第39話 甘えたい年頃


 二日後、鎌ケ谷のシェルターを出発した。


「こっからだと国道464号沿いに行くのが無難かなぁ」


 地図を見ながら俺はそう呟く。


「ほぼ直線で舗装された道ですから、やっぱ車があると便利ですよねぇ」


 西船橋でスタートしたこの旅は、現在6名の大所帯になっている。そろそろ車が欲しいという話をしていたら親帆さんがこう反応した。


「あら、わたくし、普通免許持っておりますわよ」

「そうなんですか? じゃあ、動かせる車を見つければ」


 俺は、道に乱雑に止まっている車に視線を移す。


「たぶんこの車たちはバッテリーが逝っておられますから、動かすのは大変ですわね」

「ふせっち。車に乗りたいのなら、佐原のシェルターで調達できるかもしれないぞ」


 むっちゃんからそう提案される。


「え? マジ?」

「俺が借りたバイクも、佐原のメッセンジャーが乗ってたのを無理言って借りたんだよ」

「おまえ、事故って壊さなかったっけ?」

「めちゃくちゃ怒られたけどな」

「先輩、そろそろ自転車を入手しませんか? 親帆さんも現喜さんも信乃ちゃんでさえ乗れるっていうじゃないですか」

「まあ、そうだな」

「自転車ですか! あたしロードバイク乗りたいです」


 信乃が元気よく意見を言う。うん、まあいいんだけどね。


「たしか、この先にホームセンターがあったぞ」


 俺が地図をみながらそう答えると信乃ちゃんは無条件で喜ぶ。


「わーい、自転車自転車」


 だが、むっちゃんの一言で、それは簡単に曇る。


「ホームセンターにロードバイクなんて売ってたっけ? せいぜいママチャリだろ?」


 信乃ちゃんは無言でむっちゃんの背後に回り、その尻に蹴りを入れる。


「痛ってえ!!」

「うん。今のはゲンちゃんが悪いわね」


 親帆さんが冷ややかに、むっちゃんに苦言を呈する。


「なんでだよ?」

「夢見させてやれよ」


 俺も軽くツッコみを入れる。まあ、今現実を教えてやらなくてもいいじゃん。


「おいおい、みんなでオレをボコボコにするかよ」


 むっちゃんが集中攻撃されたことで、信乃ちゃんの機嫌もよくなっていく。


「うん、かわいいは正義だよね」


 小春は、俺にしかわからないような言葉を吐く。つまり、信乃ちゃんはかわいいんだから『彼女が正義でむっちゃんは悪』なのだから、叩かれても仕方ないよね。という意味だろう。


 まあ、いいけどさ。


 そして、道世は相変わらずみんなの輪には入れずおどおどしている。とはいえ、小春がたまにフォローをするかのように構ってやるので孤立感はなかった。


 今のところは仲良くやれてるかな。俺たちは。


 人間関係で険悪になるのだけは避けたい。それを避けるために、シェルターに定住せずに、自分だけの理想郷を作ろうとしているのだから。




**



 しばらく歩くとショッピングモールが見えてくる。場所としては北総線の『千葉ニュータウン中央駅』あたりだ。


「かなり広そうだな」


 むっちゃんが物珍しそうに辺りを見回す。メインのショッピングセンターとモール棟が道を隔てて二つも建てられており、さらに映画館と総合ディスカウントストアが入った建物が別棟として建てられている。


「漁りがいがあるぞ」


 物資の入手にはちょうどいい。成田に行ったときの手土産にもなる。


「手分けして探しますか? 先輩」


 小春は、モール全体を見渡しながら俺に提言する。6人で一緒に見回るには効率が悪いと思ったのだろう。


「そうだな。6人だから、3つくらいにチーム分けするか」


 俺がそう言うと、親帆さんがチーム分けの良い方法を教えてくれる。


「ジャンケンで決めるのが手軽ですわね。この場合は勝ち負けではなくて、指の出し方が同じだった二人で組むという方法でいいでしょう」

「なるほど、出し方が同じだった二人が抜けていけば効率良く決められますね」


 というわけで、ジャンケンでチーム分けをする。


 最終的には、俺は信乃ちゃんと組むことになり、小春は道世と、むっちゃんは親帆さんとのコンビとなった。


 さらに探索場所の区分けは以下のようになった。


「わたくしたちは東棟ね」


 親帆さんたちはA班は東側にあるショッピングセンターのイ○ン本体の店がある方。


「わたしたちは西棟か」


 小春と道世のB班は、西側にあるモール棟の探索だ。


「俺たちC班は、映画館のある別棟だな」


 そこはモールから少し離れた場所にある、映画館が入った建物だ。


「探索時間は2時間くらいでいいか?」


 むっちゃんがそう聞いてくるので、俺は少し前にホームセンターで漁った時に見つけた手巻き式のアナログ時計をむっちゃんと小春に渡す。さらに、連絡用にとホードの時にも使ったトランシーバーを利用しようということになる。


