第100話 追跡者
兄さん達が珍しい鉱石を採取したと聞いたのが3階。
そのまま、4階、5階と順調に向かっている……と言いたいのだけど、ちょっとトラブルが起きている。
「……どうした?」
「……ナーガ君、そのまま前向いたままで、振り返らないで」
「……ああ」
「つけられてる。5人組に……」
私の様子がおかしいと思ったのか、ナーガ君が寄ってきたので、慎重に答える。
魔力探知で把握できる範囲。生命探知に引っかからないギリギリ……というか、多分、一度だけ生命探知で関知したのがわかってから、そのギリギリを見極めているっぽい。
魔力探知に気付いていない辺り、斥候として二流な気もするけど……。
「……どうする?」
「……目的がわからないから……接触はしないでいいと思う」
こちらに気付かせてプレッシャーを与えるなら生命探知に引っかかるようにするはず。見付からないようにしているとなると目的が読めない。
ただ、ずっと付け回してきている。このまま夜を迎えるわけにはいかない。
「えっと、どうかしたの?」
「後ろをずっとつけてきているそうだ……知り合いかい?」
私とナーガ君の様子を見て、アルス君も近づいてきてしまった。クロウも聞こえていたらしい。
「ううん。前から町にいる冒険者じゃない。でも、一定距離をとってついてきてるから……何か目的があると思う」
私達の様子を伺っているだろうから、水筒を取り出して、軽い休憩を装っておく。
向かう方向が同じ。最初はそういうこともあるだろうと思っていたが、分かれ道を必ず同じ方向に進み、こっちが魔物と戦い始めると止まって、様子を見ている。こちらはレベル上げも目的なので、敵がいる方向へ向かったりもしているので、本来、斥候がきちんとしていれば同じ方向を進むわけがない。
敵と戦う間に追い抜いて行ったり、他の道を選ぶだろうに……確認できない距離で、ずっとついてくる。
こうなってくると、変な動きも出来ないので、魔物達がいる方向にだけ進むことはできない。むしろ、こちらが戦っている様子を見せるのも微妙。
「ずっとつけられてるの?」
「そう。一定距離……見えない位置でね。私が魔力探知している範囲内で、生命探知の範囲外。向こうは見つかってないと思ってる……かな?」
アルス君が「何で?」と戸惑っているけど、こちらがそれを知りたい。
不信な動きをすることもできないので、対処に困る。
追いつかれて、揉めるのも嫌だし、ずっと付け回されるのも嫌だ。
「……グラノス達と合流するか?」
「う~ん……どうだろ?」
「それがいだろうなぁ。危ないことは回避する方がいい。目的がわからないなら、付き合って神経削るのは良くないだろう」
ナーガ君の提案にクロウが乗る形で、急いで、先を目指すことになった。
アルス君も頷いているので、それならということで魔物を避けて、合流を目指す。
「ほんとだ、きたきた!」
「やあ。急いでいたようだけど、何かあったのかな?」
「よお。どうした?」
3人に追いついたのは、7階の出口付近。不自然でない程度に魔物を避けて、出来る限り急いだ。
相手がまだ付いてきているので、大声で呼ぶことは出来なかったのだけど、私たちが合流しようとしてるのをティガさんが聞き取り、待っていたらしい。
「4階からずっとつけられてる……今のところ、危険はないと思うんだけど」
直感は発動してないからね。
でも、目的が分からないから、対処に困っていたと説明すると兄さんが私たちのきた方角を確認する。
「確かに、5人組でいるな。とりあえず、せっかく合流したってことで、食事にしてみるか? 向こうが動かないなら、こっちも動かないで様子を見てもいいだろう」
「え? 全然わかんないんだけど、グラノスさん、見えてるの!?」
「視力は良いんでな。ほら、食事の準備だ、手伝ってくれ」
兄さんが準備を始めると、ナーガ君とアルス君が手伝い始めた。私がやろうとするのは兄さんが視線で止め、ティガさんとクロウの方に視線を送る。
う~ん。確かに二人は情報を得ているだろうけど。私の戸惑いも分かったのか、ティガさんが苦笑をしている。
「……合流したのがわかったのか、あちらでも相談しているようだね。目的はクレイン殿とナーガのようだね?」
「え? 私とナーガ君?」
「このダンジョンでは不釣り合いの高級そうな防具、持っているのは子ども。……苦戦したところを助ける振りをして、油断したところで身包み剥ぐつもりだったらしい。どうやら、向こうも合流したことに気づいたのか、言い争ってるね」
「ガキが金を持ってると思ったのか……治安が悪いねぇ。俺は視界に入らないと情報が取れないが……面倒だなぁ」
そんなことしてバレたら、大変なんだけどね……。
諦めてくれるといいんだけど……言い争ってるってことは、どうなるかわからないのか。
こちらが不自然に後ろを見ているのも良くないのだろうけど……。
「ちなみに、タンクの子供は腕が良さそうだが、アタッカーも魔法アタッカーもたいしたことはなく、もう一人の子供は戦闘に参加しないお荷物のくせに、やたら装備がいい……と言ってるね」
どうやら、狙いやすいと考えたのは私のせいだったらしい。失敗した。
確かに、まったく戦ってなかったから、傍目にはお荷物だった……この後は積極的に戦う?
