第35話 Eランク試験



 師匠の授業が終わった後、兄さんが夕食の用意をする間に冒険者ギルドにやってきた。

 夜になると冒険者ギルドにいる人が増えている。上機嫌でお酒を飲んでる人も多く、明るい表情の人が多い。流石にお酒をギルドが振舞っているわけでは無いと思うが……それにしても、賑やかだ。

 とりあえず、昼間よりも治安が悪そうなのは間違いない。絡まれない様にしたい。



 私が受付をしていると、話し声が聞こえた。「あれは違う。この前世話になった新人だが、たまたま時期が被っただけだ」、「レオニスさんが世話してる……ほら、フィンさんに似て……」という声。

 ちらりとそちらを見ると……たしか、東の森の件について、調べてくれた冒険者パーティーにいた人達だった。手を振ってくれたので、お辞儀を返しておく。


「マリィさん……すみませんが、報告させてください」

「はいはい。じゃあ、あちらの部屋で」


 またも、別室に案内される。

 見ている人が多いだけにちょっと気まずい……とはいえ、今日は異邦人のパーティーがいたから、受付の前にずっといるのも避けたかったので、良かったとも言える。


「今日は機嫌が良い人が多いですね」

「ええ。Aランクの魔物が近辺に出現したんですが、大した被害もなく倒せたので……お祝いですね。ただ、それで誤魔化しているだけで、少々ギルド内でも問題が起きています」



 異邦人への当たりが強まったこと。

 考えられるのは、東の森の調査が終了したことで、やらかしたことが冒険者達の間で広がってしまい、異邦人への偏見が強まったとのこと。


 冒険者と異邦人が喧嘩し、牢屋にぶち込まれたことも広まってしまい、異邦人からはクレームが来ているらしい。「自分達のしたことでないのに責められる」「情報管理がどうなっているのか」と問い合わせが殺到し、忙しいと……。異邦人が居心地悪そうにしていないから、メンタルは強そう……。


 それにしても……冒険者の間で異邦人は避けられてる。最初は勧誘していた冒険者達も、今は遠巻きに見ている。積極的に関わることを避け、好意が感じられなかった。

 


「それで、いかがでしたか?」

「まず、調合薬だけは、私が作成するのは難しいです。作れるようになるまで、しばらく時間がかかります。他、レシピはすべて用意してくれるみたいです。それと……こちらからもお願いがあるんです……」

「何でしょうか?」

「毒薬の材料となる魔物素材はDランクの魔物になるとか? できれば、FランクからEランクに上げてもらえませんか? そうすれば自分で取ってくることが可能になるので」

「あ、はい。麻痺薬や睡眠薬の素材となる魔物の推奨はEランクですし……Dランクも、クレインさん意外と戦えると聞いてますがソロだと……」

「あ、えっと……故郷から兄さん達が追いかけてきちゃったので、しばらくの間はソロじゃないかもです」

「ああ! ……それで、鞄が3つ……う~ん。そういうことなら……」

「難しいでしょうか?」

「少し待っていてもらえますか? ギルド長に相談してきます」


 一介の受付嬢がランクを上げるとか決められないか。

 そもそもが、上げてくれと交渉する方が可怪しいのかもしれないけど。出来れば自分で採取をしてきたい。難しいか……。

 採取自体は難しくない……処理の仕方も師匠から褒められている。ただ……鑑定が出来ないから、素材の良し悪しは自己判断になる。自分で取ってきたなら諦めも付くけど、依頼して粗悪品だったら辛い。

 師匠の話だと、採取になれてない冒険者だと品質は悪いという。伝手もないから、自分で行きたい。



「さてと。嬢ちゃん。マリィから話は聞いたぞ。すまんが、マリィには聞かせたくないので席を外してもらったがのう」

「あ、はい……」


 しばらく待っていると、ドアが開いて……入ってきたのは、威厳のあるお爺ちゃん……ギルド長のヨーゼフさんだった。

 まあ、そうなるか。

 わかってはいた……最終的に判断するのはこの人になるのは当たり前だろう。マリィさんは希望をそのまま伝えてくれたようだ。


「薬の納品を引き受けてもらえるようで、こちらとしても助かるのでな、認可してもよいんじゃが」

「何か、条件でも?」

「そうじゃのう……薬の素材じゃが、自力で取りに行くということで間違いないかのう?」

「そのつもりです……素材の見極めがまだ出来ないので……他の方に依頼するより、自分でその場で処理をした方が確実だと思うので」

「確かに……処理をするなら早い方がいいことも確かじゃな……嬢ちゃん、薬の調合については問題がないんじゃな?」

「上級である調合薬以外ですけどね。素材がないので、まだ作ったことないんで、絶対作れるということではないです」


 まあ、師匠の口ぶりだと作れることは疑ってない。

 魔丸薬とかだって、最初は10回に1回くらいの成功率だったのが、今では2回に1回。何度も作っていれば、できないはずはない。素材代を考えれるなら、失敗してもいいように自分で沢山取ってくる方が絶対良い……問題は、毒薬とかは失敗した場合のリサイクル先がないこと。

