ゾンビは英雄になれますか?
筆と櫛
第一章 魔術学院と出会い
1
暗闇を漂う。
それを自覚したのは、ついさっきのことだ。
いや、本当についさっきのことなのか? ここには、時間を確かめることができるようなものはない。
暗闇の一部だったはずが、何の間違いか、自己が剥離していた。これは、神のきまぐれだろうか? まぁ、こんな何もない、いや、暗闇しかないところに神なんてものがいるかは謎だが。
しかし、これからどうしよう。思考はできても、それ以外にできることはない。これなら、思考なんてできないほうがよかったのでは? 退屈に殺されそうだ。
ん? なんだあれは?
遠くの方に熱のようなものを感じる。行ってみたい。でも、どうやって動けばいいんだろうか? 手足もないのに。
そんなことを考えていると、突如、押し流されるような感覚に襲われた。
え⁉
当然、踏ん張ることもできないので、暗闇の奔流に身を任せる他なかった。
「『サモン』!」
幼さの残る少女の声。
それに、ハッとして目を覚ます。
ここは?
あたりを見回せば、多くの少年少女たちが俺を見てポカンと口を開けていた。
そして、先ほどの声の主と思われる目の前の少女。長い黒髪と、大きな黒いお目めがなんともきゅーてぃー。
全員が同じ服装をしている。ローブに帽子というものからして、ここは学び舎だろうか?
だとしたら、部屋の四隅に寄せられている、やや小さめの椅子や机にも納得が行く。
「はじめ、まして」
「ルルさん、挨拶の前に、名づけを行いなさい」
振り返ると、俺の後ろには若い女性が立っていた。なぜか苛立たしそうにしている。
というか、名づけ? とかよりも、挨拶のほうが先だろう。
「ぐぅあ」
こちらからも挨拶を返そうとしたら、変な声が出た。いろいろな人に見られて、緊張しちゃったかな? 気を取り直して。
「ぐぅあ」
しかし、出てきた声は同じだった。
「じゃ、じゃあ、あなたのお名前は『ゾン』さんです」
ほぉ、俺の名前はゾンということになったらしい。ちょうど、名前がなくて不安だったんだ。
なぜか分からないが、うまく舌が回らないので、感謝の意味を込めて右手を差し出して握手を求めた。自分の手が視界に入った。
血色が悪いなんて次元じゃない。血が通っていない。これは、いったい?
しかし、俺の疑問に気づくこともなく、ルルと呼ばれた少女は俺の手を取った。
「……ゾンビですね。魔物としての格は最底辺。ですが、落ちこぼれのあなたにしては、召喚できただけ奇跡でしょう。大切にするように」
どうして、そんなに冷た言い方をするのだろう? ほれ見ろ、ルルちゃんが悲しそうな顔をしているじゃないか。
「さっさと退きなさい。次」
女性はルルから視線を外して、少年少女たちをみた。
「行きましょうか?」
そう言われると、微かに強制力のようなものを感じたが、それを振り払うのは容易だった。
冷徹な目をしている女に近づく。
「ルルさん。制御が甘いのでは?」
俺ではなく、視線は歩きだしていたルルに注がれる。
おい、こっちを見ろよ。
「すみません! ぞ、ゾンさん! こっち来て!」
今度はさっきよりも強い力で、体が強張った。振り払うことはできそうだったが、これ以上はルルに迷惑がかかりそうだ。引くしかないか。
振り返って、歩きだしてからふと気づく。
なんで、俺はルルのことがこんなにも大切なんだろう?
少年少女の集団の一番後ろに向かうルルの背を追う。
しかし、こうして比べると明らかに、他の子に比べて小さい。頭一つは確実に小さい。10歳くらいの子供の中で、独りだけ7歳くらい。
飛び級でもしたのだろう。
「わたしの言うことは、なるべく一回で聞いて、くださいね!」
やや語気を強めたルルが、腰に手を当ててそう言った。
似合わねぇ〜。絶望的に、怒り慣れていない様子に、申し訳無さがむしろ大きくなる。
ペコリと頭を下げた。
「うん、分かれば、分かればいいですから」
俺が謝れば、何故か今度はルルが申し訳無さそうにしてしまう。
うーん、これは謝りすぎるのもダメ?
