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天星狐篠

episode.0 愛と憎しみは紙一重

 特異能力。

 それは、近年発見が確認された先天性の疾患であり、一般人には真似できないような能力が生まれつきの疾患として現れるものである。その能力は治癒能力から予知能力にまで多岐にわたり、その能力を持つもの、特異能力所持者はその能力を有効に使い世界に貢献していくこととなった。

 しかし、その能力を使用し犯罪に利用するものが現れてきた。その件数は年々増加し、凶悪性も増していった。警察も大規模に動き出し、社会問題へと発展していくこととなった。日本政府は特異能力を持つ者を監視し、特異能力の使用を制限する法律、通称〈特異能力取締法〉を制定し、その法律の運用を目的とする〈特異能力特務課〉を設立した。  

 この件について国内では特異能力者を中心に大規模なデモが起こり、毎日のように警察機動隊や特務課も出動する事態となった。ニュースやワイドショーでも連日取り上げられ、その報道は特異能力者たちの神経を苛立たせた。日を重ねるごとにデモは活発になっていき、ついにはデモの暴動に巻き込まれた女子高校生二人が死亡する事故が起き、日本全体に衝撃を与えた。

 特異能力を使用する犯罪グループは大小さまざまなものがあるが、最大勢力はやはり武装組織〈リンドウ〉だろう。当初は単なるデモ隊だったのが、日に日に過激になっていき、ついには武装組織にまで発展した。女子高生が死亡した時のデモグループも〈リンドウ〉である。リーダー、幹部ともに不明瞭な部分が多く、下っ端のような構成員を逮捕しても尻尾がつかめない。海外の武器商人とも関わりがあるらしく、日本への武器輸入が平然と行われる事態となっている。

 そして女子高生がデモに巻き込まれて死亡してから二ヶ月後、ついに〈リンドウ〉によって朝の新宿駅が十七時間にわたって占拠され、〈特異能力取締法〉の廃止と〈特異能力特務課〉の解散を条件に立てこもった。二百万人以上を人質に取られ、手も足も出ない事態になった機動隊は、隙を見て突入したものの設置された起爆装置によって全員が死亡した。最後は特務課の作戦行動によって人質は解放したものの、四百三十三人の民間人が〈リンドウ〉の手によって死亡していた。この一件により特務課や機動隊、民間人合わせて八百人以上が死亡、三千人以上が負傷した。幹部グループは制圧直前で逃走し、結局幹部の情報は何一つつかむことができなかった。

 この一件で日本経済は大混乱に陥り、国際的にも大きな影響が及んだ。この一連の占拠事件は〈新宿事件〉と呼ばれ、発生から五年が経過した現在もなお新宿駅の一部は閉鎖され、厳重な警備態勢が敷かれている。

 この事件を皮切りに特異能力者と政府の衝突がさらに活発になり、今もなおテロや犯罪が行われている。


 沖田躑躅(つつじ)は福島県の寂れた街の一般家庭に生まれた。

 父親、母親、躑躅の三人でアパートの一室に暮らしており、周りの部屋の住人とも大きなトラブルもなくうまくやっていた。

 母親は近所のスーパーでパート勤務として働いており、時たま処分になる果物や菓子をもらってきた。

 父親は出張が多く、家にいないことが多かった。出張から帰ってきたときには菓子やおもちゃを買ってきてくれたこともあったが、今となっては遠く淡い記憶である。

 そんなどこにでもある家庭で幼少期と義務教育の十五年間を過ごした。勉強は人並みで、何か特別な才能に長けているわけでもなかった。身体能力は人より高かったが、体育の授業で活躍するようなものでもなかった。

 そうして中学三年生、中学受験をしなかった躑躅にとって初めてとなる受験生シーズンを迎え、人並みにっ受験勉強を始めた。何か高校でやりたいことがある訳でもない躑躅は市内の普通科の高校を受験し、合格した。合格後の長い春休みの最中にあの事件は起きた。

 あの日は冷える夜だった。母がスーパーで賞味期限が切れてしまい処分になる苺をもらってきたので夕飯の後に食べたのを覚えている。部屋で買ってもらったばかりのスマートフォンをいじっていたその時だった。

