第20話
杖代わりの小銃を地面に寝かせた。空いた左手で拳銃に付いているピンを引っ張ると、真ん中あたりがかぱっと開く。そうするとシリンダーの穴が見えるので、そこに弾を込めていく。かちりかちりと6個収めたら、元に戻してぐっと押し込めば射撃準備完了。さっき聞いた手順通りに用意を済ませて、両手で支える。照星の向こうには相変わらず散発的に小さな光が見える。この距離では人の姿はよく分からない。
何やってんだ私?笑ってしまいそうなくらい現実感がない。この世界に居ること自体現実かどうか分かったもんじゃないけど。傷を癒やすとか不思議パワーを平気で使っていたくせに、こうやって銃を構えている方が支離滅裂に思えてくる。
「まずは射撃時の反動と音に慣れることを目的にしてください。肘は伸ばし切らずに。右手で支え、左手で微調整していきます。力が入りすぎると体が反るので、やや前傾を意識してみましょう」
大佐はこんな時でも丁寧だ。言われた通りに腕を伸ばし、なんとなく遠くの地面に向ける。拳銃の射程なんてたかが知れてる。狙ったって当たるもんじゃない。分かってはいるが、人のいる方に向けて撃つというだけで嫌なもんは嫌だ。殺し合いをしてる戦場で甘いと言われようが、自分で手を下すほどの覚悟は私には無い。いっそ空でも狙うか。いやそれでも最終的に落ちていった先に人がいたら…。
真横でバンッと破裂音がして振り向いたら、ユーリアがもう発砲していた。続けて2発、3発、4発。あっという間に撃ち尽くすと、バラバラと空薬莢を捨てて次を装填している。つられてスザナも撃ち始める。大きい爆竹が弾けるみたいな音に包まれて、いよいよ逃げ場が無くなった。どうしよう。撃たれるぶんにはいいんだ。気分は良くないがまあ守り切れると分かってるから。いっそ向こうの敵さんも守れるんなら気兼ねなく撃てるんだけどな。
…………。
できるんじゃない?どこまで有効か試したことはないけど、塹壕内の皆までは何の負担もなく防御範囲に収めることができた。杖代わりに使っていた小銃が無くても、まだ塹壕の中にいる兵士達を含めて守っているのが文字通り肌で分かる。治癒の方が何百人とかいうでたらめな人数を相手にできるんだから、防御に関しても同じなんじゃなかろうか。さっき置いた小銃を拾い上げて、銃床を下に左手で握る。両手に銃を持った殺意マシマシな見た目になっている気がするがまあいい。意識を遠くの敵陣に向けていく。
うわ、気持ち悪。
私の力が届いた瞬間、一気に数十人に触れた感じがしてざわっと震えが来た。何だろう、腕?の皮膚を広げてその部分で触っているというか、ものすごく変な感覚だ。虫の巣に手を突っ込んじゃったみたいな違和感に泣きそうになるが、今更止められない。ぞわぞわしながら範囲を広げていく。
完全に延ばしきった、と感じたところまで広げていくと、まあうじゃうじゃ居ることよ。数百人が肌の上で蠢いている。もはや気持ち悪いとかそういう感情が浮かんでくる隙もない。ある程度一列になっているのが、今私達と対峙している小隊だろう。その周辺をうろうろしているのは伝令か補給か。あちこちに固まっているのが待機している部隊かな?その全員に私の力が及んでいるのが、理屈抜きに分かった。
「コートリー中尉?」
大佐に声を掛けられて我に返った。それほど長い時間では無かったと思うが、ぼんやり突っ立っていたらしい。ユーリアがまた弾込めをしている。さすが唯一の軍事教練経験者、動きが早い。
「ああ、すみません」
右手の拳銃を改めて敵陣に向ける。今度はどこに敵がいるのか分かる。目で見えるというか、手で触って確かめているみたいな感じだ。これだけの人数に影響を及ぼしていながら、昨日のような力を引き摺り出されていく感覚はない。これなら何とかなりそうだ。
