第8話 ウラの顔
「冴山さんって趣味は読書だけ?」
翌日、日曜日。
昨晩の浴室であったことは良い意味で引きずらず、午前の穏やかな時間に身を置いている。
「う、ううん……一応、他にもある、よ……?」
洗濯物を窓辺に干しながら、冴山さんはそう応じてくれた。
「たとえば?」
「た、たとえば……ピアノとか」
へえ、ピアノ。
冴山さんは良家のお嬢さんらしいし、確かにそういう趣味があっても不思議じゃないか。
「そ、そう言う芳野くんの趣味は?」
「僕はこの通りまず読書」
ちょうど電子書籍を読んでいる。
「レイン」というミステリ作家の推理小説で、僕は結構この作者を買っている。
僕の好きなクローズドサークル系をよく書いてくれるから。
あと叙述トリックを絶対に仕掛けてくる人で、どれが叙述トリックなのか推察しながら読んだりするのが好きだ。
「あとはアニメとゲームかな。我ながらインドア過ぎて女子受けはないに等しいけど」
「そ、そんなことないよっ。インドア、良いと思うっ」
同じ気質だからか、冴山さんは肯定してくれた。
優しい。
「アウトドアに寄り過ぎてると……陽オーラ強そうで逆に無理、かも……」
「なるほどなぁ。ちなみにだけど、ピアノの他の趣味は?」
「そ、それこそアニメも観るし、ゲームだってやる、よ……? でも、一番時間を割くのは結局読書か、アレ、かも……」
……アレってなんだろう?
濁したってことは、少なくとも自分から言う気はないのかもしれない。
気にはなるけど、まあいいか。
「じゃ、じゃあ私、お昼まで部屋に籠もる、ね……ちょっと作業したいから」
洗濯物を干し終えた冴山さんは、そう言って2階の居室に行ってしまった。
はて、作業?
……そういえば、さっき冴山さん宛てに新品のノートPCが届いていたんだよな。
火事で燃えたから改めて買ったらしいけど(データはクラウドにバックアップがあるらしい)、もしかしたらそのPCで何か作業をするんだろうか。
そんな風に気になりつつもひとまず電子書籍を読み進め、今作も綺麗に騙されてスッキリした僕は、レイン氏のSNSに感想を送ることにした。
感想欄としてお使いください、という固定ツイートがあって、そこにリプするとレイン氏が返事をくれることがあるんだ。
「うわ、火事かぁ」
早速感想を送ろうとしたら、レイン氏が近況報告ツイートをしていて、それによれば住まいが先日火事で燃えたらしい。
冴山さんといい、今の時期は湿ってるけど油断ならないなぁ。
「……よし、これでOK」
気を取り直して感想をリプしたあとは、テレビをサブスクに繋いでアニメを観る。
やがてお昼の時間になると、冴山さんが降りてきてくれた。
「よ、芳野くん、お昼は何がいい?」
「冴山さんが作ってくれるならなんでも」
「じゃ、じゃあ……豚肉の甘酢炒めにする、ね」
僕では決して作れなさそうな献立を口にして、冴山さんは早速調理を開始。前髪を上げ始めたので僕は視線を逸らすけど、テキパキとした手際が気配で分かる。
「冴山さんってさ、料理も趣味だったりするの?」
「あ、うん……美味しいモノって結局自分の舌に合うモノ、だし、それを一番知ってるのは自分だもん……自分で作るのが一番美味しいはず、だよね?」
確かに理に適ってる。
やがてお出しされた豚肉の甘酢炒めは、白米の咀嚼を捗らせてくれる素晴らしい美味しさだった。
「バッチリだよ冴山さん」
「よ、良かった……」
「そういえば、推理小説好きの冴山さんならレインって作家知ってる?」
「――ぶふぉっ」
雑談としてレイン氏の名前を出したところ、冴山さんはご飯を噴き出しかけていた。
「だ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」
なぜか動揺している冴山さんは、麦茶をひと口煽って呼吸を整えている。
「な、なんで芳野くん、急にレインの名前……出した、の?」
「え、普通に雑談だけど」
「よ、芳野くんはレインの本……読むの?」
「読むよ。さっき最新刊を読み終わったけど、相変わらず綺麗に騙された。僕はミステリ作家の中だとレインが一番好きだよ」
「……っ」
「話のクオリティーなら上には上が居るけど、噂だと若いみたいだし頑張って欲しいよね」
「あ、ありがとう……」
「……え?」
……ありがとう?
え。
なんで冴山さんがお礼を……?
え。
いや待てよ……そういえば、幾ら偶然だとしてもこの時期に冴山さんとレインとで火事の話題が被るのは珍し過ぎる。
……そして冴山さんはコソコソとノートPCで何か作業をしていたらしい。
更に言えば……レインっていうペンネームは要するに雨。
冴山さんの下の名前は……時雨。
加えて……僕の褒め言葉に対する今のお礼。
――まさか……?
「……レインって……冴山さん……?」
んなワケないよな、と思いながら問いかけた。
けれど、
「そ、そう……だよ……?」
肩を縮こめて少し恥ずかしそうに肯定された瞬間、僕は開いた口が塞がらなくなった。
……冴山さんの素顔は、底知れない。
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