 インターホンが鳴った。そう思ったときには銃声が聞こえていた。躑躅は咄嗟にベッドの下に隠れた。数人の足音。響く銃声。数人の男の声が聞こえ、また銃声が響く。まだ中学を卒業したばかりの躑躅にとってそれは恐怖でしかなかった。一瞬でも気を抜いたら声が出てしまいそうだ。と、その時だった。

 不意に自分の部屋のドアが開いた。銃を持った男が躑躅の部屋へ入ってきた。冷たいものが手のひらに滲んでくる。冷や汗の意味をいやというほど理解した瞬間だった。躑躅はさらに息をひそめ、男が部屋から出ていくのを待った。心臓は止まりそうなほど鼓動し、汗と埃が混ざった床で目をつぶっていた。

 どれぐらいたっただろうか。朧気に聞こえるパトカーのサイレンが近くで止まり、階段を上がってくる音がした。その数分後、躑躅は警察に発見された。躑躅が部屋から出たとき、両親は血を流して死んでいた。躑躅は最後に足の力がふっと抜けたのを覚えている。

 そこからのことはあまり記憶にない。警察官に優しい言葉をかけられながら警察署に連れていかれ、そこで通された部屋で刑事という男に事情を話したものの、しっかり応答できていたかは怪しい。

 ただ、最後の受け答えは今でも鮮明に覚えている。

「両親は…なぜ殺されたんですか?」

「あー…それは捜査中なんでなんとも…」

若い警部―佐倉と名乗っていただろうか―が言葉を濁らせる。何か中学生には言えないことがあるのだろう。世間を知らない中学生の躑躅にも理解できた。

「なんでなんですか⁉両親は誰かに恨まれることなんてしてません!」

机を叩き、佐倉に抗議する。静かな部屋に机を叩いた音だけが残る。

「ま、まぁまだ捜査中なので…」

佐倉はしどろもどろに返答する。佐倉を睨むと躑躅は席に戻った。

「ここで口を濁らせても意味がない。はっきり伝えてやってくれ。」

 この若い警部の上司なのであろう、中年の刑事―確か小野と言っていた―が初めて口を開く。

 「ですが…」

 「ですが、じゃない。はっきりと伝えてやるんだ。そうすればこの子もすっきりするんだろう。」

「わかりましたよ…」

佐倉は躑躅に向き直り、覚悟を決めたような表情で口を開いた。

「あなたのご両親は〈リンドウ〉の構成員だったんです」

 躑躅は背筋が凍った。背筋が凍る、という言葉の意味を痛感した瞬間でもあった。

 〈リンドウ〉。ニュースなどに疎い躑躅でもその名を知っていた。特異能力犯罪を中心に行う反社会系過激派グループ。それに親が…。考えただけで気絶しそうだった。

「あなたのお父さんは〈リンドウ〉でもかなり上の立場にいた。初期からの構成員だったようですね。ですが、上層部と揉めて組織を裏切った。その報復に組織に殺されたようです。」

「そんな…何かの間違いじゃないんですか?」

 たっぷり十秒ほどもたってからようやく躑躅は乾燥しきった口を開く。

「こんなものが見つかっています」

そうすると、若い刑事は一枚の紙を見せた。

 その紙には、黄色でリンドウの花が描かれていた。いつだったかのワイドショーで見たことがある。〈リンドウ〉のロゴマークだ。

「彼らが犯行現場に置いていく紙です。彼らの中で黄色のロゴは『裏切り』を意味します。」

 それは、父親が〈リンドウ〉の構成員であることを決定づけるものだった。

 躑躅は息をのむ。自分の中の何かが氷水のように冷たくなっていくのがわかる。躑躅は立ち上がるものの、数歩ふらふらと歩いたところで膝をついて倒れてしまう。

「なんで…なんでぇ…」

 躑躅の目から涙が零れ落ちる。それは、両親が死んだことへの悲しみ、今まで〈リンドウ〉の構成員だったことを隠していた父親への怒り、こみ上げてくる〈リンドウ〉への憎しみだった。

 躑躅は泣き続けた。この数時間、我慢していたものが一気に放出されるような想いで。

 まだ中学生の少女の嗚咽だけが部屋に響いていた。

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