 ゴミはゴミ箱に……とはいえ、容易に捨てていいものじゃないだけに、考えないといけないからね。


「ふむ……Eランクへの昇級じゃが、この後時間はあるかのう?」

「……あります」

「ならば、実技試験の結果で判断することになる。構わんか?」

「えっと……結構、無茶な要求したんですけど、試験受けるとかいいんですか?」

「そうじゃのう。まず、魔物討伐の成果次第では昇級できる。冒険者カードには討伐記録があるからのう。ただ、これは嬢ちゃんは満たしていない。次に期間じゃな。期間が長くなれば自動的に上がることもある。ただし、Dまでじゃがな。期間としては、まだ昇格の条件を満たしていない。次が、推薦じゃな。嬢ちゃんの場合、他の冒険者からの推薦が3通ある。担当受付嬢からも問題ないと判断されてるのでな。それに……こちらとしても、素材採取を自分でやってくれるというなら、秘密裏に事を進めやすくて助かるからのう」


 ああ、やっぱりなんかあるんだ。

 薬師ギルドとの関係以外にも、面倒ごとが隠れてる感じかな。


 いいけどね。こっちもやりたいことをサポートしてもらえるなら助かる。Dランクの魔物を狩って良いとなるだけでも大きい。

 ギルド長の後ろについて、ギルドの訓練場へと向かった。


 しばらく待っていると、ぞろぞろと人が入ってきた。

 対戦相手らしい人が、面倒だという顔をして、目の前にやってくる。


「おい、お前が昇格試験受けるのか、ガキのくせに。なんで期間を待たずに昇級しようと思った?」

「よろしくお願いします。どうしても必要な素材を取りに行きたいからです」

「あん? 素材ねえ……急ぐのか?」

「はい」


 色々と条件を満たしてないと、ギルドの精査以外に対外的にもわかる試験を行うのか。

 実力があれば貢献した期間を短くするけど、その場合には、こうやってギルド内で処理せずに冒険者達にも実力があることを見せておく。

 さっきギルドにいた人で……どうやらお酒は飲んでいない。


 試験の相手はCランクの冒険者だった。

 最初は苛々してたのに、素材と言ったら、少し考えるそぶりをした。急ぐという言葉ににやりと笑って、雰囲気が変わった……気がする。


 Cランクのアタッカー、かな。武器は良さそうな反面、防具はそこまでいいものじゃないのは、攻撃の方に重きを置いてるから。タンクや魔法使いでは無い。しかも……なんとなく、開始と同時に攻めてきそう。


 試験内容は、簡単。模擬戦闘により実力を確認する。審査をするのは、ギルド長とレオニスさん含む、5人か。

 この人達が、実力が足りていると判断されれば、持っている旗を揚げる。3本上がれば、合格らしい。



「……始めっ!」


 思った通り、一気に距離を詰めて剣を振りかぶってきた。

 早いけど、兄さんのように何をしてくるか分からない動きはしない。このまま、振り下ろすのであれば、受け流せる……。


「甘いっ! おらぁ!」

 

