか?」
「ああ、本当だ。だが、すでに国家は滅んでいる。自衛隊という組織はないようなものだ。千葉1尉が望まないなら私たちの組織に入る必要はない」
「いえ、『HRP』が掲げる計画は、我らの……いえ、人類の希望です。喜んで参加しましょう」
「そうか。現在、パイロットは不足している。組織で重宝されるだろう。ようこそ、千葉1尉。人類再生計画の第一歩を踏みだそう」
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