さっき言われたことを意識しつつ、引き金にかけた人差し指に力を込めていく。ある瞬間に急に軽くなったと思ったら、バンッと反動がきた。それでも思っていたほどの衝撃ではない。続けて引き金を引いていく。向こうで弾が当たった感触は無いので、普通に外れているようだ。そりゃそうだよね。私に射撃の才能なんてあるわけがない。
6発全てを撃ち終わる頃、敵に動きがあった。前線であろう塹壕に沿って数十名の兵士が展開していく。それに、もっと後方でも数名ずつの塊が何かやっているみたいだ。私達の『射撃訓練』を反撃と捉えて、増援を要請したのだろうか。
「大佐」
「何でしょうか」
「ええと…これ、いつまで続けますか?」
敵に動きがあります、とは言えずに、曖昧な表現になる。私の保護下にある人間の動きを把握できるというのはまだ知られないほうがいいと思う。それになんで敵を守ろうとしているのか、うまく誤魔化しきれる気がしない。考え方次第では利敵行為で処分ものだ。
「午前中いっぱいは視察予定ですので、満足するまで続けていただいて構いませんが」
「あー…私は満足しました」
ユーリアは支給された全弾を撃ち尽くしたようだし、スザナはおっかなびっくりという感じでそこまで積極的ではない。私はもとより撃ちたくない。ぱちぱち当たる弾の数も増えてきているし、そろそろ終わりにした方がいいだろう。
「では、中尉にお任せします」
私に指揮を取れということか。何だっけ、こういう時の号令があったな?
「撃ち方やめ?」
微妙に疑問形で口にすると、ユーリアが拳銃をホルスターにしまった。スザナがそれに倣う。私も拳銃を戻して小銃を抱え直した。大した衝撃では無かったはずだが、右手首がじんじんする。無駄に広がっていた防御範囲をまた自分の周りに再調整すると、肌のもぞもぞする感じが一気にマシになった。なんかこれ気持ちいいな。靴の中に入っていた小石が取れたスッキリ感というか。今日イチいい気分で私の次の指示を待つ2人に振り返る。
「では、今日はもう引き上げましょう。ここの感じも分かっ」
ズンッと重たい圧を感じて思わず首を竦めた。耳が聞こえなくなるほどの破裂音が続けざまに響く。全身で何かが弾けていて、台風の日に雨に晒されているみたいだ。今までの銃撃とは明らかに違う。何かが上から降ってくる。上?
見上げると、何か黒いものがするする向かってくるのが見えた。頭上を過ぎたそれは少し離れた地面に落ち、けたたましい音と共に小さな土煙を上げる。黒いものは次から次に降ってきて、轟音と破片を撒き散らした。
砲撃。うずくまるユーリアとスザナに手振りで塹壕内に戻るように促し、相変わらず突っ立って双眼鏡を構えている大佐の袖を引く。深い塹壕の底にしゃがみ込むと、体に当たる破片の感覚はかなりマシになった。
「2人とも怪我は?」
「異常ありません」
「だいじょぶです」
とりあえず砲撃に対しても私の力は有効なようだ。塹壕内で待機していた兵士達も健在。どっかんどっかんうるさい中、手振りで軍曹に撤退の意思を伝えると彼が先頭に立って動き出した。うねうねと進んでいるうちに砲撃も終わったようで、辺りにはまた静寂が戻った。
「あれが噂の新型速射砲ですね。単発の威力は低いようだが、あの連射性能は脅威だ」
大佐が他人事のように分析を始めた。ついさっきまでその砲撃に晒されていたとは思えない冷静さ。道すがらの歩哨でさえピリピリしているのに、どういう神経しているんだろう。
「あー、迫撃砲?ってやつですか?」
なんとなく映画で観たことがある。奥の方で何人か固まってるなー、と思ったのがたぶん砲兵だったんだろう。向こうもまさかこんな少人数で最前線に出てくるとは思ってないだろうし、塹壕内にもっと大勢がいると考えて砲撃してきたか。
「ふむ…」
初めての実戦に晒されて精神的にくたびれた私は、考え込む大佐の醸し出す不穏な空気に全く気付いていなかった。
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