なんか舐められたままは良く無さそう。
「……戦闘に参加しない、私の行動のせいだったんだ……帝国からの冒険者かな」
「そうなのか?」
「少なくとも……マーレスタットの冒険者は私たちの装備に見覚えあるから、追剥しようとしないはず」
この装備、父(仮)の形見だし、ナーガ君の防具もレオニスさんからのお下がりだから、知っている人は知っている。……それに、あの町の冒険者には結構可愛がられているから、反感買うどころではすまないと思う。
「人数はこちらが上回ったから、作戦を練るようだね。何か動きがあればちゃんと知らせるよ」
「お願いします」
動きがあれば伝えてくれるらしいので、様子は窺いつつ、食事にすることになった。7人で食事をしていると一瞬、シマオウがぴくっと反応した。何か動きがあったらしい。
ティガさんを見ると、こくりと頷いた。
「大量の魔物をこちらに追い込んで来るそうだよ。各自が魔物をおびき寄せて、こちらに仕向けるらしい」
食事をしていたら、ティガさんが発言した。レウスが反応しようとするのは、隣に座っているクロウが止める。
「気づかれると面倒だろう。反応するな」
「え~でもさ、そんなことしていいの!?」
「駄目だけど、ばれなきゃいいってことかな。……私が撃退していい?」
え? と反応したのは、アルス君とティガさん。こちらを見た後に顔をそらしたのは、私にはできないとでも思ったからかな?
この階に出てくる魔物は、岩に擬態したトカゲや、岩を背負ったヤドカリみたいなのが多い。魔法に弱い魔物が多い。アルス君が苦戦しながら倒したけど、私はサクッと魔法で倒すことはできる。そうしたほうがいい気がする。
「何か考えがあるのか?」
兄さんからの問いに、理由を考えてみる。
一つは、私を見縊っているなら、実力を見せること。相手を諦めさせることができる。それと……。
「モンスタートレイン……大量の魔物を人に押し付ける行為は禁止されてるけど、証拠が難しい……かといって、倒してる間に彼らに近寄ってこられても困る……先にタゲをとっていると戦利品ももらえないんで、魔法で一掃したい」
「……いいんじゃないか」
ナーガ君がこちらを見ることなく、肯定した。
うん、ナーガ君。戦うより食べたいって感じだよね。箸から手を離さないし、焼いている肉から目をそらしてない。
他のメンバーは戸惑っているようだけど、賛成多数? ということにして、私だけ立ち上がる。
気配察知でもわかる、見える距離まで魔物が近づいてきたので魔力を貯めて、そのまま魔法を撃つ。
「大滝〈ウォーターフォール〉!」
こちらに向かってくる大量の魔物を滝のような水で押し流す。
魔物だけで、人は巻き込んでいない……はず。こちらに嗾けておいて、姿はない……巻き込まれないようになのか、魔力探知外まで離れてしまっているので、どこにいるかわからない。
「滝って、横に流れるものだったか?」
「いやぁ、違うだろ。あれは川の濁流って感じだよな」
兄さんとクロウが茶化しているが、別に真横に流したわけでなく、斜めから打ち下ろしてるから滝でいいと思う。
私だって、滝というよりは濁流みたいになってしまったとは思ったけど……練習せずに初めて使った魔法だし、広範囲な水魔法はこれしかなかった。
魔法で広範囲なものはなかなか試す機会もない。仲間を巻き込まないようにと考えるとこの魔法も、使いどころが難しい。仲間もろとも水流で押し流してしまう……私が殿のときに魔物をが襲ってくるとかでない限り、使えない。
「魔物の気配も消えたようだな。肉焼けたぞ」
「……ほら」
兄さんが肉の様子を伝え、ナーガ君が私の皿にお肉を置くので、ナーガ君の隣に改めて座って肉を食べる。美味しいけど……まあ、相手がどう動くか待つしかないから、食べていた方が良い、のか?
