18

 模擬戦のあった日から、二週間が経った。



 まず、午前中、俺はヨウクさんに呼ばれるようになった。保健室から出てすぐのところに、薬草を育てている畑があり、そこの手伝いを頼まれて耕したり、草むしりをしたりする。俺は基本的に疲れることはないので、手伝うことはいい暇つぶしになった。

 それに、ヨウクさんは気の使い方にも精通しているよう、コツやできるようになることを仕事の合間合間に教えてくれた。


「魔術が魔力の量で優劣が決まるのなら、気っていうのは魔力を動かす速度で優劣が決まるの」


 そう教えられてからは、早く魔力を流す訓練を夜な夜な、ルルからもらった魔力で練習した。昼は昼で、ヨウクさんからもらった魔力を動かしながら畑仕事に従事する。

 それにも、慣れると次は魔力の流し方の種類を教わった。


「まずは腕闘硬化。その鍬で、私の腕を叩いて頂戴」


「ぐぇ?」(え?)


「いいから、早くなさい」


 言われるがままに、軽く打ち付けた。すると、奇妙なことに、カキンッ! という金属音のようなものがして弾かれた。

 それに俺が驚いていると、ヨウクさんがにんまりと笑う。


「もっと強くしてもいいのに~、優しいのね♡」


 俺は無言で、再度、鍬を振りかぶって今度は力強くたたきつけた。

 しかし、結果は同じで、ヨウクさんの腕には傷一ついていない。

 どういうことだ?


「これはね、気を集中させる技術の一つよ。今は一方向に流しているだけでしょ? それを硬化させたい部位でだけ、細かく円を描くようにするの。やってみて?」


「ぐぅぅ?」(こうか?)


「骨に魔力を細かく巻き付けるイメージよ。糸で装甲を作るのを想像して」


「ぐぅ!」(こうだな!)


「あぁ、そうそう初めてにしては上出来よ。これをすると、拳が重くなる、つまり威力が増すわ。積極的に使いなさい。そして、こっちが……」


 鋭い、風切り音が響いた。そして、一瞬遅れて鍬の柄が真っ二つになった。


「腕鋭狂化よ」


「ぐるぇぇ……」(す、すげぇ……)


 真っ平らな切断面を見ても、刃物で切ったとしか思えない。


「こっちは、腕闘硬化とは反対に、拳が軽くなって速度が増すわ。魔力の動かし方は、隙間を作って、大きく円を描くの」


「ぐぐぅぅ」(うぬぬ)


「……うーん、こっちは向いてなさそうね。どっちかできれば困らないから、まずは腕闘硬化の方に尽力なさい」


「がっ」(うすっ)


 腕闘硬化を教えられてからは、畑仕事中はそれを維持するように言われた。そして、唐突にヨウクさんが指で弾いてくる石を防ぐのだ。もし、これができないと……、


「ぐぇっ!」(うおっ!)


 ただ指で弾いただけのそれは、腕闘硬化ができていないと、いともたやすく体を貫通する。痛みは無いが、体の軸をずらされて倒れることもしばしば。

 しかし、その甲斐あってか常時、腕闘硬化を纏ったままに畑仕事ができるようになった。


「おつかれさま」


 畑仕事の休憩中、ヨウクさんが濡れたタオルを投げて渡してくれる。俺は汗を掻いたりはしないのだが、ひんやりとしたタオルは触っているだけで気持ちがいい。


「ぐぇぇあ」(ありがとう)


「そういえば、そろそろ合宿の時期じゃない?」


「ぐるぇ?」(合宿?)


「あら、聞いてないの?」


 言っていたような、言っていなかったような。

 俺が首を傾げていると、合宿について教えてくれた。

 森の中で生徒が使い魔と協力して、課題をこなす四年生毎年恒例の授業らしい。なんでも、森の中で生徒同士で協力するのもいいらしいが、ルルの場合はそれは不可能だろう。


「今年は、私もが同伴することになったから、そのときはよろしくね」


 べぇぁっちぃーん☆彡 と力強いウィンクに、やや気おされつつも、そのときはよろしくお願いしますと、頭を下げた。




 ルルの方はというと、狼の素材を売ったお金で、術符の製作に励んでいた。


「できました! 『防護膜』の術符です!」


 平日は部屋に戻ってから、寝るまでの少しの時間しか作成時間に当てれないので、一日一枚ずつだが、書き上げてはそのたびに嬉しそうに見せてくれる。


(おぉー! すごいな! ルルは天才だな!)


