第22話
一度話し始めると、後は雑談みたいなものだった。私としてもいまいち把握しきれていなかったこの世界について再確認していく時間になったと思う。
現代日本の視点で考えれば第一次世界大戦頃のヨーロッパに相当するのが、今私のいる世界だ。といっても共通する地名はあるが世界地図には見覚えのない巨大な島というか大陸というかが太平洋と大西洋にそれぞれ1つずつあるし、歴史も相応に違うようなので時代を逆行したという感じでもない。まあとにかく、科学水準はそんなもんだ。迫撃砲は最新兵器。戦車はまだ無い。飛行機は有用性は知っていても試験投入段階。トラックもこの戦争を契機に量産が始まったばかりだそうだ。というかトラックを作っているのも大佐の一族企業らしい。大佐って実はとんでもない人なんじゃ?
医学的には抗生物質はまだ発見されていなくて、戦場で怪我をしたら敗血症で死んでいく世界。できるのは腐る前に傷のある四肢ごと切り落として、腐らないように管理するくらい。そんな世界に私が登場したのだから、神の奇跡以外の何者でもない。オカルト趣味の大佐でなくても聖女とか言い出してしまうのも仕方がないことのようだ。
「あの、大佐」
「何でしょう」
「そろそろ一度休憩にしませんか?もう2時間くらいは話していますし、私も部下を外に待たせっぱなしですし」
「いいでしょう。では、20分後に再開します」
大佐は途中から自分で取り始めたメモから目を離さずにそう言った。心なしかツヤツヤして見える。シュメルツァー大尉に一礼してから外に出ると、スザナが何故か足踏みをしていた。
「何してるの?」
「行動訓練です。新兵教育については一任されましたので、時間がある時にと思いまして」
ユーリアの手拍子に合わせて真面目な顔で足踏みを続けるスザナを見て、なんか緊張が一気に抜けた。そのままユーリアにしがみつく。
「閣下?」
「疲れた。ちょっとこうさせて」
「はあ」
困った様子のユーリアは、それでもダメとは言わない。上官に対する配慮なのか、お姉ちゃん気質なのか。色々話している中で、妹がいるというのは聞いた。今回の戦争で亡くなったらしいことも。彼女にも思うところはあるだろうけど、甘えられるうちは甘えさせてもらおう。
「閣下ー、お話は終わりましたですか」
スザナも足踏みをやめて近付いてきた。看護婦のワンピースから軍服に着替えた彼女の姿はまだ見慣れない。
「20分後に再開するそうです。今日1日かかるかもしれません」
「お疲れ様です?」
「はい、疲れました」
ユーリアにくっついたままそんなやりとりをしていたら、壕の中から軍曹が出てきた。私達3人を見て一瞬固まった後、私に敬礼して去っていく。ちょっと気まずくなって体を離すと、ユーリアも姿勢を正した。
「我々はここで待機していた方が良いでしょうか?何かあれば指示していただければ」
「んーと…」
彼女達は私の指示なく勝手に動けない。大佐の様子からしてまだ何時間でも尋問は続きそうだし、その間ここにずっと待機させておくのも申し訳ない。
「何かあれば伝令を送るので、私達の宿舎に戻って掃除と整理整頓を進めてください。スザナは支給された備品の管理を。裾上げもしておいてください」
「了解しました」
「はい」
2人と手を振って別れ壕に戻ると、大佐が紙いっぱいに箇条書きで質問項目を書き出して待っていた。げんなりしながら椅子に座る。
「あの、断っておきますが私は科学者でも何でもないので。色々質問されても答えられないですよ?」
「構いません。貴方の世界の知識は実に興味深い。考えるのは後方の学者達の仕事ですので、どうぞ気楽に話してください」
満面の笑みの大佐に裏は無さそうだ。純粋に学者としての本能で動いているっぽい。医学を修め独学で民俗学研究とオカルトに傾倒している人だし、未来世界の科学技術が目の前にぶら下がっていれば食いつくか。シュメルツァー大尉も医学と物理学?の学位持ちらしい。帝国軍にはエリートしか居ないのか?
軍曹が携行缶を下げて戻ってきた。人数分のカップにコーヒーが注がれる。長くなる気満々の様子に、ユーリアとスザナを開放しておいて良かったと心から思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます