父と娘①


 


 お前たちはこれから一つの命を終わりを見る事になる。

 人は生まれ、そして生まれた者は、誰しも例外なくその命を失い、必ず死なねばならない。

 その単純な理を、お前たちはこのジジイから学ぶのだ。


 (小僧っ子ども。元気でな)


 そう瞳で語りかけ、私は目を細めて孫たちを見つめる。

 もうじきに自分が死ぬだろうという時だったが、生命力逞しい彼ら見て、思わず心の中で微笑んでしまう。

 これから始まろうという孫たちの人生の行く末を思い、何だか無性に楽しくて仕方なくなってしまったのだ。

 すると消えかかっていた私の命が、最後の灯火をともすように一気に燃え上がってきた。(それは線香花火が燃え上がるように)

 体は指一つも動かせず億劫なままだと言うのに、感情だけは生き生きとして、孫たちへの愛おしさでどうしようもなく溢れてしまう。

 すぐにでも機能を止めようとしている肉体に反して精神だけは活性化し、孫たちとのいくつもの思い出の場面が、万華鏡の如く心に投射され、私の頭の中でせわしく浮かんでは消えを繰り返し始めた。


 –––ああ‥‥、あああ。


 そうだ。

 そうだった。


 爺ちゃんはお前たちと過ごせて、本当に、ずっと幸せだったよ。

 お前たち、‥‥ありがとう。



          ⚪︎



「‥‥お父さん」


 このまま幸せに孫たちの事を考えながら逝くのも悪くはないかと思いつつあったところ、娘の声が聞こえてくる。

 らしくない、とてもか細い声だった。

 私はゆるりと目を移し、スズメを見つめた。

 途端、先ほどまでの晴れた心と打って変わった暗澹たる雲が心を覆った。



 我が娘。

 お前は私の恥で、私の人生の汚点そのものだったよ。

 愚かで愚かな、親を泣かせ続けた、‥馬鹿な娘。



 (スズメ‥)


 

 私の手はもうお前を助けることができないと言うのに。

 声をかけて慰めてやる事もできなくなると言うのに。

 お前はちっとも私を安心させてくれやしない。



 (スズメ‥)



 どうしてお前は親に心配ばかりをかけさせるんだ。

 いつまで私の大きな子供であり続けるつもりなんだ。


 お前を残してゆくのは、

 ‥‥心配で心配で仕方がないよ。

 愚かで愚かな、‥‥私の愛しい娘。


 

 (スズメ‥‥)



 私は娘に3度呼びかけた。声も出ず、口も開くことなかったが、そうしたかったからだ。

 自己満足なだけの何も伝わっていないだろう、力のない言葉だった。

 だがしかし、一言呼びかける度に、私が娘にあれほど強く抱いていた憤りが溶けてゆく感覚がした。

 そうして3度呼びかけた後のこの言葉は、娘が家に帰ってきてから、長く自身の内にあった蟠りをすっかり捨て去ってのものになった。


 (‥‥‥ヤレヤレ。お前が一番、手のかかる子供だったよ)


 私は顔の表情を動かして笑えていたのか分からないが、心の中では、はっきりと娘に微笑みかけていた。

 かつての私が、娘にいつもそう接していたように。












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