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 久しぶりのファミレスにゆきは懐かしくなって大学時代のような感覚を思い出した。


「ポテト頼んでもいいですか?」

「どうぞ」


 ドリンクバーとフライドポテトを卓上のタブレットで頼む。


「目雲さんは何飲みますか? 私取ってきますよ」


 ほとんど目を合わさず向かいに座る目雲は背もたれに体を預けてはいるが姿勢は固く、手はぎゅっと握られたまま膝の上にあった。退屈そうというよりは居た堪れないといった雰囲気だった。


「ありがとうございます、ゆきさんにお任せします」


 それでも律儀にお礼を言うところがゆきは有難くもあり、心配にもなった。気遣いが嬉しいではなく、有難く思うのは幾分の冷静さを感じ取れるからその理性を働かせられる余裕が身体的異変が重大ではないと察せられるからだ。

 気分は落ち込んでいるようだが、顔色も動きもいつもの目雲と変わりない。その分、この後寝込むのではないかとか、無謀な働き方に戻るのではないかとか、思ったりもした。だから嬉しいとはならなかった。


「じゃあ何か温かい物を持ってきますね」


 ゆきは立ち上がりドリンクバーでしっかり吟味してから、戻ってきた。

 カップをテーブルに置いて、座りながらゆきが問う。


「ホットいちごオレとローズヒップティー、どっちかいいですか?」


 淡いピンクとやや赤い濁りのない液体を見比べて、目雲は少し表情を和らげた。


「面白いチョイスですね」

「こういうところ来ると普段飲まない物飲みたくならないですか?」


 ゆきの笑顔に目雲も肩の力が抜ける。


「そうですね、こちらにします」

「ローズヒップちょっと癖があるので飲めなかったら私飲みますから言って下さいね」


 目雲がカップに口を付けるのをゆきは見守る。


「大丈夫ですか?」

「はい」


 無理してる可能性もあるなと思いながら、ゆきももう片方のカップを手に取り、いちご風味の甘さを楽しむ。

 最近は味わうことのなかったその甘さにノスタルジーを感じつつ、ゆきは周りを見渡す。昼時を過ぎているからかそれとも時期的なものか、店内はそれほど混んではいなかった。

 それでも席は半分ほど埋まっている。


「ファミレスはお正月も変わらず営業してますね」

「はい」


 暗いながら返事はしてくれる目雲にゆきは微笑みかける。


「定食屋さんは労働している人たちがお客さんだからお盆とお正月は休みなんだって、大将の奥さんが言ってました」


 目が合うことはないが、ゆきは一向にかまわなかった。


「そうなんですね」

「ちなみにシフト制とかで土日関係なく働いてる人たちは昼休憩の時間も定まっていないことが多いから街なかのあの定食屋まではなかなか来られないそうです」


 フライドポテトが運ばれてくると、ゆきがアツアツを早速口に放り込む。


「相変わらずで、美味しいです」


 大学生の頃深夜に食べた味は当時のテンションも足されているから比べると全く同じとは言えないが、今は純粋にできたてのフライドポテトのおいしさを堪能できた。

 目雲はポテトには口は付けず、カップは最初のひと口以降持ち上がることはない。ただそのカップをテーブルの上で両手で持ちながら、少し不安げな表情でその表面を見ているように感じたが、そこにゆきから触れる気はない。


「いちごオレとも合う気がします」


 能天気なゆきに耐え切れなくなったのか、目雲がおずおずと顔を上げた。


「ゆきさん、その……」

「はい」


 ゆきは特に表情を変えずに目雲を見守る。


「さっきは……すみませんでした」

「気にしてませんよ」


 ゆきは微笑みを深くするが、大きな罪悪感に苛まれている目雲はすぐ伏し目がちになる。


「でも、ゆきさんに大きな声を出してしまって」

「大丈夫でしたよ。運転もいつも通りで感情に左右されないところは流石だなとは思いました」


 目雲に何度か驚かされているゆきからすれば、あれくらいのことは想定内で片付けることができた。

 それどころか運転に関して目雲に言ったことは本心で、世間にはハンドルを握ると性格が変わる人がいると聞いていて、現実でまだそれほどの人には出会ったことがなかったが、目雲はそれどころかどんな精神状態にも左右されないところに賛辞を贈りたいほどだった。

 運転そのものには影響はなくてもイライラしたり愚痴を呟いたり、車内の雰囲気をさらに悪くすることくらいはあり得そうなものだと想像できるゆきは、心の底から目雲の運転と本質的に攻撃性のない性格に対する信頼度がますます上がっていた。


