第23話
結局大佐の質問攻めは夜まで続いた。夕食を食べ、食後のお茶が運ばれてきて、夜のコーヒーが届く頃には、私も何を話しているのかよく分からなくなってきていた。
「ではもう一度、細胞について確認させてください。遺伝情報は核の中に核酸の配列によって記録されている、と」
「ええと、きっとそうです。はい」
「細胞が生命の最小単位であると同時に、この核酸のみで増殖する病原体も存在するのですね」
「あー、なんかそうみたいです」
「なるほど、素晴らしい」
何がどう素晴らしいのか分からないが、とりあえず微笑んでおく。私の曖昧な知識をあっという間に吸収し解釈していく知能が怖い。戦場の兵器の話題から医療、そこから派生して自然科学にどんどん広がっていき、「〇〇のふしぎ」シリーズ全巻分くらいの幅広さになった。頭がおかしくなりそうだ。宇宙とかの話にはシュメルツァー大尉が前のめりになっていた。私の「なんか落ちるのと同じ早さ?で飛んでいけば落ちてこないらしくて〜」くらいの話で、あっという間に人工衛星の速度と軌道を計算して書き出していく。一時が万事この調子である。
「それでは中尉、ありがとうございました。いただいた情報は精査し必ず役立てると約束しましょう」
「はい…」
腕時計を見ると11時を指している。午後いっぱい、10時間くらいは話してた?うへえ。
「残念ながら私は明日軍司令部に戻らなければなりません。今後の任務についてはシュメルツァー大尉の指示に従ってください」
「はい」
「基本的には午前中に診療、午後は待機という日課になります。戦闘状況により前後するでしょうが、その際には私から伝達します。幹部会議に参加する必要はありませんが、大きな作戦前には別途指示します」
「了解しました」
シュメルツァー大尉に敬礼を返す。やることは野戦補給廠にいた時と大して変わらないようだ。直属の上司が穏やかなのはありがたい。
軍曹の案内で真っ暗な塹壕内を宿舎まで戻る。暗闇の中で灯りは目立つので、基本的に夜は月明かりと懐中電灯が頼りだ。足元だけが頼りなく照らされる中をうねうね進み、なんとなく見慣れた辺りに辿り着いた。本当に道が覚えられる気がしない。軍曹と黙礼を交わして別れると、宿舎の中をそっと窺う。2人とも寝ているようで、静かで規則的な寝息が聞こえてきた。いったん離れて、誰もいない塹壕の中をふらりと歩く。ほぼ雲の無い空に満月よりは少し痩せた感じの月が出ているおかげで、懐中電灯を付けなくてもなんとなくは歩ける。人の気配は全くない。縁から顔を出すと、影絵のような世界が広がっていた。杭の上で大きな鳥がふわっと羽を広げてほう、と一鳴きすると、どこかから返事が帰ってくる。昼間使った分の辻褄合わせなのか、今日は嫌がらせみたいな敵の砲撃もない。ほう、ほうと響く声をしばらく聞いてから、私は宿舎に戻った。
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