ご飯茶碗を2つに分けるということ

過言

主食

ある友人についての話です。


彼はどこにでもいるような平凡な青年で、そして私にとっては『友人』という意味を持つたった一人の特別な人間でした。


別に友人が彼だけというわけではありません。しかし、友人が複数人いることは、その一人ひとりが特別でない理由にはなりません。


そんな、数ある一つの特別である彼についての話です。


私と彼は、それなりに良好な仲を築いていました。


共に映画を見たり、釣りをしたり、カラオケボックスで夜を明かしたり。


そんな平凡な特別を共有するぐらいの仲。


しかし彼は、食事にだけはどれだけ誘っても付き合ってくれなかったのです。


彼いわく、「食事の様子を見られるのがどうしても嫌」だそうで。 

まあそういう人もいるよな、ということで私は納得していたのですが。


彼と町中を散歩していたある日。


彼が突然、「飯、食おうぜ」と言いました。 


いいね、と言おうとして彼の方を向くと。

彼はだらだら脂汗を流しており、また焦点はぐらぐらと、定まっていないようでした。

その様子を見て、私が先述した彼の事情を思い出し、

「大丈夫なの?」

と尋ねると、彼は、

「仕方ない」

とだけ言い、前方へ足早に歩き出しました。

まるで私のことなど気にかけず、ひたすら目的地だけを目指すかのように、しかしけして足音は荒立てないように、可能な限りの速さの競歩で。


私は着いていくのに必死でした。


だから、いつのまにか辺りの景色が、町ではありえなくなっていることにも、手遅れになってから気付いたのです。


私達は草原の真ん中に立っていました。


見回す限り、緑。

私達が歩いてきたはずの道も、もうわかりません。

草が踏み荒らされているなどということはなく、私の前にも私の後ろにも、人の足の重さを知らない草が青々と茂っていました。


「じゃあ、食べようか」


これは彼の言葉です。

彼はいつの間にか草原に座り込んでおり、箸を右手に構えていました。


食べるって、何を。

発しかけた言葉は、しかし音にはなりませんでした。


彼の前には、平らな岩の上に盛り付けられた一汁三菜があったのです。


「いただきます」


そう言って、彼はその得体のしれない料理のような何かを食べ始めました。


おいしい、おいしいと、まるで誰かに聞かせるかのような大声で叫びながら、彼はご飯をかき込みます。


一つ目の茶碗が空になりました。


彼は二つ目の茶碗を手に取り、再びおいしい、おいしいとかきこみはじめました。


ご飯がよそわれた茶碗でした、それも。


見ていられなくなって、私は彼を追いて、駆け出しました。


どこへともなく走りながら、私は、彼がどうしても食事姿を見せようとしなかった理由を嚙み締めていました。


少し離れた草むらで、こちらを見つめる影たちよりも。


空の上の雲の上から、こちらを刺す視線よりも。


おいしいおいしいと泣きながら喉を箸で突き刺す彼よりも。


ご飯のよそわれた茶碗が二つある、という事の方が、私にとってはどうしても気持ち悪くて、許せなかったのでした。


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ご飯茶碗を2つに分けるということ 過言 @kana_gon

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