第12話 敵が人間だろうと、余裕は余裕
「こいつの学校の先輩ですよ。勝手に連れて行くのはやめてくれませんか?」
「そいつは俺のシェルターの人間だ。もう学校なんて機能してないんだ。ほぼ無関係じゃないか」
「そうだよ。ガキはママのところに帰りな」
大男に合わせるように、手下の男の一人が、俺に向かって馬鹿にした口調で言う。
「そんなヒョロヒョロな身体じゃ世紀末を生き残れないぜ。少しは鍛えた方がいいんじゃない」
さらにもう一人が俺の身体を馬鹿にする。まあ、この頃の身体は、まった鍛えてなかったからな。
とはいえ、俺が一人をぶっ飛ばしたことが『無かったこと』になっている。こいつらは鳥頭か?
「話は終わりですか。じゃあ、これで失礼しますね」
俺は、小春の捕まえている残りの奴の腕をひねり上げると、彼女を解放させる。
「いててててて!!」
顔を歪ます手下に、リーダーの大男が容赦ない言葉を投げつける。
「おいおい、山下。そんなひょろガキにシメられてるんじゃねえよ!!」
リーダーの右足の蹴りが繰り出される。俺に来るかと思われたが、それは手下の男へと向けられた。
「うげっ!」
蹴飛ばされる山下とかいう男。かわいそうではあるが、同情しても仕方が無い。
「ガキもなめんじゃねえよ!」
さらなる左のローキックが、今度は俺を襲う。だが、防御の姿勢をとらなくてもダメージはないだろう。
「いでぇ!!」
蹴ってきたリーダーの大男の顔が歪んだ。まあ、そうだよな。防御の魔法のおかげで、鉄の塊でも蹴っ飛ばした感覚だろうし。
「てめぇ、ふざけんなよ」
怒り狂った彼は、懐から何かを取り出すと、それをこちらへと向ける。
それはリボルバー式の拳銃だった。たぶん、警官の死体から盗んだのだろう。
「撃つんですか? さすがにそれは殺人行為ですよね?」
「てめえは邪魔なんだよ!」
「命の奪い合いであれば、容赦はしませんよ」
異世界では、それは日常であった。一度戦闘に入れば、どちらかが死ぬまで続く。そんなことがほとんどだ。
「うるせい。死にやがれ!」
引き金が引かれ、銃声が響き渡る。
だが、俺は無傷であった。防御魔法は銃弾の弾くらいは、はじき飛ばす。これはオーガの棍棒さえ跳ね返すのだから。
「あれ?」と大男は首を傾げ、さらに銃弾を撃ち込む。それはシリンダーの弾がなくなるまで続いた。といっても全部で5発ほどだが。
「終わりですか?」
「ば、ば、化け物!」
持っていた銃を呆然として落とす大男。彼の声は、裏返るほど動揺しているようだ。
「今度はこちらのターンですよ」
俺のその言葉に、手下だった男たちが皆逃げていく。
「ひぇえ!!」
「……ば、化け物」
「なんで銃が効かないんだよぉ」
一人残されるリーダーの大男。呆然として動けなかったようだ。
「お、おまえら、逃げるんじゃ……」
情けない声で部下を引き留めようとするが、それはもう遅かった。誰一人、この場に残っていない。
「さてと、あなたは終末世界を生き残った人類ですし、本来は俺の敵ではないんですよね」
ゾンビという共通の敵がいるのだけど。
「見逃してくれるのか?」
「俺にとって脅威でもない相手を殺しても、胸くそ悪いだけなんで」
「じゃ、そういうことで」
俺が見逃してくれると思ったのか、くるりと背を向けて歩き出そうとする。
「なに勝手に逃げようとしているんですか?」
男の肩を掴む。
「え?」
そういえばこいつ、小春のことを知っていたな。ということは、オンザロックのリーダーの岩上か。
「人に向けて銃を撃つような人間を放置するのは危険ですよね。岩上さん」
「なぜ、俺の名前を知っている。そうか、その女から聞いたのか?」
やっぱり……
「まあ、それはどうでもいいですね」
「か、かんべんしてくれ。まだ死にたくないんだ。せっかくこの世界で生き残ったのに」
岩上は俺の前で土下座をする。別にそんなことをされても許す気にはなれなかった。
「命乞いですか? そういう人間を殺してきたって聞いてますけど」
俺は小春の方に顔を向ける。
「そうです。あなたは自分の言うことを聞かない人間を殺していた。その人達も今のあなたのように命乞いをしていましたよね?」
「そ、それは……」
小春の証言に、それ以上は何も言えない大男。
「かといって、あなたを殺してもその人間が生き返るわけじゃない」
俺は冷めた目で、そいつを見る。
「許してくれるのか?」
「死は一瞬で苦しみから逃れられる手段の一つです。だからこそ、俺はあなたを逃がす気はないですよ」
そう言って、男の利き腕っぽい右手を踏みつける。
筋力強化の魔法は普段の十倍近くの力を出せる、なので、かなりのダメージだろう。魔物であればなんとか勝てるレベルだが、一般人相手には強すぎる力だ。
「ぐああああああああ!」
男の両手が潰れる。良くて複雑骨折、運が無ければ粉砕骨折といっった感じか。物を掴むこともできないだろう。
さらに左手も同様に行う。男は痛みが酷かったのか、呻き声をあげながらのたうち回った。
俺は、頃合いを計って男に魔法をかける。
「
「あれ? 血が止まった? でも、手が動かない。な、何をした?」
「さあ? ただの奇跡じゃないですか?