 見せてくれる度に褒めるのだが、正直、昨日作っていたものとの違いが分からない。なんか文字と図形で構成された、複雑な模様がたくさん並んでいる。

 これを、手書きかぁ。作る人が少ないのも頷ける。


「早く使ってみたいですね」


 そうなのだ。作ったはいいものの、あの最初の模擬戦があった日以来、午後の召喚魔術の授業では、座学ばかりで実戦は行われいない。よって、作っても使う相手がおらず、ルルの机の引き出しの肥やしになっていた。


(魔石インクと、魔力紙はまだあるのか?)


「はい、まだまだありますよ」


(でも、服とかも買わなくて、本当によかったのか?)


 ルルは、狼の素材で得たお金を全て、術符の製作費用に充てた。俺としては、多少なりルル自身の生活を充実させるために使ってほしかったというのが、正直なところだ。


「いいんです。ゾンさんのおかげで、手に入ったお金ですから、ゾンさんとのことで使いたかったんです」


 うーん、本人がそう言うのなら、俺が無理強いするものでもないか。

 でもまだあきらめてはいないからな。

 いつか、ルルにカワイイ、綺麗な服を買わせて見せる。


(そういえば今日、ヨウクさんから聞いたんだけど、合宿があるんだろ?)


「はい、ありますよ。一昨日の授業で言ってましたね」


 あ、やっぱり言ってたんだ。


「必要なものは、その日の朝に支給されるそうです」


(まぁ、持ち物で優劣が決まったら、教育にならないか)


「ん? 自分のものも持ち込んでいいんですよ?」


(は? そんなの不公平だろ?)


「んー、ナユタ先生が言うには、自分に必要なものを揃えることも実力のうちってことらしいです」


 うっ……それは、そうか。

 ここ二週間、ルル以外の使い魔を見ていると、中には武器を持っている者もいた。代表的なのだと、豚ガキことギークの使い魔のオークは、メイスを持っていた。

 模擬戦以来、ちょっかいをかけてくることが極端に減ったというのはルルの言だ。あの森の前での狼二頭との戦いをみて、実力差を理解したのだろう。それで、離れて冷静に見ることができるようになって分かったことがあった。


 あいつ、ギールは強い。頭もルルほどではないが、切れるようだ。


 そんな小賢しい豚ガキが、自分の使い魔に武器を持たせているのは、それが有用だからだろう。


「ゾンさんも、なにか武器が欲しいですか?」


(いらないかな。そうだルル、少し魔力くれよ)


「? はい」


 差し出された手を握り、魔力を分けてもらう。

 やっぱり、ヨウクさんの魔力に比べて、澄んでいてサラサラとしている。

 魔力を流して、気を纏い、腕闘硬化を施す。


「えぇ⁉ すごい⁉ 腕闘硬化ですよね!」


(あら、知ってた?)


「冒険者の中では使う人も多いと聞きましたが、見るのは初めてです」


 物珍しそうに、ルルは指で突いたり、コンコンと叩いたりする。

 知ってはいたようだけど、驚かせることはできたので満足だ。

 それから、腕闘硬化を使ってできることや、術符を組み合わせた際の戦略を話し合う。これがなかなかに楽しい。ルルも楽しいようで、引き出しの中にしまってある術符を床に並べては、あーしようこーしようと、頭を突き合わせる。しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもので、ルルが船をこぎ出して終わるのが、いつもの流れだった。


「ゾンさん、手」


(あぁ、眠いのに悪いな)


 再び、握手をして魔力を受け取る。


「退屈させてごめんなさい」


(ルルが元気なのが一番だからな)


 ベッドに横になるとほどなくして寝息が聞こえ始めたので、窓際に椅子を持っていき腰掛けた。

 初日に見たときは六つあった月は、今は五つになっている。それでも、月に魅せられてしまうことには変わりない。受け取った魔力を体の中で回しながら、ぼんやりと眺めた。

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