第245話 浮世音楽堂(9)

 チーズ宅にポツンと残された『凍結の魔女』は転移した弟子たちの行く先を見つめた。その顔は先ほどとうってかわり、笑顔に使っていた表情筋はその動きをやめ、無表情、としか言いようがない顔つきとなっている。


 魔女は、件の幼馴染『救国の魔法使い』を忌避する以外にも、気に入らないこと、滅入ること、記憶にとどめておきたくないものを分割し、箱に見立て捨てる癖があった。これは、千年以上生きてきた間に培われた知恵でもなんでもなく、きっかけは学校の卒業前に起きたあの事件、それだけだった。

 その事件以降、自分の記憶を分割して捨てることにためらいはなくなり、また、その記憶については自分以外のだれも解放することはできず、また、解放したとしても自分に記憶が戻るだけで誰かに垣間見られることがないぐらいには暗号化されている。


 結論、魔女が自分の心を保つためだけに行っている行為なだけであった。


 それが千年の時を経て今回動きがあった。異世界から呼び寄せた、正しくは『コピー』をした「異世界の君」に今は「ナット王国」となっているかの国の復興を依頼したことによる。人に頼っておきながら、自分が逃げているなんてことはできるわけはない。

 自分の記憶の封印箱を自分のリソースの許す範囲で集めだしたのは卒倒した以降であった。あまりにも情けないところをみせては、正直チーズに申し訳が立たない、そう考えたからだ。


 結果、今魔女の手元には『救国の魔法使い』が持つ箱以外の記憶箱はすべてそろった状態となった。それは今、魔女の持つ収納のなかにすべて格納されている。そして収集したことにより、確認できた事実があった。これは、ちょうど百年ぐらいまえに造られた記憶箱。


 集めた瞬間、その記憶箱が放つ気配に完全に覚えがあったからだ。その覚えは今の王の呪い。魔女の魔法に偽装され発動したソレと同じ気配。きっと当時彼女は「不快に感じた感情」が邪魔だったのだろう。


 魔女はその箱を、イオが不在の今、解放する。

 


 ◆

 


 魔女の居室は ■■ 城の南の棟の一室にあった。


 眩しいほどの晴天、これから単独行動でこの国の地脈の調査へ行くのが魔女に課された今日のミッションとなる。

 この国の資源について、もう少し早く進言すれば枯渇することはなかった、いや、この国の今の羽振りの良さ、無鉄砲なふるまいを見るに、止めても止まらなかったことが想像された。

 実のところ、あと数回採掘したところでこの国の資源は尽きるだろう。


「あ~……どうしたもんかね」


 見た目年齢15歳、ショートボブの銀髪、少し釣り目気味、横に長くとがった耳を持つ、「凍結の魔女」と呼ばれるこの国の宮廷魔術師は悩んでいた。

 ここで宮廷魔術師をする前は彼女が眷属としている使い魔に管理を任せている拠点を転々とした生活を行っていた。

 

 魔女の拠点は各国に存在する。


 実のところ、その拠点を転々とするよりも、大きな国に身を寄せていた方が『救国の魔法使い』からの直接の干渉を避けることができる。

 

 通常記憶を切り離したらきれいさっぱり忘れてしまうのが彼女にとっての常であったが、その付き合いが生後まもないころからであったがためか、完全に消しさることはできなかった。


 具体的に言えば幼馴染に「何か」をされた。具体的な内容は覚えていないが、感情を大きく揺さぶられたか、もしくは害されたがために、そこの記憶を切り離し、箱に閉じ込め投げ捨てるに至ったということだけは、記憶に残っていた。


 魔女は幼馴染と一度会ってしまうと封印した記憶と現在体に残っているログのすり合わせが上手くいかずショートする可能性が高いことを考慮、実際そうなった場合面倒な事となるがために激しく逃げ回っていたのだが、逃げ回る生活も面倒になり王宮に滞在することを選択した。以前 ■■ 国に身を寄せていた時に関わって来なかったことを知っているからだ。結果、匿われてるようなものである。