普通に食事タイムになっているけど……まあ、いいか。
「ありがとう。お肉美味しい」
「見事なものだね。嗾けてきた冒険者達はまだ気づいてないようだが……ほかの冒険者がこちらに向かってきているようだね」
うん?
別の冒険者?
ティガさんの言葉に確認すると、確かにこちらに向かってくるのが探知でもわかる。
しばらくすると、何だかんだと世話になっているB級パーティーのリーダー……ジュードさんがこっちに向かってきている。
「こらっ! おチビなにやってんだ!」
「ジュードさん……あ、えっと、巻き込んでないですよね?」
「あ? お前の魔法だったのか。俺らは巻き込まれてないが、魔物を倒したならちゃんと魔石を回収しろ! レオさんにも言われてるだろ」
ジュードさんの後ろから他のメンバーも頷いている。
いや、言われているけど、こっちにも事情がある。
「いや……あれ、嗾けられたんですよ。ずっと後ろからつけてきていた冒険者達がいて、大量の魔物でしたけど、一部はダメージを負っていたのもあって……」
「あぁ? どういうことだ?」
どういうことと言われても……ジュードさんのとこの斥候の人が「確かに、他の冒険者が向こうにいた。俺らが来てから逃げ出したな」と発言した。
あれ? 逃げたの? 兄さんを見るとこくりと頷いたので、見えてるらしい。
「俺らも何をしたいかは把握していないが……押し流しておけば、あいつらが処理すると思ってな。こちらが素材をはぎ取るようなことをすれば揉める原因になるだろ?」
「お、兄貴のほうもいたのか。しかし……本当の話か?」
こちらの事情を説明する。もちろん、ティガさんが聞いた情報は伏せている。
ただ、こちらは〈鑑定〉できるのが、私と兄さんとクロウの3人。
数十体の魔物のうち、4,5匹がダメージを負っていた。だいたい、魔物の種類もいくつかあったので、群れでの行動ではないのもわかっている。
「はぁ……おチビ。食べ終わった後、その内容を書いてくれ」
「……ジュードさんがいるのもやっぱり何かの調査ですか? ノトスさんもジュードさんも、低層にいるの不自然すぎて、ばれません?」
「うるせぇ……ノトス達にもあったのか?」
「会いましたよ」
そもそも、ジュードさん達は東の森のセージの葉事件の調査を担当していたから、それなりにギルドの意向で動くパーティーなのは知っている。低層にいる理由もなんとなく察してしまった。
「ま、おチビならいいか。調査内容は言えないが、さっきの嗾けられたって案件は報告を上げたいから、情報をまとめてくれ。魔物の魔石、預かるぞ? 嗾けれた数をギルドに報告する」
「はい、どうぞ」
私の言葉にジュードさんの仲間たちが散らばっている魔物の死体回収へと向かっていった。ちょっと申し訳なくなる。
「俺のほうもいいかい?」
「お、兄貴の方はなんだ?」
「こいつを調べてくれと、レオのおっさんに渡してくれないか?」
「おっ、〈命の石〉じゃないか。珍しい物もってるな?」
「低層で出ないって話は聞いたんだが、3階で出てな……しかも、こいつの鑑定内容が物騒なんでな」
物騒?
