第47話
何の抵抗もなく敵陣を進むこと10分。低い丘を越えた途端視界が開けた。緩やかな斜面の一角が青く染まっている。共和国軍の兵士だ。数百名はいるだろうか。みっちり詰めて座っている周りを、等間隔に帝国の兵士が取り囲んでいる。
「これは…」
「投降した敵兵です。現在武装解除を進めております」
先導してくれている二等兵が教えてくれる。投降…って、この人数が?よく見るとまだ連行されてきているようだし、最終的に大隊の総員を超えないか、これ?状況が掴めないまま青い軍服の横を通り抜けていくと、虚ろな目の共和国兵士達がもれなく二度見してきた。まあ戦場で小学生みたいな女が士官の軍服着て歩いてればそうもなろう。
「中尉、見たかね。大戦果だ」
「合流の命を受け只今到着いたしました、大隊長閣下」
頬を紅潮させた大隊長が私を見つけて寄ってきた。上機嫌そうで何よりだ。
「開戦以来最大の戦果ではないかな。帝国に栄光あれ!」
「これは一体…」
「大戦果、大戦果だ。では中尉、別命あるまで待機してくれ」
「了解いたしました。それであの、これは」
「ふむ、大戦果だ」
鼻歌でも飛び出しそうな勢いで大隊長は行ってしまった。どうしたもんかとユーリアと顔を見合わせていると、少尉の階級章を付けた士官が駆け寄ってきた。
「聖女様、こちらでしたか。御加護に感謝いたします」
「えっと、はい」
いつから御加護とかそんな話になったんだろうか。ホイアー中佐は聖女信仰とか言っていたけど、なんか大丈夫?
「あの、彼等はいったい?」
「ああ、今投降した士官から情報収集中ですが。これも聖女様の御加護の賜物かと」
「はい?」
妙な賛辞を差っ引いてまとめると、こんな事情のようだ。
先日のヤンセン中隊の攻撃で、共和国軍内にはある種の恐怖が蔓延していた。夜警の当番中隊は壊滅。陣地の奥深くまで侵入され、徹底的に蹂躙されたにも関わらず帝国軍の戦死者は見当たらない。僅かな生き残りは「不死の軍団が襲ってきた」と繰り返している。直接交戦していなくても、悠々と歌いながら凱旋する帝国軍の姿を目にした者も多い。半信半疑ながら、「不死の軍団」の噂は共和国軍の中であっという間に広がった。科学が発展しつつあるとはいえ、田舎ではまだ電気が来ていない所もある時代だ。上層部は非科学的だと一蹴するが、それが却って恐怖に拍車をかける。噂が噂を呼び、緊張が最高潮に達した時に今回の攻勢。撃っても死なない帝国兵が押し寄せる様を目にして恐慌状態に陥った兵士が逃げ出すと、それが引き金になって共和国軍全体が混乱状態になり、孤立した兵士達が次々と投降した。
「…なるほど」
それで大した抵抗もなく制圧が進んだのか。このぶんだと逃げた兵士によって中央から右翼にも混乱は伝わっていることだろう。攻略が容易なのは良いことだが、それにしても。
「捕虜の人数がその、大隊で扱える限度を超えているのでは?」
「はい。さすがにこの人数を管理しつつ進軍は難しいということで、先程連隊司令部にも伝令が走っております」
「ああ、それで作戦変更と」
確かに何百名も連れては歩けない。後送するなり共和国軍陣地をそのまま収容施設にするなり、あるいは開放するなり何かしらの対応が必要だ。だが、それを判断するのは連隊司令部、というかもっと上だろう。たしか帝国軍の捕虜取扱規定みたいのがあったはず。座学でやった記憶がある。中身は覚えてないけど。
「大隊としては戦闘開始から1時間程度で敵連隊規模が壊滅したものと評価しています。大隊長閣下は開戦以来この戦線に配属され戦い抜いてきたと聞いておりますので、喜びもひとしおでしょう」
「それは、その、何よりです」
上機嫌なのは良いとして、戦闘中にあんなに浮かれてて大丈夫なんだろうか。なんかこう、死亡フラグというか。私が守っている限りは攻撃で死ぬことはないだろうけど。
「では聖女様、申し訳ありませんがこちらでしばしお待ちください」
敬礼して立ち去る少尉を見送ると、本格的にやることが無くなった。周りが忙しくしていると何かしなければいけない気持ちになるのは、日本人の悲しき性か。
「あ、そうだ。軍旗ってしまってあったよね?」
「ありますよ」
スザナが背嚢をゴソゴソ漁りだした。私達は一応独立部隊なので、本来は中隊以上に支給される軍旗を受け取っている。赤地に紋章入りのわりと派手なデザインのそれは、もらって以来開かれることもなくずっと畳んで丸めてしまいこまれていた。
「何か適当な棒があるといいんだけど…」
「見繕ってきます」
ユーリアがさっと走り出す。この辺りはあまり活用されていなかったようだが、それでも物資の仮置きで仮設テントを設営したりしてはいたようでぽつぽつ土嚢や放棄された支柱が残っている。スザナが軍旗を広げる頃には、3メートルはありそうな棒を持ってユーリアが戻ってきた。
「あの丘の上だったら、皆から見えるかな?」
「そう…ですね。野砲陣地のようですのでおそらくは」
さっき越えてきた稜線に放棄された野砲が並ぶ一角があった。高所から直射で攻撃するのが目的なら、あそこからなら帝国軍陣地がよく見えるはず。棒切れに軍旗をくくりつけて丘を登っていく。
砲台として整地された区画に入り、積み上げられた土嚢で棒を固定する。ほとんど平坦だと思っていたイーペルも、こうしてみると起伏がありここからなら見通しがきく。遠く帝国軍陣地が俯瞰できる。思っていた以上に丸見えだな…。まあ、ちょうどいい。
兵士から見えるように身を晒し、士気を高める。昨日言われた、私の役割だ。土嚢に腰掛けると、場違いに穏やかな風が赤い旗を緩やかに翻らせた。
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