時折、聞こえる声は、今もこの少年少女たちの向こうでは、ルルと同じようなことをしているのだろう。
ルルは見なくて良いのだろうか? 声がするたびに、意識が引っ張られているように感じる。
「見えないので、仕方ないですよ」
(あ、もしかして俺の考え分かる?)
「はい、少し強く念じていただければ、ゾンさんの思考を拾えます」
よかった。意思疎通はできるらしい。
じゃあ、失礼して……。
「きゃっ! なにをっ!?」
何って、肩車。あの女を除けば、この場で一番背が高いのは俺だ。だから、こうすれば見えるだろ?
一斉に子供たちの視線が集まる。
「ルルさんお静かに」
「……はい」
小うるさい女だ。注意されると、ルルは静かになった。
「次、こういうことするときは、ちゃんと言ってくださいね」
小声でそういうと、俺の頭をポンと叩いた。
床に敷かれた紙と、そこに書かれた円形の紋章。そこに向けて、少年少女たちが手をかざして、「『サモン』!」と唱えると、光り輝いて魔物が召喚される。
角の生えた狼や、根っこが脚の形になっている植物、人型の土人形など、魔物の種類は様々だ。
あの紋章が召喚のゲートになっているのだろうか?
「あれは補助と封じ込め、拘束の魔法陣です」
横からルルの声。さっき怒られたからか、耳元に顔を近づけて控えめな声量だった。吐息がくすぐったい。
(封じ込めに、拘束? なんで?)
「召喚術士や調教師にとって、最も多い死亡事例は最初の召喚の儀で、自身の召喚した魔物に殺されることです。だから、ここではそれを防ぐためにあの魔法陣の中に召喚を行います」
(なるほど。もしかしてだけど、さっきの俺ってかなり危なかった?)
「えぇ、実はかなり」
何がおかしいのか、ルルがクスクスと笑う。
「だから、わたしの言うことちゃんと、聞いて下さいね」
(あいよ。ところで、召喚術士の他にも調教師ってのがいるのか?)
「はい、調教師は現存する魔物を使役する人のことをいいます。召喚術士は、術者が作り出した魔物ですね。だから、わたしは、ゾンさんのお母さん? ってことになるかもです」
(ルルが、俺の母親? 危ない臭いがするな)
「そうなんですか?」
(いや、ルルは分らなくていいよ)
そんなことを話していれば、いつの間にか召喚の儀とやらを終えたらしく、あの女が締めに入っていた。
「みなさん。本日を持って貴方がたは召喚術士候補生から、召喚術士見習いになりました」
全員がかなり浮足立っているのが、後ろからでも分かる。
そして、それに釘を刺すのも、役目なのだろう。より一層、冷たくなった視線で子供たちを睥睨する。あれが、大人が子供に向ける目かよ……。
「つまり、貴方がたの召喚した魔物が問題を起こせば、罰則はその主人に行くことになります。知らなかったは、通用しません」
まぁ、筋は通っているな。
知らなかろうが、なんだろうが罰は主人に行く。俺も気をつけないとな。
「勝手に動く手足。今貴方がたの隣にいる存在は、まさにそれです。そのことを努々、忘れないように。以上、解散」
パンッ! と女が手を叩く。
そして、振り返るとどこかに去っていった。そして、突然、少年少女たちがワッと声をあげる。
「見ろよ! 俺の魔物!」
「私の子も、かわいいでしょ!」
「これから、よろしくなー!」
各々が自分の相棒を自慢しあっている。
ルルは行かなくていいのか?
「いいです。それより、そろそろ降ろして貰えませんか?」
あ、そうだった、そうだった。
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