なんだろうと、私も鑑定してみると結構な内容だった。
命の石:ダンジョンで無念に死んだ人の命を吸った石。希少性の高い素材。
うん。これ、貴重な素材ではあるけど、結構怖い内容なんだけど。
とりあえず、人の命を吸ったって表現がいやだ。
「鑑定書あるかい?」
「ん? ……ああ、これでいいか?」
クロウが兄さんに渡された紙をもって、何かしている。ちらっと見ると鑑定内容が浮かび上がっている。
そんなことが出来たのか……。私の鑑定よりも詳細に、手に入れた場所や日時も記載されている。
「高層では死ぬこともあるだろうが、3階で死んだとなると、何かあった可能性がありそうだからな。おっさんに伝えてくれ」
「まてまて、命の石は貴重だ。ダンジョンで死んだ奴が出ると採掘されるっていう真偽が定かではない噂はあるが……鑑定内容…………マジだな」
「はい。命を落としたとなっています。とりあえず、この鑑定書もつけておくので、レオニスさんに渡してください。とりあえず、入口のボス倒せる実力があって、3階で死ぬようなことって通常なさそうですけど」
私がジュートさんに伝えると戸惑いつつも、「わかった」と了承してくれた。あとはギルドの方で動くだろう。ジュードさん達の調査を中断して戻ることになるけど。
「……死亡事故が出てるから、調査に入っている。こいつは報告しておく……おチビたちはしばらくダンジョンにいるのか?」
「そうですね。1週間くらい? スタンビード前のレベル上げを兼ねてますから」
「そうか。じゃあ、帰ったらギルドに寄るようにしてくれ」
「いわれなくても顔出しますよ」
とりあえず、私達の事情を紙に書いて、ジュードさんに渡す。ついでに、魔物を回収したりと、働いていたメンバーの人たちにスポドリもどきを1杯ずつ振舞っておく。
「うまいな~」
「おチビ、これどうしたんだ?」
「汗かいたときの塩分と水分補給のために作ったドリンクですよ。飲みやすいように少し甘くしてあります」
「へ~、何を混ぜてるの?」
「水と塩とシロップ、傷薬ですね」
「これ、売りだしてくれないか?」
売る?
商品として?
仲間には不評だったんだけどね。売れるんだったら、売ろうかな。
「試作品なんで、もう少し改良してからですかね……ちなみに、こういう飲み物とかなかったんですか?」
「甘味は貴重だからな、ないない」
「塩舐めて、水のむとかだな~」
う~ん。それってどうなんだろ。まあ、砂糖が貴重だからね。
砂糖はほとんど輸入品らしい……まあ、てん菜・サトウキビのような砂糖の原料になる食物を見かけないからね。……蜂蜜とか、獣王国にあるダンジョンで沢山取れるらしいけどね。
甘い物は、高価なのは確か。
調合で素材から甘いシロップが作れるのは便利かもしれない。でも、売るにしても調合できないとだから……まあ、ちょっと考えてみようかな。
「あれ、美味しくないよね」
「レウス、君はこっちだ」
ぼそっと呟いたレウスを兄さんが引っ張っていく。聞こえてるからね?
作った物に文句を言うレウスを睨もうとしたけど出来なかった。そこに、ジュードさんが近づいてきた。
ん? と顔を上げたら耳元で囁かれた。
「おチビ。ダンジョン内に帝国の工作員がいる。お前は特に気を付けとけ」
工作員……え? そういう調査もしてるの? 工作員の目的とかはわからないけど、警戒が必要なのはわかる。
でも、それって私に言ってもいい話?
「じゃあ、協力感謝する。こっちはギルドに預けておくから取りに行けよ~」
ジュードさん達のパーティーは、元来た道を戻っていく。
ジュードさんの言葉は、私だけに聞こえるように言ったつもりだろうけど……ちらりとティガさんを見ると、苦笑が返ってきた。
まあ、聞こえているよね。知ってた。
「どう思います?」
「〈鑑定〉で出身を確認してはどうかな? 帝国か王国かはわかるのだろう?」
「勝手に鑑定するのはマナー違反。それに、自分より上の実力者には弾かれるので……」
ティガさんはその言葉にクロウを振り返るけど……うん。クロウがチートなだけなんだよね。兄さんも人に向かって鑑定はしない。バレたときにリスクがあるからね。バレずに読み取れるクロウがすごいだけ。
「俺が鑑定して伝えよう。だが、根本的な解決にはならんだろう」
それでも、近づいてくる冒険者の出身を確認できるだけでも大きい。
ただ……帝国との間がなんでそんなにきな臭くなってるかがわからないんだよね。
工作員がダンジョンで何をやろうとしているのか……。考えても目的がわからない。面倒事が多くて嫌になってくる。
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