「奇跡?」
「ええ。だから、ここで起きたことは誰にも言わない方がいいですよ」
「どういうことだ?」
大男を見下すように、俺は芝居がかった言葉で告げる。
「言ったら命はありませんよ。また奇跡が起きるかもしれませんけど、その場合は傷が治るんじゃなくて命がなくなるかもしれないってことです」
「命……」
男は怯えるように自分の手を見る。
「あなたは解放してあげます。その手じゃ、もう悪さもできないでしょう。……いや、それだけじゃまだ足りないか」
先ほどの足癖の悪さを思い出す。
なので俺は、先ほど入手したマチェットで男の右足の腱を切った。
「ぎゃああああああ!」
「すぐに奇跡が起きますよ。
男の足を止血する。これで命には別状はないはずだ。
「さあ、これであなたは走ることも不可能です。あなたが暴力を振るおうとしても、相手は簡単に逃げられますね。というか、あなたがシェルターに戻ったところで、あなたは『使えない人間』の一人でしかありません。それでも元のシェルターに戻りますか?」
「あ……」
男の顔に絶望の色が見えてくる。
「まあ、あなたはガタイがいいです。走れなくても筋力はありますから、荷物持ち程度には使えるんじゃないですか? その場合は、他のシェルターに行って、頭を下げて受け入れてもらうしかないかもしれませんが」
「あ……ああ……」
大男は愕然とし、言葉にならない状態で俺を見上げていた。
「さようなら。あなたが心を入れ替えれば平穏な生活を手に入れることができるでしょう。それができないのであれば、生き地獄があなたを待っていますけどね」
俺は大男にそう告げると、呆気にとられていた小春に声をかける。
「行こうか」
「……」
無言で俺に付いてくる彼女。
しばらく歩いたところで、彼女から話しかけてくる。
「先輩、あの人のこと『殺す』のかと思っていました」
「そうだな。昔の俺だったら、そうしてたかもな」
異世界で暮らして、俺は生き続けることの辛さを知った。そして人の死を何人も看取って、本質を理解した。つまり死は苦しみからの解放だと。
「あれは甘さ……ではないですね。優しさとも違います」
「そうだな。あえて言うなら『効率』かな」
「効率ですか?」
「終末世界で人類は滅亡しかかってるんだろ? だったら、いたずらにリソースは減らさない方がいい」
「リソース?」
「人手……マンパワーは文明が崩壊した世界では必要不可欠だろ。悪い考えを起こさないのであれば、生かしておいたほうがいい。どこかの誰かのためにもなるし」
「でも、性格が歪んでいて、また悪さをしようとしたら」
「あいつって、強さ以外でカリスマ性あったの?」
岩上は力で人々を支配していただけだ。部下なんか、真っ先に逃げ出したじゃないか。
「いえ、ないですね」
「物も握れない、走ることもできない彼が、どうやって悪さをするのか? ってことだよ。力に頼って生きてきた人間の末路かな。けど、真面目に生きれば最悪の事態は免れられる」
「でも、あの人、かなりの人に怨みを買ってますよ」
「それは自業自得ってこと。あいつを殺すのは俺たちじゃなくていいだろ?」
正義の味方気取りはしたくない。俺の邪魔をする奴は全力でぶっ潰すけど、そうでないならある程度の放置でいいんじゃないか。そもそも、殺す価値もない人間に執着したくない。
「そうですね」
「人を殺すのは、それなりの覚悟が必要だよ」
それは異世界で十分思い知ったから。
「……先輩は、その……異世界で人を殺したことがあるんですか?」
「……」
答えるべきか迷う。
盗賊や魔王に協力する人間、そして民を虫けらのように扱う貴族たち。誰かを助けるために、やむなく相手を殺したこともあった。
でもそれは、少し前まで法治国家であったこの国では許されないこと。
「わたしは、先輩が誰かを殺していたとしても軽蔑はしません。それは仕方の無い事だろうと、わたしは想像できます。だてに古今東西の物語を読み込んでませんよ。異世界が過酷な世界だってことくらいは、わたしにだってわかります」
「もし『殺人』を肯定したとしたら、小春は俺が怖くないのか?」
これからの旅路、二人きりになることも多いはず。だから、確認の意味でも訊いておかなければならない。
「うふふ……今の先輩の方が、昔の先輩より怖くないですよ」
それは裏表のない笑顔だった。
とはいえ、異世界転移前は人殺しはしていない。昔の方が『怖い』ってのも複雑な気分である。
「まあ、いいさ。怖くないなら、旅の終着点まで小春を護衛してやることもできる」
「でも、こんな終末世界で『希望を持って理想郷を目指す』なんて……先輩らしくもあるのかな?」
「どういうことだよ?」
「先輩の書いた小説、あんまり好きじゃなかったですけど、自分の居場所を探し求めているのが、すごい感じられる作品でしたから」
その黒歴史は、今すぐ封印したい……。
頭を抱えそうになるのを必死に抑えながら、平静を装って返答する。
「そこはお世辞でも、好き嫌いについては触れないべきじゃないのか? いちおう恩人だろ?」
「助けていただいたことは感謝してますよ。だから、わたしは素直になろうと思っています。先輩に嘘は言いたくないですから」
「複雑な心境なんだけど……それ、素直に受け取っていいのか?」
良い意味なら信用して心をさらけ出してくれるということ。だが、逆に俺の気に入らないところは遠慮無くツッコムという宣言にも聞こえる。
「ええ、わたしはいつだって素直だってことですよ」
うーん、なんかひっかかる。
けど、楽しい旅になりそうな予感はあるかな。
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