第87話 これから〈レウス視点〉

 

 クレインの家に着いた。

 案内している奴は鍵を持っていて、そのまま鍵を開けて家の中に入っていき、上の部屋へと案内された。


 気に入らない。

 俺らを助けてくれた子に似ていて……でも、とても冷たい目をしていて、美しく、優美な立ち振る舞いをする男、グラノス……兄だという。


 その場を仕切り、偉そうに指示をする……クレインを危険に晒したくせに、クレインに頼りにされて、信頼されている男。

 クレインには優しく微笑んでいたのに、今は冷たい無表情な顔で俺らを値踏みするように見ている。



「まず、条件を変えて悪いんだが、クレインの奴隷ではなく、メディシ―ア家の奴隷とする。悪いがこの条件は譲れん」

「ちょっと待ってよ。俺らだって、話し合って奴隷を受けいれることにしたんだよ!? それをいきなり現れて、勝手に変えないでくれないかな! クレインには恩があるけど、あんたに従う理由はないよ!」


 クレインの家に行き、お茶を煎れて、席について、事情を説明。奴隷となることと、パーティーへの加入についての話し合いとなった。クレインから簡単に説明を受けたらしいけど、こちらに説明せずにいきなり変えると言い出した。


「まず、俺の説明を聞いてから、判断をして欲しい。そっちの二人も、まずは聞いてくれるか?」

「そうだね、納得できる説明を貰いたい」

「同感だなぁ」


 立ち上がって抗議をしようとした俺は、クロウに「座れ」と言われて、ティガの隣に座らされる。ティガにも話を「聞いてみよう」と言われて、頷く。

 二人も従う気はないようだが、話は聞くらしい。俺はこんな話を聞く必要があるとは思わないけど。



「まず、前提条件だ。クレインは、子爵令嬢という立場だ。ここはいいか?」

「え? 貴族なの?」

「君らも会っている、クレインのお師匠さんが高名な薬師で、その功績で子爵位を持っている。俺らはその養子だが、身分としては貴族に準ずる形になる」

「だが、彼女は貴族として生きる気はなさそうだがなぁ?」


 そう。クロウの言う通りだろう。出会った時は冒険者だと思ってた。貴族という感じはしなかった。お師匠さんという、あの薬師の婆様だって、貴族のような振る舞いはしていない。

 この男は、別だけど……命令しなれている貴族のように、勝手に振舞い、俺らの意見を考慮せずに命令してくる。こいつみたいなのが貴族だとしたら、クレインは違う。そんな生き方を望むとも思えない。

 


「ああ。俺はあの子が好きに生きることを望むが、貴族があの子を欲し、貴族の権力争いに巻き込まれる可能性はある。俺はそれを阻止したい」

「それが、俺らと何の関係があるわけ?」

「奴隷は個人の所有か、家の所有かで扱いが異なる。まあ、はっきり言えばクレインの奴隷となれば、クレインの持ち物であり所有だな。君らがそれを望むことは理解するが、俺は許す気はない」


 机を叩いて、立ち上がろうとしたが、それに気づいたクロウとティガが腕ごと両脇から止められて、そのまま立ち上がることもできない。


「貴方が家の所有にしたい理由はなにかな?」

「クレインは薬師であり、今後、君達みたいに命を救うケースが出てくる可能性は高い。クレインの師匠も同じように冒険者などの命を救い、薬代を払えるまでは奴隷にしていたことがある。その数、最大時は172人。もちろん、借金返済して奴隷で無くなった人数はその倍以上いる」

「その人数が、仮に冒険者として借金の返済をするのであれば、個人がもつ武力としては脅威と映る可能性はありそうだね」


 ティガの言葉にはっとする。今は俺らしかいなくても、増える可能性がある……それはあり得るかもしれない。あの金額を普通に返すのが難しいことくらいは、俺でもわかる。

 クレインの取り立ては厳しくないだけに、何年もかかるとすれば、人数はどんどん増える。


「確かに、それが個人所有だと脅威になると言われれば否定はできないようだなぁ」

「ああ。もしクレインがお師匠さんのように助けた人を自分の奴隷として所有していく場合、一つの巨大な戦力が出来上がる。貴族が放っておくと思うかい?」

「だからって!」

「貴族にとって、妻の持ち物は夫のもの。あの子を手にいれれば、奴隷は自分の物だ。特に異邦人は王家の管理になって、手に入らないが……あの子を嵌めれば、君達が簡単に手に入るとしよう。子爵位では、上から嵌められれば庇いきれない。無理やり結婚させられ、軟禁……場合によっては、殺される。ああ、高位貴族であれば妾扱いでも、同じだ」

