続くかも知れない話の冒頭集

ヒコサカ マヒト

紅血姫の逆行記

 白い力の塊をくらい、身体中の血液が逆流するような感覚になる。

 気持ち悪く、一生それが続くくらいなら死んだ方が良いとさえ思えて、しかしそれは続かず、


「っ!?」


終わった時には歴代最強とも謳われた彼女の暴虐を支え続けてきた魔力の全てが消え失せていた。


「紅血姫」


 目の前にいる白い力の持ち主が、彼女から力の全てを奪った女が、微笑みながら手を差し伸べてくる。


「過去の行いを悔い改め、私と贖罪に参りましょう? きっと皆様、分かって──」

「──妄言を吐かないでくださる?」


 その手を叩き落とし、彼女は嫣然と嗤った。


「そんな無様、私が晒すと思っているのかしら。御目出度い頭だこと。貴女なんかと行動を共にするくらいなら」


 嗤いながら、誰かが使っていた銀の短剣を拾い上げれば彼女の掌から焼ける音と白い煙が上がる。そして白い力の持ち主が止める間もなく、


「私は死を選ぶわ」


彼女はその短剣で自らの咽喉を切り裂いた。




 こうして紅血姫こと、ヴィルヘルミナ・ヴァンロッソは死んだ。




 死んだと思ったら6歳の時に時間が巻き戻されていた。

 何故に6歳と分かったか、といえば、眼前にある出来事に覚えがあるからだ。


「如何でしょう? 何方も若く、活きの良い人狼でして」


 奴隷商が得意気に商品を語る。

 曰く、人狼の生息域に侵入した密猟者から買い上げた、同胞を守ろうと最前線で戦っていた強い個体の兄妹で、我が血族のおやつくらいにはなる、ならなくても少し磨けば見られる容姿をしているので下男か下女にでもすれば良いのでは。


 彼女は口枷を嵌められ、縄で縛り上げられた人狼の兄妹をまじまじと眺め、小さく息を吐いてから後ろにいる父親へ笑いかけた。


「お父様、来年の誕生日プレゼントも前倒しにして宜しいかしら? 私、2匹とも欲しいわ!」


 この人狼の兄妹はヴィルヘルミナの6歳の誕生日プレゼントとして連れて来られた、それを覚えている。そして先に発した言葉も、覚えがある通りのものを選択した。


「ははは、そうかそうか、分かったよ、ヴィルヘルミナ。両方とも買ってあげよう」


 そして吸血鬼であるヴィルヘルミナは兄の眼の前で妹を食い散らかし、残った兄を奴隷として虐待しながらこれからの10年を過ごすのだ。


「まぁ、素敵! お父様、ありがとう!」


 嬉しそうに笑う娘に父親もご満悦の様子でうんうん、と頷いている。


「ねぇ、商人様、ちゃんと着飾らせてちょうだい。汚れた犬を私に渡す心算かしら?」

「いえいえ、そんなことは」


 奴隷商は口の端を引き攣らせつつ使用人に人狼の兄妹を連れて行かせた。犬扱いした所為で人狼の兄妹は猿轡の隙間から唸り声を零していたが知ったことではない。今の時点ではあの2人がかりでも彼女を殺すどころかまともに戦うことすら出来ないのだから。


「うふふ、これからの準備をしなくっちゃ!」


 時間が巻き戻る前、妹を無残に殺された兄はヴィルヘルミナに支配魔法をかけられても尚、ヴィルヘルミナへの憎しみを募らせ、10年後に出逢う白い魔力の持ち主に解放された後に仲間と共に復讐を果たす。白い魔力の持ち主が彼女を赦そうと、人狼の兄は、否、他の彼等の誰も彼女を赦さなかっただろう。


 自分の行いにより自分が殺される、彼女はそのことを知っている。

 そして、その始まりがこの人狼の兄妹なのだ。


「取り敢えず」


 悔い改める心算はなく、自分で決めたことだから自死は別に良い。自分は強者で、白い魔力の持ち主を含めて彼等は弱い。弱者は強者に奪われ続けるのみ。そして力を奪われた彼女の残りの人生は、元より虐げていた弱者からの復讐でより悲惨なものとなるに違いない。嬲られ続ける無様を晒す屈辱よりも、宣言通りに死を選んだ方が彼女にとってマシだった。


 弱者でも強い感情を持つ者が同じ目的で集まれば、弱点を補い合ってその目的を達成することは可能なのだ、と彼女は知らしめられた。弱いから、と侮って同じ過ちを繰り返せば、また彼女は自死する未来へ歩むことになる。

 しかし何度も寄り集まっただけの弱い連中に敗けるのは自尊心が許さない。


 パチン、と指を鳴らして自分に付けられている使用人を呼び出して命じる。


「人狼の族長に連絡を取りなさい。ついでに密猟者を私の足元に転がして」

「……え、っと、あの、お嬢様?」


 人狼の族長に何用だろうか、それにいつもなら密猟者など放っておく、寧ろ珍しい商品を自分の元に持って来させる為に敢えて放置して自分の世話をさせる彼女の命令に、使用人は首を傾げた。


「何かしら? 私の命令に従えないの? 使えない使用人なんて要らないわよ」


 冷ややかな視線に晒された使用人は、ハッ、と我に返り、一礼して彼女の前を辞した。


 ヴィルヘルミナ・ヴァンロッソ、6歳のこの時点で既に歴代最強になると謳われ、後に紅血姫と呼ばれる吸血鬼である。






─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─

 逆行した紅血姫と、転生もしくは成り代わりした白魔女による笑劇になる予定は未定

 だいたい白魔女の所為()

 NLで書こうとしていたけど紅血姫が逆行後に遭遇する転生または成り代わりの白魔女が百合豚になる可能性が浮上し、芋づる式に他の登場人物との百合話になる可能性も浮上したので此方へ格納

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