 1撃目を受け流そうとしてるのに気づかれ、避けることは出来たがバランスを崩さずに、そのまま2撃目が来る。


「っ……」


 目論見通りにはいかなかったので、剣で受け止めて、見合う状態になる……けど、パワーはナーガ君ほどじゃないので、押し切られることもない。

 何度かの打ち合いの後、すっと足を引いて、攻撃を受け流す。


「なっ……」

「はぁっっ!」


 今度は受け流しが決まり、相手の体勢が崩れて隙ができる。そこに一発、剣技〈スラッシュ〉を叩き込み、距離を取る。


「いきます! 水飛沫〈スプラッシュ〉!」


 水魔法LV2で覚えた水飛沫〈スプラッシュ〉を唱える。対戦相手を中心に勢いよく水飛沫が上がった。


 相手は魔法が来ると思っていなかったようで、全く防御できていない。


「いぐっ……な、ま、っ……」

「待ちません」


 水の勢いに押されているのを確認し、走り出す。水飛沫が消える前に後ろに周り、首に剣を当てる。


「そこまで! ……ふむ、旗4本か。合格じゃ」

「ちょっ、ギルド長! まって、俺、まだぜんぜんいいとこ見せてない!」

「お疲れ様でした。ありがとうございます」


 ぺこりとお辞儀をして、手を振っているマリィさんの方へ行く。

 周囲は、「負けた~」「ちくしょう、外した」など、大いに盛り上がっている。

 うん、賭けに勝った人はほぼいないらしい。みんな残念がっている。


 いや、何人かこっちに手を振っている人達は私に掛けたのかな? 東の森調査をしていた人だ。


「おい、まて。魔法なんて聞いてないぞ?」

「……私、どちらかというと魔法系ですけど……ソロ志望なので、前線でも多少戦えるだけで」

「……ああ……くそっ。まあいい、合格だとよ。良かったな」

「はい。これで、狩りに行けます」

「そっか……パメラばあさんによろしくな」

「えっ……?」

「足りない時には俺にも声かけな。あの人には世話になってんだ」

「……はい。師匠にお世話になったって伝えるのでお名前教えてください」

「やめろ! またガキ扱いされる!」


 素材っていうと誰かへの納品と考えるのか…………。師匠……冒険者に好かれてるんだなぁ。

 ちらっとレオニスさんに視線を送るとぐっと親指を向けてきたので、原因はここだと思うけど。でも、旗上げなかったのレオニスさんである。しっかりと、旗を見て確認した。

 むしろ、ここはギルド長とレオニスさんの2票が確実で、半分やらせで合格できると思ったのに……まあ、C級なのに手を抜いてくれてた感じはするけど。

 

 マリィさんが拍手してくれてるのが結構嬉しい。手続き、お願いしよう。




 ……と考えてたのにな。


「それで、嬢ちゃん。見事だったぞ」

「アリガトウゴザイマス」

「ちゃんと実力は付いてきたな」

「精進シテマス」


 手続きせずに、ギルド長の部屋に行くことになった。レオニスさんも付いてきたよ。

 にっこにこなのがすごく怖くて、返事が棒読みになってしまう。


 いや、まあ……手を抜いてくれてるうちに何とかしないと、地力では勝てないからこそ、魔法で奇襲しただけだからね。

 

「これで、嬢ちゃんはEランクじゃ。Dの実力もすでにありそうじゃが、これからに期待しようかの」

「はい……とりあえず、素材採取しつつ、依頼分を納品するようにします。調合薬以外ですけど」

「調合薬は絶対に無理かのう?」

「……師匠からは見込みはあると聞いてます。いずれ作れるようになると」

「なるほどのう…………上級の薬を作れるようになる見込みはあるんじゃな」

「師匠の教えがいいので」


 やっぱり、調合薬が上級って知ってて、依頼してる。師匠の話だと上級の薬を作れる人は少ない。でも、師匠が納品してるわけではないようだった。


 この世界の薬は消費期限は長い。普通に1年はもつことを考えれば……他の町で作って、輸送している可能性もありそうだけど……。

 そもそも、セージの葉の問題もこの町だけのはず……いずれ、ギルド同士の争いには仲裁が入るから、その前にできることをしておく感じかな。


「さてと……クレイン」

「はい。なんですか、レオニスさん」

「お前が今後必要になる素材の入手先のメモだ。俺がばあさんの頼みで取りに行っていた物で、今回のギルド依頼の物ではないから、これだけでは足りんかもしれないが……参考程度にな」

「ありがとうございます」


 〈東の森〉〈西の丘〉〈緑の沼〉で取れる物、他にもいくつか採取ができる場所が書いてある。迷宮ダンジョンと分けてあるから、探すのも困らない。なるほど……あとは魔物を倒してみないとわからない。


「嬢ちゃん。大丈夫だと思うが……町の外では注意するんじゃ。思ったよりも、冒険者と異邦人の関係は悪くなっておる。嬢ちゃんの場合、どちらからも絡まれる可能性があるからのう」

「はぁ……まあ、さっき見ただけでもなんとなく察しましたけど……いいんですか? 私が合格したのを見たから、異邦人達は自分達もと言い出しますよ?」

「わかっておる。じゃが、そもそも推薦をするような冒険者もおらん。話にはならん」


 う~ん。どういう意図があるのか、いまいちわからないんだよね。

 

 なんとなくだけど、読める目的は二つ。

一つは、薬師ギルドへの牽制。現状では、師匠が弟子を取ったことはばれてない。薬師ギルドは素材の大量備蓄を企み、失敗したため面白くない。そして、どこからか自分達が卸すはずの薬は供給されている。

