教師と生徒と聖女の、食いしん坊異世界放浪記~召喚されたらしいけど失敗したみたいだし、召喚した国は放置しておいしいものを食べ歩きます!

サエトミユウ

第1話

 その日が雨水幸うすいさちやまかわぼるの転機であり、そして最期だった。


          *


 山川東生は担任しているクラスの女子、雨水幸が最初から気になっていたのだが、最近とみに気にしている。

 ぱっと見はクラスに紛れているが、一同を見渡せる教壇の上からクラス全員を見渡せば、一人だけ顔色が悪く無表情なのが目立つ。

 山川東生は雨水幸をひと目見てモヤモヤしたのだ。

 どこかで見たことがある。

 いや知り合いに似ているとかではなく、何か引っかかるのだ。


 ある日、ようやく有休が取れたと言ったブラック企業で働いている友人と飲みに行ってわかった。

 これだ。この表情とソックリだ、と。


 まだ若いのに、くたびれたおっさんのような表情をしている。それが雨水幸だった。

 しかも、日に日に増す。

 クラスで浮いているわけではなく、クラスメイトとも朗らかに話すし、人当たりもいい。誰かと話しているときは表情がコロコロ変わり感情豊かに見える。

 だが、一人で廊下を歩いているときや、特に授業中は〝無〟の表情になる。いや、授業中の生徒たちの表情なんてどいつも無なのだが、極まって〝無〟、何も考えずに仕事をしています三徹目です、みたいな顔なのだ。

 部活が忙しい? あるいはバイトかけもちしているとか? 何か趣味に没頭している?

 その〝無〟表情以外は特に問題がない生徒なので、手出ししづらいし、朗らかで人当たりもよい彼女に友達がいないということも考えられないので、

「おい、ちゃんと食って寝てるか?」

 という、当たり障りのないことを尋ねるしかなかった。


 そして今、目の前を横切る雨水幸はとみにひどかった。

 もう、ブラック企業ですべてを吸いとられました、みたいな〝無〟の顔で歩いている。

 だが……バイトをしているわけではなさそうだ。この時間にこんなところをフラフラ歩いているのだから。

 確か、漫画家も締め切り前後は忙しくてゾンビになるとか言っていたな。漫画家を目指して作品を描いていたりするのかもしれない、と思い、夢に向かって頑張るのはいいが顔色が悪くなるまで根を詰めるのはやめろと注意しよう、と決意した。


「……おい。ボーッとしていると危ないぞ」

 山川東生は雨水幸に声をかけた。

「……あ、先生」

「お前……ずっと気になっていたんだけどな。顔色が悪すぎるぞ」

「はぇ?」

 唐突に言われた雨水幸は驚いて変な声を出してしまっていた。

 山川東生は真剣な顔で雨水幸を見る。

「何か問題を抱えてないか?」


 雨水幸は困った顔になった。雨水幸の様子を見る限り、話しにくい内容のようだが、深刻そうではない。

「あー……」

 濁しながら頭をかいている。

「言いにくいのか?」

「いや、そういうんじゃないんですよね〜。どうしようかな……。まぁ言うだけ言おうかな」


 と、雨水幸が語り出そうとした矢先。

 いきなり地面が光った。

「うわ!」

「眩し!」

 二人は目をつむる。

 そして、同時に目を開けた瞬間、迫り来るトラックが見えた。


 ――再び、ぼんやりと目を開ける。

 閉じていたつもりはなかったけれど、トラックに驚きすぎたらしい。

 いや、今でも驚いているらしい。いきなり景色が変わった。

 ……驚いているわけでもなく、もしかして死後の世界? 良くて、意識不明で夢を見ている?

 そう思うほどに、今見えているモノが信じられない二人だった。

 横にいるのは――雨水幸の隣には将来絶対に美少女になるであろう幼女が、山川東生の隣には男でも目の眩むような美青年がいる。

 そして、どちらも日本人ではなかった。


「えーと……どちらさまですか?」

 山川東生が美青年に尋ねた。混乱しすぎていて自分の声がおかしいことにも気付けない。

「えっと、私? 私は……雨水幸と言います。って、声が変! ヤッバ、事故で声帯をやられたかな」

 雨水幸が答えたが、そのとき自身の声がおかしいことに気がついたようだ。

 だが、もっと根本的におかしなことに気がついていない。

 山川東生は雨水幸と名乗る美青年に目が点になる。

「ウスイサチさんですか。私の教え子と同じ名前で驚きました。私は山川東生と申します。……って、声が変! なんだこの声!?」

 動転していた山川東生も声に気がついた。

「ヤマカワノボル!? って、先生と同じ名前だ! あ、でも、先生はオジサンで、アナタみたいなかわいい女の子じゃなかったけどね」

 美青年に眩しいほどの笑顔で言われた山川東生が、ようやく気がついた。

「え!? あれ!? なんだこれ!? 手がちっちゃ! それにナニこの格好!? 俺、どうしたんだ!?」

 山川東生は自分の手や身体を見下ろし、あちこちペタペタ触った。

「つ、ついてない……。どうなってんだ……」

 しばらくボーゼンとしていると、美青年が心配そうにのぞき込んだ。

「どうしたの? えーと、ノボルちゃんでいいのかな? 私もちょっとなんでここにいるのかさっぱりわからないんだけど……。お母さんやお父さんは?」

 誰か、大人にここはどこかを説明してもらいたい。夢であってもなくても。そんな表情で美青年は尋ねた。

 復活した山川東生が、真剣な顔で、美青年を見た。

「えーと……もしかしてお前、雨水幸か? 単奈留高校二年C組の」

 美青年は驚いた顔をした。

「私のことを知ってるの?」

「そりゃあ、担任だからな」

 雨水幸は呆然とした表情で山川東生を凝視する。

 しばらくかかって、幼女に尋ねた。

「山川先生……なの?」

「そうみたいだ。なんか、見た目が大幅に変わってて、しかも性別も変わってるみたいだけどな……」

 山川東生は困った顔で笑った。

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