 スマホが使えればもっと便利なのだが……。といっても、異世界ではそれより便利な魔法で『念話』というのがあった。そう考えると、今のこの状況では異世界の方が良いという小春の意見もわからないでもない。


「今が2時だから、4時にはここの広場に集まろう。緊急時は無線で連絡してくれ」

「おし、わかったぜ」

「了解です」


 時計を受け取った二人が真面目な顔で頷く。俺は、さらにみんなに注意事項を告げる。


「くれぐれも単独行動はとらないように。必ず二人一組で行動してくれ。マジックアイテムを過信しないように。何かあったら、無線で連絡をすること。緊急の場合は警笛で知らせてくれてもいい」


 そして探索を開始。


 俺の後ろを信乃ちゃんが付いてくる。


 建物に入ると、棚にあるものを確認しながら、使えそうなものを探していく。


 総合ディスカウントストアといっても、独自の陳列方法なのでどこに何があるのかが探しにくい。まあ、宝探し的な要素を店がコンセプトとしていたので、それはそれで楽しくもあった。


 しばらくすると、信乃ちゃんが俺に話しかけてくる。


「あの……あたしもあるじと呼んだ方がいいですかね?」

「へ?」


 突然のその質問に、思わず変な声が出てしまう。


「あなたの指示に絶対従うと誓いましたし」

「ははは、別に道世のマネはしなくていいよ。あれは、そういう意味で呼んでいるわけじゃないだろうし」


 中二病を経験してなさそうな彼女に、道世の気持ちはわからないだろう。


 そういや、信乃ちゃんと二人きりで話すのは初めてなんだよな。ゆえに、俺を直接呼ぶようなことはなかったから戸惑っているのかもしれないな。


「でも、あたしがこの旅に同行させてもらえるのはあ……あなたのおかげだから」

「呼び方はどうでもいいよ。布瀬でも里見でも」

「じゃあ、サトミさんでいいですか? お姉ちゃんもサトミくんって呼んでるし」


 この子にとっては、なんでもお姉ちゃん基準なんだな。


「信乃ちゃんって、お姉ちゃんと仲良いよね。俺の知ってる姉妹って、結構仲悪いっていうか、お互いにあまり干渉しあわないってのが多いんだよね」


 主に異世界でそれを見てきたわけだが、現代っ子と比べちゃいけないかな。


「……あたしとお姉ちゃん、実は半分しか血が繋がってないんですよね」

「半分?」

「お姉ちゃんのお父さんって死別して、今のお父さんとお母さんが再婚して出来たのがあたしなんです」

「ああ、そういうことか」

「だから、完全に血が繋がっているわけじゃなくて、でも、お姉ちゃんはすごい甘えさせてくれて、優しいんです」

「だから、お姉ちゃんをむっちゃんに取られるのが嫌なんだな」

「だって、あの人もお姉ちゃんに甘えるんだもん」


 年上好きには、よくいるタイプだよなぁ。


「悪い奴じゃないぞ」

「それはわかってます。けど……」

「まだまだ甘えたい年頃だもんな」

「そういうわけじゃ……ありません。あたし、本当はお父さんっ子だったんですけど……去年お母さんと離婚して、それ以来会ってないんです」

「それはつらかったね」

「だからあたしは、お姉ちゃんに過剰に甘えてしまうんでしょうね。自分でもわかっているんですけど」

「お父さんはいくつなんだ?」

「今年50になるみたいですね。だから、こんな世界になってあきらめていたんですが、成田のメッセンジャーの人がお父さんらしき人を見かけたって噂を聞きました」

「それはどこなんだ?」

「成田の周辺と言ってました。でも、シェルターには定住してないみたいなんですよ」


 なるほど、俺たちが茨城に行くついでに父親の消息も確かめようってわけか。言ってくれればよかったのに。


「手伝うよ。信乃ちゃんの父親探しを」

「え? いいんですか?」

「このまま東に向かう予定だし、そこは成田市だ。何かしら情報が残っているかもしれない」

「あ、ありがとうございます」


 ぽかんとした顔で驚いている。


「なんて顔してんだ」

「だって、こんな簡単にあたしのお願いを聞いてくれるなんて思わなくて」

「俺のこと、厳しくて血も涙ないと思ってた?」

「いえ、そこまでは思いませんでしたけど……」


 歯切れが悪い。やはり第一印象は大事だな。


「まあいいさ」

「ありがとうございます」

「父親が見つかったら、信乃ちゃんはどうするんだ?」

「え? どうするって」

「お姉ちゃんに付いていくのか? それとも父親に付いていくのか?」

「え? え? 考えてなかったです」

「まあ、まだ見つかったわけじゃないからな、ゆっくりと考えればいい」

「……はい」


 俺としては父親に付いていってもらったほうが楽なんだけど、この子の決断は尊重してあげよう。


「……!」


 ふいに視線を感じる。どこだ?


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