あおのこえがひびく

@hitujinonamida

第1話

 それはセルフレジがコンビニに入ってきた時期の話し。


「これ、どうやって使うの?」


 青子の仕事は以前より増えていたが、給料は変わっていなかった。

 現在34歳。

 声優の仕事と並行しながら、今もやっぱりコンビニでアルバイトをしていた。


「ちょっとちょっと!ケチャップ入ってないじゃんよ!」

「ちゃんと入れましたよ」

レジの列の向こうから叫んでるおじさんが手招きするので、青子は眼の前のお客様に頭を下げて、叫んでるお客のところに行った。


 ケチャップはてっぺんについていた。

「あははごめんね」

 あははじゃないわ。

 ちゃめっけたっぷりに微笑むのを見て、よく見てないんだか、それか構って欲しかった暇人だなと察し、腹が立った。

「次のお客様おまたせしてるんで」

流石にその時は愛想笑いで大丈夫ですよ。ということはわざわざしなかった。でも一応頭は下げたから大丈夫だろう。

その時、青子の演じた悪役のアニメキャラが、青子の脳裏で『この私が許してあげるんだからね!』と叫んで踏ん反りかえった。

「おまたせして申し訳ありません」

特に自分が悪いわけじゃないのに、目の前のお客様に頭を下げて謝ったが、お客様は目をそらして不満そうな顔をしているだけだった。

青子がアニメの悪役のオーディションに受かって3年。

声優の仕事はぼちぼちあるものの、生活費はやはり住んでいる下のコンビニのアルバイトで賄われていた。


セルフレジの導入で少しは楽になるかと思われたが、使い方のわからない人が多く、目の前のお客様の商品をうちながら、隣のセルフレジ使用中のお客様があれこれ質問してきて、レジを打ち間違えたり、どこまでやったか分からなくなったりが最近多発していた。

 しかも、目の前の作業を止めて、セルフレジの方へ行くと、まだ支払いの選択さへされてなかったり、領収書かレシートかの判断が出来なかったりという、そんな大したことないことだったりして、それが毎日たくさんあって、青子はうんざりした。他のお客様を待たせてることにも気が付かない、叫んで人を呼ぶ人、クレームをつける人。

 お店の人数は限られてるのに、やることは無限大の感じられる。

 見知らぬ機械に怯えてしまうのかも知れないけれど、それでいて聞き方が横柄だったりするのでたちが悪い。

 死ぬわけでも、借金を抱えるわけでも怪我するわけでもないんだから、取り合えず触ってみてくれれば良いのにと切に願ったりするが、勿論実際には言わない。


「お給料が上がらないのにやることが増えた」

「覚えることいっぱいあるわね」

 

 休憩中、げんなりする青子を帰り際のパートのおばさんたち笑顔で慰めてくれた。

 早朝は家族の分の朝食を用意し、洗濯物を干してから、出勤し、扶養内で働き、また仕事後には家事をこなす、敏腕のパートのおばさんたちの笑顔は、経済と世の中の平和の車輪を前向きに回してると言って過言ではない。

 青子はその笑顔を見て、自分もこんな風に、少しだけ察して構ってもらうと、凄く元気になるのだ、ケチャップやセルフレジの質問くらい、笑顔で答えられるようになろう。と気持ちを持ち直せるのだった。


 そんなある日、新しい学生バイトが入った。

「おれ~、声優目指してるんで、たまに土日入れないんですけど、まあ器用な方なんで貢献は出来ると思うんすよねえ」

 金髪で、人受けする笑顔のたれ目の男の子だった。

「へええええ」

「青子さん、目茶目茶良い声っすね!」

 その新しいバイト君は、青子が声優であることは知らないようだった。

 普段の人との話し方で、声優としての演技も変わってくると思うんだけど。と青子は心のだけで思って、でもあったばかりの相手にはそれは言わないでおいた。



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