第37話 姉妹
「まあ、グール程度なら、オレたちの能力があれば余裕で排除できるからな。一緒に行動した方がお互いの目標に辿り着きやすいだろ?」
「目標? まあ、俺たちは大洗に行くのが目的だが」
「オレたちもあるんだよ。な、親帆」
むっちゃんが隣の親帆さんに視線を送ると、彼女はこう切り出す。
「わたくしの従姉妹が水戸にいますの。世界があんなことになって以来、連絡がとれていないので気になります。それに、わたくしには夢がありまして」
親帆さんは、少女のようなキラキラした目で話した。
「夢ですか?」
「壊れたこの世界に、もう一度緑を再生させたいのです。わたくし、これでも農業を勉強していまして、将来の夢は自分の農場を持つ事でしたの。茨城と言ったら、常世の国ではありませんか」
親帆さんも俺と同じく『常陸国風土記』を参考にしている。まあ、古い書物だし、農作物に適した土地は他にいくらでもあるんだけどな。
けど農場か。
そうだな、スローライフをするにしても自給自足は基本だろう。いつまでも旧世界の遺物を漁ってその日暮らしなんて、いずれ生活が破綻するだろう。
それに水戸は、俺たちの目的地の大洗と近い。
「わかりました。それでしたら同行を許可しましょう。ただ……」
俺の視線の向かう先は、親帆さんの後ろに隠れるようにこちらを見ている信乃ちゃんだ。
「ああ、信乃のことですね。わたくしも、このシェルターに残るように言ったのですが」
「お姉ちゃんとゲンキが二人になるのを認めない!」
なるほどね。お姉ちゃんが大好きな信乃ちゃんは、むっちゃんと親帆さんが二人で旅をするのが気にくわないのか。とはいえ、ここは厳しくいこう。
「俺としても、一般人を旅に連れて行くのはオススメしません」
信乃ちゃん以外は、全員魔法の加護があるのだ。ゾンビだけならまだしも、グールは一般人にはかなり危険な存在だ。
「ほら、言ったでしょ。あなたはここに居なさい」
「やだ! お姉ちゃんと一緒に行く」
親帆さんは深いため息を吐く。
「ゴメンなさいねサトミくん。この子ワガママだから」
大所帯となりそうだな。けど、信乃ちゃんはただの一般人。守り切れるのか?
彼女に視線を向けると、こちらを睨んでくる。俺まで憎悪対象か。むっちゃんへの怒りを俺にも向けているわけだな。
こういうのを我慢してストレスを溜めるのもよくはない。ここはビシッと言っておくか。
「同行を許すということは俺の命令に従ってもらう事になりますが、よろしいですか?」
まずは親帆さんに視線を戻し、その次にむっちゃんにも視線を向ける。
「ええ、あなたに迷惑をかけるわけにはいかないわ。あなたはゲンちゃんの友達なんでしょ?」
「オレもお前の指示には従うぜ。チカホの救出でおまえの手腕は買ってるからな」
俺は、最後に信乃ちゃんに視線を移す。
彼女はプイとそっぽを向いた。だから、即座にこう答えを出す。
「彼女は置いていくべきですね。俺の指示が聞けないようであれば、命の危険に陥ることもあるでしょう。これはただのワガママでは済ませられません。親帆さんだって、この子が死ぬのを見るのは嫌でしょ?」
俺のその言葉に親帆さんは一瞬、悲しそうな顔をしてこう返答する。
「そうね。軽い気持ちで連れて行ってはダメね」
「え? お姉ちゃん?」
信乃ちゃんの表情が一瞬で曇る。
「あなたは残りなさい」
「でも……」
「あなたはサトミくんの指示に従わない気なんでしょ? 外は危険なの」
姉のその言葉は予想外だったのだろう。なんとかしてくれると思っていたのか?