 けれど目雲自身は冷静でなかった自覚もあるため、運転に影響がないことくらいは当たり前だと首を振る。


「当然のことです」

「はい、そこが素晴らしいです」

「そう、ですか」


 言い切られたせいで目雲も否定するのも違うと受け入れるしかなく、ゆきはその様子に笑顔でコクリと頷く。

 ゆきは温かいいちごミルクにほっこりしながら、ポテトを摘まむ。

 目雲は意を決して口を開いた。


「ゆきさん。気を使っていただいてるのは分かります。そうやって無理に明るくさせるのも不本意で申し訳ないんですが、母がゆきさんに言ったことは本当に許せることではなくて、だから正直にそう言って貰ってもいいんです。その方がいいんです」

「了解です、そう思った時はきちんと言います」


 ゆきの朗らかさは変わらない。そのことに目雲の胸が疼く。


「今回は違うと言いたいんですか? 母のことを庇う必要はありません」


 本当のこと言ってくれと祈る様な気持ちにまでなっている目雲に、ゆきは姿勢は正したがその願いは叶えなかった。


「私は今のところお母様を庇う要素は見当たっていなくて、だけど目雲さんがお母様と仲がよろしくないことはきちんと理解しました」

「ゆきさん」


 咎めるような声ではなかったが、悲しさは含まれていた。

 けれどゆきは目雲に嘘を吐くことはしない。


「目雲さんは何か理由があってお母様は私に何か不愉快になるようなことを言ったと考えているのは分かりました。えっと、正確には目雲さんはどこから話を聞いてましたか?」

「結婚の話題を出した辺りだったと思います」


 一番のタイミングの悪さだと思いはしたが、その前のゼリーの感想を言ってる辺りから聞いていても唐突に怒涛に流れた会話は察知も制止もできなかっただろうとも振り返る。


「おぅ、そうですか。えっとあれは、うーん。あ、目雲さんはたぶんお母様の発言は一般的にまだ彼女の段階でそういう話題を振ること自体が心の機微に欠けると思ったんですよね?」


 ゆきはなんとか目雲が抱いた印象が違うのだとだけは伝えなければと頭をフル回転させる。


「そうです」


 ゆきはゆきで別の意味で問いつめられると困ることがあるので、誤解のないように伝えるのに四苦八苦する。


「それなら、えーっと、気にしてない……というか、そういう意味だとは受け取っていないので、傷ついていないですよ」


 ゆきがそう言っても苦しそうに歪む表情に、目雲の傷の深刻さを伺うが、さりとてゆきがどうにかできる問題でもないと思う。突き放しているわけではなくて、目雲が介入を拒んでいるのだからそれを尊重するべきだと考えるからだ。

 だから自分の事実の開示だけをひたすら行う。少しでも目雲が安心できる材料を増やすために。


「あの、あとその仲違いの理由についても聞き出すつもりはないですよ。お母様と関係が悪くなっているのも私の事を振ったのもきっと原因は一緒なんですよね。宮前さんがそれは以前付き合っていた方が関係していると教えてくれました」

「あいつ」


 項垂れるように呟く目雲だったが、ゆきは宮前のフォローはせずただ自分の現在の状態を淡々と告げる。

「それだけが私が今理解していることです。具体的なことは何一つ聞いていません。そしてそれ以上探ろうとも思ってもいません」

「気になりませんか、過去の女性のことなど知りたくないですよね」


 俯いて表情見えない目雲の自嘲するような声色に、目雲自身に興味がないと思われているようなのでゆきはそこだけ訂正する。


「目雲さんが言いたくなったらぜひ聞いてみたいです。どんな風に恋愛していたのか知れたら、私も参考になりますし」

「参考になんかしないで下さい。同じ過ちは犯したくないです」


 過ちなのだとゆきは頷いた。

 そしてどうにも辛そうな目雲に、今回のことは言及できないとしても、ゆきは苦手であると大いに自覚のある自分語りをしておくべきなのかもしれないと思い始める。


 子供の頃は情報伝達だけで十分だと思っていた声にすることを、考え直してできる限り話すようなってからも、自分の感情については上手くまとめることができないとゆきは時折考えることがあった。

 ただそれが必要な場面もあるのだと、学んでもいる。


 だからこそ話すならば少し構成を纏めてからにしようとそのための準備も含めて、ゆきはいちごオレを飲み干して立ち上がる。


「何か取ってきます」

「はい」


 肩を落としたままでカップを見つめ続ける目雲を残して、ゆきは歩き出す。



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