「……だけど!」

「別に、君らの事情なんて俺はどうでもいいんだ。俺は君らに命令をする気もない。ただ、あの子の身に危険が迫る可能性は潰す……わかるかい?」


 ぞくっとした。

 顔は笑っているが、その目に孕んだ狂気を感じる。この人は俺らは本気でどうでもいいんだとわかった。断るなら、俺らはどうなるんだろう?


「いくつか質問をしてもいいだろうか?」

「構わないぜ。何が聞きたい?」

「彼女は薬師として……それに、魔法を使った治療は優秀だ。戦力ではなく、そちらで所望される可能性もあるのではないかな?」

「ああ。そちらはすでに手を打った。薬師としての能力含め、俺が王弟殿下の第三子息にクレインを嫁としてはどうかという申し出をしている。王弟殿下の第二子息が病気であり、薬師が必要なのはこの国では有名な話だ」

「何それ? クレインを売るの?」


 クレインをお偉いさんに?

 兄ならなんでも許されるってことなら……指先に力が入るが、それ以上の力でティガが力を込めて止められている。


「貴族ではな、爵位の上下は二段階まで……王弟側があの子を受け入れるには、メディシ―ア家の爵位を上げるか、さらなる養子縁組を組む必要があるわけだ。これは数年単位でかかる話で、その間は時間が稼げる。他の貴族は、自分より上の立場から搔っ攫うにはリスクがある。戦力ではなく、薬師としては一番必要しているところだ……当然、王弟の気分を害す行為をそうそうできることではない。その間にあの子が他に相手を見つければ、駆け落ちすればいいだけだ。あの子はどこでも生きていけるからな」

「……あんたもクレインも性質が悪いなぁ。本気で言っている……だが、そんなことをしたらあんたの身はどうなる?」

「クロウ?」

「俺が勝手に進めた話だろ。ご破算になったなら、俺が責任を取って爵位の返上でもなんでもすればいいだけだ。安いもんだろ? あの子の身が保証されるなら」


 クロウが首を横に振り、ぼそりと呟いた。


「嘘ではないらしい。俺らに命令をしないという事も、クレインの身を心配していることも彼にとって真実だ」


 いけ好かないけど、ティガもクロウも俺と違って声を荒げることも無ければ……こいつを認めているのもわかる。



 沈黙がその場に流れる。



 しばらく、互いに言葉が出ず……数分か、もっとかもしれないが、短くない時間が流れた。

 

 クロウが嘘を見極めることができるのは聞いてる。クロウがそういうなら、この男のいう事は真実なのだろう。


 クロウとティガは目を伏せて、何かを考えている。

 俺は良く分からなかった。ひどい事をしようとしている訳ではないとしても、勝手に縁談を組んだりしているのは意思を無視した酷い事じゃないのか。

 言い方だってむかつくし、表情が凍り付いたように変わらないから本気かなんてわからない。


「俺は家の所有としてくれ。彼女の身を危険に晒したいわけじゃない……あんたの覚悟は受け取らせてもらった。俺はあんたを主としよう……可愛い女の子に仕えたいという気持ちは本当だがなぁ」

「そうだね……クロウに続くのは癪だけど、わたしも同意見だ。よろしく、主殿」

「ちょっ!? 二人とも!?」


 俺を抑えていた手が離され、二人は一度立ち上がった後、グラノスの前で、膝をついて頭を垂れた。

 そして、主と呼んだ。二人は、奴隷として、彼を主にするという誓いだった。


 そんな二人を見る男の目は、とても冷めた目をしている。どうでもいい事なのかもしれない。そして、俺が見ていることに気付いて、こちらに目線を送る。


「そうかい……そっちはどうする?」

「……よくわかんなかった。クレインのためって言いながら、クレインにひどい事してると思うんだけど」


 俺がそのまま思ったことを言うと、相手はいままでと変わって表情を崩した。


「あっはっはっ……そうだな。危険を減らすために、あの子に内緒で勝手に動いているし、君らに負担を強いているわけだ。気に入らなくていい、許す必要もない。大事なのはクレインだと考えてくれるなら充分だ」