「でも……でも」
「感情が制御できないなら、あなたは自分だけじゃなくて、他の人も危険に晒すことになるの。それがわからない?」
「……」
信乃ちゃんの瞳に涙が溢れてくる。本気で怒られていることがわかっているのだろう。
「お姉ちゃんなんか、もう知らない!」
信乃ちゃんは泣きだして、そのまま部屋を出て行ってしまう。
「チカホ……いいのか?」
むっちゃんが心配そうに彼女に問いかける。
「あの子には、もう少し大人になってほしいの」
「まだ中学生くらいだろ」
「あら、あなただって、まだ高校生でしょ」
「オ、オレは……周りの影響で」
「あら、だったら年齢は関係ないわ。あの子も大人の影響を受けて欲しいの」
「チカホがそう言うなら、仕方ないけど」
二人の距離が近づいてくる。そのまま抱き合うのではないかという雰囲気。俺の前でイチャイチャしやがって。
右隣にいる道世が、見ていられなくなってソワソワし始めたぞ。
「先輩」
左隣にいた小春がふいに立ち上がる。
「なんだ?」
「今回の旅は、わたしが『祖父の家に行きたい』って言ったところから始まりましたよね?」
「まあ、そうだな」
「信乃ちゃんの件は、わたしに一任してくれます?」
「同行できるように調……説得するのか?」
「先輩今、調教とか言いかけませんでした?」
「気のせいだろ?」
テイムスキル持ちだからといって、それを人間に当てはめるのはよくないな。
「まあ、いいですけどね。とにかく一度、あの子と話させて下さい」
わかった勝手にしろ、と言いたいところだが、こいつがどうあの子を説得するのかが気になる。というか、俺としてはここに残る方向で説得してほしいのだけど……。
**
俺は小春についていく。今回はただのおまけだ。あの子に干渉する気はない。
しばらく探し回って、屋上にいる信乃ちゃんを見つける。
「信乃ちゃん」
小春が優しく呼びかける。だが、返事はない。
ゆっくりと彼女へと近づいていく。
「あなたはグールにさらわれたのは自覚あるよね?」
「……」
「助けたのはわたしたちだって理解してる?」
まあ、助けたのは主に俺だが。
「……感謝してるよ。お姉ちゃんも助けてくれた」
「けどね、あなたは一度死にかけたの。その時の親帆さんの顔、忘れられないわ。わたしもね肉親を亡くしたことがあるからわかるの。あんな哀しい顔を身近な人にさせちゃいけないって」
「……そんなのわかってる。わかってるよ」
「わかってるなら大人になりなさい。どうしたら生き残れるか」
「……どうしたらいいの?」
「本来なら自分で考えて、それで答えを出すんだけどね」
「……わかんないよ。大人になるってどういうことなの?」
さて、大人でもない小春は、この問いにどうやって答えるんだ?
「簡単であり、難しいこと。でも、必死で生き抜こうとすれば自然と大人になれるよ」
「生き抜く」
「そのためにも、頭の良い人の言うことには従う。自分が生き残る確率を上げるためにね」
「頭の良い人?」
「そう、例えばここにおわす先輩とか」
小春は、大げさな動作で両手で俺を指し示し、讃えるように紹介する。え? マジ? ここで俺?
「サトミ先輩?」
「そうよ。わたしが生き残れたのは先輩のおかげ。この人に従っていればみんな生き残れる。あなたのお姉ちゃんもそうよ。けど、あなたが勝手な行動をとったらお姉ちゃんがどうなるかわからないよ」
おいおい、中学生を脅すなよ。
「わかった。ごめんなさい。指示に従います。だから、連れてってください」
信乃ちゃんが小春に頭を下げる。
「ダメだよ。うちのチームリーダーは先輩だよ。謝るなら先輩に。お願いするのも先輩にだよ」
小春のその言葉に信乃ちゃんは小さな声で「ごめんなさい」と呟くと、改めて俺の前に立ち、頭を下げる。
「さっきはごめんなさい。睨んだりして。あなたの指示に従います。だから、お願いします。連れて行ってください」
ここまで言わせて、置いていくのも鬼畜だよな。
「わかった。同行を許すよ」
「ありがとうございます」
あの子の顔が嬉しそうに緩む。すると、小春は彼女の横に移動すると肩を抱く。
「さ、お姉ちゃんの所に戻ろう」
「うん」
そうして俺たちは、親帆さんやむっちゃんと話し合った結果、二日後に旅立つこととなった。
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