 とはいえ、凍結の魔女も救国の魔法使いも常にお互いのことは捕捉していた。


 それは世界の双璧の2柱と言われる所以か、切ることが出来ない、細く長くつながっているような感覚。

 だったずなのだが、ある時、魔女が補足していた魔法使いへのつながりが微弱になった時期があった。

 大体においてそれは【神代】ダンジョンに入った時に起こることで、当初は特に意には介してはいなかったのだが、その期間が十年単位となった時にはさすがの魔女も何もしなかったが気にはした。


「さあ、出かけるか。今後の身の振り方、どうしようかな~さすがに掘りつくしたのがばれたら、追い出されるかな~」


 そう言いながら、 ■■ 国のほぼ掘りつくされた採掘現場に転移を使用し赴く。


 赴いたまではよかった。

 そこにいる正喪服を着た女性を見るまでは。


 ◇

 

 転移したとき髪をしっかり結い、総じて真っ黒な着物を着た老女が目の前10メートルに存在していた。こっちに敵意向いてる…気がする。あれ、シラタマの喪服だろ。


「初めまして、何か私に用事があるのかな?」


 視線に負けて、その女性に話かけてしまった。関係なければそれでよし。関係あれば最良の方向を探らなければ。


「私の【闇】魔法の圧に負けないとは、さすが世界の双璧のうちの1柱、おめでとう、あなたは私に選ばれた」

「は?!何?!」

「貴方がいるから私は報われない。私の生涯もっても追いきれなかった、口惜しい」


 おおむね理解のできない言葉を発するその女性をたしなめてみようかとは少し思ってみたものの、これはもしかすると挑戦者かもしれないと思いなおった。800年ぐらい前まではこう、決闘を申し込まれることもまあまああった。

 見た感じ結構お年を召しているし、人生最後に挑戦したいとか、そういうたぐいかな?


「要するに、わたしに決闘を挑みたいのかい?」

「決闘などはしない。刻みにきただけだよ、楽しい……実に楽しい」


 そこでうっかりしたのか、視線があってしまった。

 視線が合った瞬間、静電気みたいな微弱な電流を感じた。


 しくじった、と思ったときにはもう遅かった。

 これ、絶対何かされた。このわたしに。いい度胸しているじゃないか。


「いい度胸だ。わたしへの挑戦と受け取った」

 そう言いその女性を捕らえるべく捕縛魔法を走らせる、が、捕縛しようとした瞬間、転移でも、逃走でもなく、黒いモヤとなり人ひとりが消えうせた。

 そこで触れた時、感じた。


 これ、生霊だ、と。きっと最期の命の瞬間、挑んできたんだろうと。

 

 その後、自分があの老女に何かをされたことはわかってはいたものの、体の不調は全くなく、何を刻まれたかはどんなに自分自身を魔力でスキャニングしてみてもわからない。単純に嫌がらせの可能性すら視野に入った。


 ただ、あの視線だけはまれに思い出して頭にちらついた。

 ぞわっとするあの視線を。


 それが嫌で、半年ぐらい経ったころ、記憶を箱にまとめて海底に捨てた。


 ◇


 もしかして、あの老女が『紅鳶』か?そう考えると合点がいく。


 チーズ宅で記憶を戻してよかった。もし王城で戻していたらうっかり王や氷那に影響を及ぼしかねなかった。


 禍々しい箱の記憶を自分に戻したということは、またあの視線を思い出してしまうのかもしれない。

 でも情報は知れた。

 あの視線によりわたしにコードが仕掛けられ、大魔法を使う時にその対象に大きな呪いが併発するようになっていた、と言う事が。


「これは私も解呪が必要そうだ。ほんと厄介ごとを呼び込んでくれたなアイツ。ホント、責任とってもらうしかない」

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