第52話

 そろそろ一五〇〇になろうかという頃になって、ようやく作戦計画が下達された。連隊の将校が勢揃いする中、連隊長が作戦地図を指し示しながら説明を始める。

「一六〇〇より連隊は三方面に進出する。第一大隊は北上し沿岸部の敵残存軍団への陽動を実施。第三大隊より一個中隊を抽出し南進、リール鉄道駅を制圧。残りは当初の計画通り西方に進出し拠点構築。共和国北部を帝国軍の支配下に置く」

「航空偵察の結果を分析したところ、該当範囲の共和国軍は全部掻き集めても連隊規模に過ぎない。それぞれが拠点警備のための軽歩兵であり、重火力は無し。統一された指揮命令系統も無し。当方の兵力を分散させても問題無しと判断した」

 情報参謀のホイアー中佐が続いた。作戦参謀のデューリング少佐が作戦命令書を各大隊長に配布していく。

「連隊が単独で当該地域に展開するのは長くて2日と見積もっている。第57歩兵師団は既に移動を開始しており、先遣隊は本日中にイーペルに到着する予定だ。第3軍と海軍も予定を早めて行動中との連絡があった。諸君の獅子奮迅の働きは戦史に記録されることだろう。各員の一層の奮励を期待する」

 計画全体の説明が終わると、皆がばっと散らばって各々の行動予定の確認に動き出す。隅っこでほへーっと眺めていたら、一応上司のシュメルツァー大尉が私に近寄ってきた。

「直接の上官としてではありませんが、同行することになりますね。よろしくお願いします」

「は」

 敬礼を返したものの、実は私は自分がどこに行くのか分かっていない。司令部付の指示は変わっていないのかと思っていたけど、どうやら違ったみたいだ。

「リールは共和国北部の交通の要衝です。首都とは整備された道路と鉄道で200マイル。ここを抑えられたら無視はできませんし、北部の鉄道網はリールを経由し各地に広がっています。『黄』号作戦にとっても大きな意味を持ちます」

「なるほど」

 鉄道駅制圧の別動隊に配属されたらしい。作戦地図では南の方のぐるっと赤丸で囲われていた辺り。中隊だけでかなり突出することになる。

「敵中に中隊単独で侵入するということでしょうか」

「そのためにコートリー中尉が居ます。孤立無援になる危険性を鑑みても、敵補給路の無力化が重要との判断です。中尉の能力に期待しています」

「了解しました」

 最悪包囲されても私の防御頼みで籠城しろということか。こういう無茶な作戦が好きそうな人に思い当たりがあるな…。

「出発は一六〇〇。連隊が運用できるトラックに分乗し、一気にリール北方3マイルまで接近。そこから徒歩で移動します。鉄道駅は市街中心部からは離れていますが、駅周辺は都市化が進んでいるようです。市民からの抵抗も念頭に置くようにしてください」

「……了解しました」

 市民の抵抗。1年続く戦争のせいで、共和国民の帝国軍に対する印象は最悪のはずだ。警備兵は少ないとはいえ、警察や猟銃を持った市民も戦闘に参加するかもしれない。そういった人達が巻き込まれていけば、その家族も。

 喉の辺りがきゅっと気持ち悪くなった。学校で繰り返し擦り込まれた戦争の悲惨さ。家を焼かれ逃げる人達。イーペルも元は都市だったようだが、もう跡形もなかったから意識の外に追い出していた。野戦補給廠で拾った教科書の持ち主がどうなったのか、気にしないようにしてきた。

 戦闘には参加してきたが、今までは塹壕を行ったり来たりしていただけ。相手も正規の軍人達だった。時計を見るともう3時半を回っていた。あと30分もしないうちにトラックは動き出す。私達、侵略軍を乗せて。

「行動を共にする中隊とはトラック前で顔合わせをしましょう。ではコートリー中尉、後程」

 何も変わった様子を見せないシュメルツァー大尉を見送り、私もユーリアとスザナの所に戻る。足がなんだかふわふわしている気がする。

「すぐ移動します。一六〇〇にトラックに乗り出発。南のリールを攻略します」

「了解しました」

「了解です」

 すぐに撤収に入る2人にも変わった様子は無い。いちばん覚悟ができていないのは私か。

『貴様は何故帝国のために戦う?』

 ふとデューリング少佐の言葉が蘇る。ユーリアは失った祖国のため。スザナはたぶん自分の人生のため。それぞれに理由を持って戦っている。私は?何のために戦えばいい?傾きつつある太陽が雲の切れ間から顔を覗かせている。まとまらない頭でいくら考えても、答えは何も出てこなかった。

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