第46話
大隊が突入してから30分以上が経過し、私達が待機している辺りはすっかり静かになった。何となく伝わってくる肌感覚と地図を重ね合わせ、戦局を確認していく。
イーペル戦線の南は深い森林が広がっていて、ここには塹壕が無い。森を貫通する街道も無く、いわば無人地帯だ。南を攻略する部隊は森まで到達し、そこから西に進出しているようだ。中央突破を目指した部隊も重砲陣地を目指して進撃中。…想定よりも早い。残留ガスは大丈夫だろうか。塹壕に沿って右翼側に攻略していく部隊も、想定よりかなり早いペースで進んでいる。そろそろ先日ヤンセン中隊が攻略したラインまで到達しそうだ。いくらなんでも早すぎないか?共和国軍の罠?
「そろそろ移動しましょう。作戦が前倒しになりそうです」
「了解しました」
「はぃ」
背嚢を枕にウトウトしていたスザナを起こし、私も立ち上がる。しかしこの状況で眠れるのって綱引きロープ並みに神経太いな…。ユーリアなんてずっと立って警戒していたのに。まあ休める時にきっちり休むのは兵士にとって大事な技能らしいけど。どう育ったらこんな子になるんだろうね?
予定では一一〇〇に中央と右翼の部隊が突入を開始。一二〇〇に連隊司令部が前進し、この時点で私の保護対象は司令部に変わる。司令部の突出はデューリング少佐の言っていた『若干の修正』第二弾。最前線と司令部の距離を物理的に短縮し、より柔軟な指揮を行うのが目的だ。当然司令部が壊滅し指揮能力喪失のリスクはあるが、そのリスク回避のために私がいる。
「どのへんまで行きますか?」
「うーん、中央寄りで良いかな?」
大きな荷物を背負ったスザナが地図を覗き込んでくる。作戦行動中の大隊は、不思議なほど敵の反撃を受けていない。引き摺り込んで包囲するつもり?敵の意図が読めない。
塹壕を乗り越えて敵陣内部を西に進んでいく。所々黒煙を噴き上げている場所があるものの、変わらず静かだ。何これ?戦争終わっちゃった?放棄された野砲の横を通り抜けると、砲弾が箱のまま放り出されていた。
「……いくら何でも静かですね」
「うん……」
ユーリアが眉を顰めて周囲を窺う。イーペルに展開する共和国軍は師団規模のはず。いくら私が防御を担当しているからといって、防衛側の相手を攻略するのは容易ではないはずだ。死体はちらほら見かけるにしても、帝国軍の数倍はいるはずの兵士達はどこに行った?
大隊の兵士が近付いてくる感覚があったのでそちらに向けて歩いていくと、塹壕の下から二等兵がよじ登ってきた。
「聖女様、こちらでしたか。大隊長閣下から伝令であります。我が大隊は神速で敵陣を攻略しつつあり、作戦変更の可能性大のため大隊司令部に合流されたし」
「大隊司令部に合流、了解」
「ご案内いたします。こちらへ」
伝令の兵士に先導されてさらに西へ進んでいく。にしても私の呼び名は「聖女様」で定着してる?ちょっと前まで伝令からは「中尉殿」とか呼ばれてた気がするんだけど。
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