第9話 陰キャは肝心なことを言わない

 Gを1匹見つけたら100匹居ると思え、とよく言ったりするけれど、それって要は、物事の本質は表面の情報だけでは判断出来ない、ってことなわけで。

 それで言えば僕はまさに、冴山さんの表面だけに着目し、そのウラ側にまで考えが及んでいなかったと言える。

 

(まさか冴山さんがあのレイン氏とはなぁ……)


 週が明けて月曜日を迎えている。

 授業中の現在、僕は黒板をぼーっと眺めながらそんなことを考えていた。


 ちなみにだけど、僕らは今まで通りになるべく関与しない過ごし方を学校では続けることに決めていて。

 なんでかって言ったら変に目立ちたくないからで。

 だから家を出る時間さえずらしたりして、今朝は学校までやってきた。


 ちらりと窓際の最後尾に目を向けてみると、板書をせっせと書き写す冴山さんの姿がある。

 そんな冴山さんは、ミステリ作家・レイン。

 新進気鋭の若手作家で、まだ単巻ミリオンセラーはないけど、デビュー作の「陽キャグループ一掃事件」が確か単巻30万部くらい売れている。

 僕が昨日読んでいた最新刊(3作目)の「陽キャグループ殲滅事件」も初週で10万部超えを記録していて、出版界隈が若干斜陽と言われる現代基準であれば結構売れている方だろう。

 

 評価は上々で。

 今の単巻10~30万部がピークかと言えば絶対そうじゃないと思う。

 多分、これからドンドン伸びていくんじゃなかろうか。


 痴漢被害と火事被害で偉い目に遭ったアンラック少女のウラ側は、実はものすごかった、ってわけだ。

 中学生の頃、趣味で書いていた推理小説を賞に送ったら、受賞こそしなかったけど編集さんの目にとまって拾われたらしい。

 そして去年、いざ刊行してみたら評判が良くて売れに売れ、現状に至るとのことだ。


「――おーし、じゃあ芳野。この式解いてみろ」

「あ、はい……」


 先生に当てられてしまい、僕は黒板の前に引きずり出された。

 人前は苦手だし、そこそこの難問のときに当てられるのが災難過ぎる。

 けれどなんとか解くだけ解いて、


「おー、すげえ。正解だ」


 先生に褒められつつ、そそくさと席に戻る。

 その途中、ふと目に入った冴山さんが小さく拍手をしてくれていることに気付いた。

 うお、やべ……こんなところでニヤけさせるような真似はしないでくれよ。

 

    ※


 やがて昼休みを迎えた。

 いつもならコンビニのパンやおにぎりで腹を満たす僕だが――


『お、お昼……きちんと栄養摂らなきゃダメ、だよ?』


 と、今朝冴山さんにそう言われ、弁当を持たせられている。

 教室でそれをオープンすると同じ弁当を持ってきたであろう冴山さんとの仲が疑われるかもしれないと思い、場所を変えて無人の非常階段にやってきた。


「おぉ……」


 踊り場の一段上に腰掛けて早速弁当を開けてみると、片面に白いご飯、もう片面にはおかずが宝石のように詰め込まれていた。

 唐揚げ、ウインナー、卵焼き。

 栄養面を考えてか、きんぴらごぼうやひじきの和え物もある。

 相変わらず美味しそう。


「こ、ここに居たんだね……」

「あ、冴山さん」

 

 弁当の作り手が僕のもとを訪れたのは、そんな弁当を早速いただこうとした矢先のことだった。

 膝下まで伸ばしたスカートをなびかせて、夏服なのにまったく薄着感のない目隠れ少女は僕の隣にいそいそと腰を下ろしてくる。


「どうしてここに?」

「い、一緒に食べたくて……」

「……っ」


 なんてこった……そんな理由でわざわざ探しに来たってこと?

 ……僕を堕としにかかってないか?

 もしそのつもりがないんだったら、冴山さんには天然ジゴロの称号を授けてやりたい。


「じゃ、邪魔なら戻る、けど……」

「い、いや邪魔じゃないよ。ここなら誰かに見られることもまあないだろうし、全然居てくれていいから」

「あ、ありがとう……」


 冴山さんは手に持っていた弁当を開け始めていた。

 中身はやっぱり同じのよう。


 それから僕らはまったりと食べ始める。

 美味しい弁当のおかげで、少し乱された気分はすぐに落ち着いた。

 会話が弾んだりはしないけど、縁側で猫と並んでいるような空気感。

 そんな中、僕はふと質問をぶつけてみた。

 

「そういえばさ、冴山さんはなんであっさりと自分がレインって認めてくれたんだ?」


 昨日の僕による問いかけには、バカ正直に応じる必要はどこにもなかった。

 誤魔化す選択肢もあったわけで。

 むしろ冴山さんの性格ならそうするのが自然まである。

 けれど冴山さんは普通に認めてくれた。

 一体なぜだろう、と気になっている。

 

「よ、芳野くんになら、知られてもいいや、って思ったから……」

「……それはどうして?」

「わ、私のこと……もっと知ってもらいたいな、って思ってるから……」

「なんで……もっと知られたいの?」

「な、内緒……」


 な、内緒かよ……。

 

 照れ臭そうに肩を縮こめて、もそもそと小動物のように弁当を食べ進める冴山さん。

 意味深な答えを寄越すだけ寄越して、それ以上は何も言わんとは……。

 

 ううむ……小悪魔。

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