クラスの根暗陰キャ美少女を痴漢から助けたらめっちゃ懐かれたけど案外悪くない

あらばら

第1話 お助け

 学校の女子ランキングに「隠れモテ部門」があった場合、揺るぎない1位を取りそうな女子が僕のクラスに居る。


 窓際最後尾の席でいつも読書に耽っている冴山さえやま時雨しぐれさんのことだ。


 黒髪ロングヘアの目隠れ女子。

 目どころか鼻すら隠れているけど、噂だとフルオープンされた顔は凄く可愛いとのこと。


 加えて、誰がどう見てもスタイルが良い。

 身長168の僕よりちょい低い程度。

 胸元はボリューミー。

 クラスの男子なら誰もが一度はそこに視線を向けたことがあると思う。

 無論僕もだ。


 そんな冴山さんは当然ながら人気者ではない。

 ビジュアルの影響で密かに「いいな」と思っている男子はそこそこ居そうだけど、かといって表立って接触を図るには何かと勇気が要るからだ。


 僕が言えたことではないけど、雰囲気通りに陰キャだ。

 冗談抜きで休み時間はずっと本を読んでる。

 黙々と、一心不乱に。

 触れがたく、近寄りがたい。

 それが冴山さんだ。

 誰かと話す光景を見たことがないし、恐らくコミュニケーションが嫌いor苦手なんだろう。

 僕自身もその気持ちは分かるから、冴山さんと接触しようとは思わない。

 無駄な関係を持ちたくないんだよな。

 1人でそっと過ごすのが良い。

 僕もそうだ。


 だから僕と冴山さんは今後、一切、触れ合うことなんてないままに、高校卒業を迎えることになるんだろうと信じて疑わなかった。

 

 ――翌朝までは。


(あ)


 通学のために毎度の如く満員電車に搭乗していた翌朝の僕は、いつも同じ車両で鉢合わせる冴山さんの様子が少しおかしいことに気付いた。

 いつもはどんなにぎゅうぎゅう詰めでもなんてことないように本を立ち読みし続ける冴山さんだが、この日の冴山さんは気分を害したみたいに本を眺めずにうつむいていた。


 どうしたんだろう、と思いながら冴山さんの身体を確認してみて僕は驚くことになる。

 なんと臀部にゴツい手が這わせられていた。

 すり、すり、と効果音を出していそうなほど、疑いようもない痴漢行為。

 冴山さんがおびえたようにうつむいて縮こまっているのは、そのせいだったんだ。


 冴山さんは被害を訴える素振りを見せていない。

 性格上、このままやり過ごしてしまえばいい、と思っていそうだ。

 変に目立つくらいなら、このままでいい。

 陰キャコミュ障の思考回路はよく分かる。

 泣き寝入りすればそれ以上面倒なことにはならないからな。

 耐えればいずれ解放されるなら、耐えることそのものが苦痛ではあれど我慢出来てしまうんだ。よく分かる。


 でも、じゃあ……僕はこのまま黙って見ているのが正解なのか?

 冴山さんが明らかに嫌がっているのに、それを見て見ぬ振りでいいんだろうか。

 冴山さんは勇気さえあれば本当は訴えたいのかもしれない。

 我慢なんて本当はしたくないのかもしれない。


 もちろん冴山さんの本心なんて分からない。

 このままでいい、と本気で思っている可能性は捨てきれない。

 だったら僕が何かをするのは余計なお世話なわけだ。


 僕自身、変な正義感はないつもりだ。

 面倒事は嫌いだし、出来るだけ大人しく過ごしたい。

 でも、なんだろう……気になる女子がそういう目に遭っているのを、僕は黙って見ていられる男じゃなかったらしい。


「――その人痴漢です!」


 そのひと言を発しながら、僕は自分の性分を自覚することになった。


   ※


 それからの出来事はさながら激流であった。

 僕の指摘に反応して周囲の男性たちが冴山さんへの痴漢野郎を取り押さえてくれて、次の駅が来たところで駅員に捕まることになっていた。


 そして目撃者の僕と、被害者の冴山さんも事情聴取のためにしばし拘束されることになって、解放される頃には遅刻確定となっていた。


「ごめん冴山さん……一応学校に連絡行ってるらしいけど、遅れさせちゃって」


 通勤ラッシュが過ぎ去った時間帯。

 改めて通学を再開するために、僕と冴山さんは駅のホームで次の電車を待っているところだった。


「ほんと、ごめん……」


 余計なことをしてしまったんじゃないか。

 冴山さんは怒っているんじゃないか。

 告発行為を行ってからずっと、僕は胃がキリキリと痛んでいる。


「ううん……」


 しかしそんな中、冴山さんは目の隠れた顔を僕に向けて首を小さく横に振ってくれた。


「……ありがとう、芳野よしのくん」


 そのひと言に対して、僕は色んな意味で「え」と反応してしまう。

 単純にその反応が意外だったこと。

 僕の名前を覚えてくれていたことにも驚いたし、初めてきちんと聞いた声がすごく可愛いことにも驚いてしまう。


「あ、えっと……怒って、ないのか?」

「……どうして怒る必要があるの?」

「だって……冴山さんはあのまま我慢してた方が目立たずに済んだだろ?」

「それは確かにそう……でも、ああやって我慢してたのは、私に声を上げる勇気がなかったからだから……」


 冴山さんはそう言った。


「だから……芳野くんが代わりに言ってくれて、その……嬉しかった」


 その言葉が耳朶を打った瞬間、僕はどれほど救われたか分からなかった。


「だから、芳野くんが気に病む必要なんてない……ありがとう」


 二度目のお礼が聞こえてきたのと同時に、ホームに電車が突入してきた。

 その瞬間に風が吹いて、冴山さんの前髪が舞い上がる。

 直後に見えた冴山さんの尊顔は――


「あっ」


 冴山さんが慌てて前髪を手で押さえていた。

 けれど遅い。

 もう遅い。

 僕は見てしまった。

 表のモテランキングでも最上位を取れるであろう極上の可愛いお顔を。


「……恥ずかしいから、見なかったことにして……」


 そんなことをぼそりと呟きながら、冴山さんが逃げるように電車に乗り込んでいく。

 僕もその背中に続く中、心の中で密かにこう思った。


 ……ごめん冴山さん、見なかったことにすんの無理。


 こうして僕はこの日、冴山さんとの関わりを持つことになった。


 それでも関わりはこの時間だけで終わりだろうと思っていたけれど、意外にもそうはならなかったことを、僕は後ほど思い知ることになる――。

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