 当然、その供給元を調べていけば、師匠の弟子である私のこともいずれわかる。


 この町だけで済む問題でないから、ギルド同士はいずれ和解する。その時に、ギルドが積極的に私に協力していたか、どうか。ここも争点になる可能性がある……ってことかな。ギルド自体は弟子に素材供給をしていないなら、冒険者ギルドを責めることも出来ない。だから、自分で素材を取りに行くならある程度協力する。

 

 もう一つは、異邦人対策。

 現状では、討伐報酬しか望めない。おそらく、パーティーを組んでいるなら収入は、ギリギリ。自分達よりも実力が低いのに昇格した人がいるのに、自分達は認められない。

 どう動くのか、見定める指標とするための餌。

 わざと不満を持たせてる気がする。冒険者をやっていてもダメだと思わせるのか。そこに何の目的があるか、ギルド側の考えがわからない。



「クレイン。魔法袋3つ用意できてるが、持って帰るか?」

「あ、はい。でも、3つ分はお金足りないですけど……」

「心配無用じゃ。契約履行してもらうために、前金を払うということは可能じゃからな。嬢ちゃんにはこちらからレシピ・素材を渡すことで、契約を縛るつもりじゃったが、どちらも自分で用意するとなれば、縛りが発生しなくなる。そのための前金じゃ。〈魔法袋・大〉、3つ。300,000G分の契約前金じゃな」

「……大、ですか?」

「そうじゃ。依頼分を全て納品できれば、その倍額にはなるからのう……半額を前金というわけじゃな」

「……えぐい」


 中を希望していたのに、大になった。

 調合薬までさっさと作れるようにならないと、冒険者ギルドへの借金が減らないってことだ。たしかに、大があれば今後の活動は楽になる。しかも、取り寄せ料金の+30,000Gがないので、普通に買うよりはるかに安い。この機会は逃せないけれど……。

 やり方がエグイ。断れないのをわかってて、縛りに来てる。

 そこまでして、薬の備品を増やしておきたいということか。信用しすぎるなという師匠の言葉が身に染みるが……断れない。


「問題あるかのう?」

「出来た物から納品しますが……できれば、週に1回程度、リストの更新をお願いします。その時に、本当に必要な数を把握できた方がこちらとしても作るペース配分が出来ますから」

「うむ。承知した。まずは、能丸薬と魔丸薬を100個が優先で良い。それから……これがパーティー編成の用紙じゃ。明日で構わないから出してから行くようにの?」

「はい……」


 一人で狩りに行くなと……。兄さん達がいるから、Dランクに挑戦する許可をしたってこと。レオニスさんはDランクの魔物には厳しいと思って、旗上げなかったってことか。

 はぁ……仕方ないけど、問題が山のようにある現状……一つ一つ解決したくても、時間は有限。出来る限り、特訓を続けながら、調合のペースを上げるしかない。


「……クレイン」

「はい、レオニスさん」

「兄貴の方にも話したが、お前の身の上の設定だ。冒険者の父・フィンとその男に惚れて、村八分になった女・エーヴェルの子ということになっている。フィンはこの町の冒険者だったから、分かる奴はいるはずだ。聞かれたら答えていい。俺は友人の子の後見をしている」


 兄さんから聞いているが、さっきのギルド内の様子だとだいぶ話は広がってるらしい。レオニスさんもだが、師匠も人気があるので、ついでのように私も受け入れられてる。


「はい……なんだか、色々とありがとうございます」

「あんまり無理するな。焦らなくても、十分強くなってるぞ。いい動きだった」

「いや……私のステータスの伸び、魔法に偏ってるので……もう少し、底上げしようと頑張ってるところです。でも、まだ足りないんですよね?」

「Dランクの魔物は、固いやつもいるからな。それと、ばあさんが楽しそうだ。ありがとよ」

「出来るだけ早く、師匠に楽をさせられるように頑張ります」

「おう、その意気だ」


 

 結局、家に戻り、兄さんとナーガ君に袋を渡したところ、お説教が始まってしまった。

 一人だけで背負い過ぎだと言われると否定できないけど……どうしても、必要なことだとも思うわけで……。

 有用だと判断されるのは、良いことだと説得。兄さん達の基盤も作れるということで……。パーティーが結成された。


 ソロでやるつもりだったんだけどな……まあ、厳しい戦闘にならない範囲で、採取のためだから、目的はそれていない……。問題は、この件が終わった後にパーティーを解散してくれるか、かな。




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