 この家にきて初めて表情が崩れた。楽しそうに笑い、目じりに涙まで……そして、にっと笑った顔は、さっきまでの表情とは違った。なんだかほっとした……。


 さっきまでは何を考えているかよくわからない、冷めた瞳で……その容姿と合わせて、近寄りがたい神秘さと残酷さが見え隠れして……いけ好かなかった。でも、急に普通の気のいいあんちゃんみたいな顔になって笑い、クレインを大事にしているという事が伝わる顔だった。


「あんたも随分と頑張るなぁ……貴族の流儀を学んで、嫌悪している貴族になってでも守るのか」

「君ならどうするんだ? 出来ることはしないのか?」

「?」

「さて……どうだろうなぁ?」


 何故かクロウにだけ問うような視線に、珍しくクロウが少し戸惑った様子を見せている。

 ちらりとティガを見ると、苦笑しているので、また3人だけでわかっているようだ。


「ねぇ、どういう事?」

「まあ、後からじっくり考えてくれ。答えだけ聞いて、流されるだけでは生き残れないかもしれんしな。自分の事は自分でするんだ、坊や」

「俺、子どもじゃないんだけど?」

「外見ではなく中身が伴ってから言ってくれ。さて……俺らの目的が一致するなら、ちゃんと協力できる体制を作った方がいいとは考えている。……貴族からの防波堤は俺が担当する。君達に強制はしないが、あの子の身に危険が迫ったら、動いてくれると助かる」

「それは構わないけど、貴方は傍にいることはないのかな?」

「町に戻ってくることもあるだろうが……しばらくは地盤を固めたいのもあってな、色々と雑用をこなす予定だな」


 やはり、俺は事情がわかってないのに、ティガ達はある程度、こいつの考えに予想がついているらしい。

 側にいて守るだけではないってこと? ……そもそも、クレインは守られる程弱くないとも思うけど……俺より強かったし。


「……もし、これからの予定が決まっているなら、教えてもらえるのかな?」

 

 ティガの問いに、大きく頷いてにやりと笑った。お互いにわかるところがあるのか、ティガも笑い返している。


「俺が爵位を継ぐタイミングで土地をもらう。その土地を一から開拓だな……価値観が違う以上、距離を取れる場所を確保したいと考えているんでな」

「それはいい考えだね……貴方の負担が大きい気はするけど……大丈夫かな? わたし達以外にも増えれば、より危険は増す。上手くいかない可能性の方が高いだろう」

「ははっ……そうか、君らも俺らが召喚された理由におおよそ予想はついているか」


 クロウとティガは頷いたけど、俺はちんぷんかんぷんだった。

 ただ、この町をいずれ離れる計画をしていることだけは、わかった。それに、召喚の理由についてなんて、良く分からないことを言っている。


「俺、ついていけないんだけど」

「ああ。どうせ、クレインとナーガにも話さないといけないから、みんなが集まってから説明しよう。……焦らずに、君は君らしくでいいと思うぞ」


 そう言って、食事でも用意しようといって、キッチンに立って料理を始めてしまった。冷蔵庫を開けて、料理の準備をし始めている。

 

「レウス。君がどうするかは、ちゃんと答えを出すんだよ? 出来れば彼女が戻ってくるまでにね?」


 そう言ったティガは楽しそうに微笑んでいる。だけど、その笑顔がなんだかぞくっとする。クロウに視線を送るが、肩を上げて、首を振るだけだった。


「やれやれ……出来れば、働きたくなかったんだがなぁ……楽はさせてもらえそうもないな」

「クロウ、何言ってるの? むしろ、クレインにお金返す必要あるんだよ?」

「なに、何十年後かには返すさ」

「こういう大人にはならないようにね、レウス」

「ティガ、どういう意味だ」

「若い子に負担をかけるのは良くないだろう?」


 う~ん。奴隷となるのは仕方ないし、クレインか、家か……あいつとナーガって呼ばれてた子とクレインと、薬師の婆様の物になるか。

 まあ、あの凍り付いた表情でないなら……クレインのためにもなるって言うし、嫌ではない、のかな。


 でも、俺にもわかるようにもっと説明が欲しいんだけどな……難しいことばかりでなくてさ。


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