8:勇者の証剣

 神託で勇者に指名された者は、自分が勇者であることを示す必要がある。


 それが証剣の儀と呼ばれる儀式だ。

 用意された台座に本人が突き立てた剣がオーラを纏えば、勇者であることが証明される。


 勇者であることを証明する剣、故に証剣。


 ユーニが確認したかったのはそれである。

 つまりもう一本あるはずなのだ、”クレストの剣”が。

 

 ……というわけで、ユーニは歴代の勇者達が突き立てた剣が保管されている聖堂を訪れていた。

 以前から訪れてみたいと思っていた場所ではあるのだが、上級街にあるこの施設もやはり一般国民単独での入場はできないため、今まで機会を得ることができなかった。


 そういう意味ではルイスとの出会いに感謝である。


「あまり人がいないのですね。観光地だと聞いていたので、てっきりもう少しいるものかと……」


 一緒に来たルイスは周りを見渡していた。

 陰気な空気が漂う聖堂の中には、人が殆どどころか全くいない。


 ユーニとルイス、そしてお供の侍女二人がここにいる全員だと言ってもおそらく間違いではないだろう。

 ここの管理者である僧侶ですら、隣の建物で受付をしただけで、ここまで一緒に来ようとはしなかったのだ。


 彼らが歴代勇者の剣を本心ではどう思っているかなど、聞くまでもない。 


「上級国民様は捨て石になど興味はないということでしょうな」


「え?」


「歴代の勇者は例外なく一般国民ですから」


「でも……。魔王討伐は上級国民だって無関係ではないはずです!」


「政治的な意味では、確かにそうでしょうな」


「政治的……?」


 クレストが捨て石だと言われて声を荒げたルイスだったが、彼女はユーニの言葉の意味を理解出来なかったようで、すぐに次の言葉が出てこない。


「魔王討伐がそもそも必要なのかということですよ。魔族はタワーが作り出す障壁を超えてこちらに来ることができない。つまり”魔族は一線を超える力などそもそも持っていない”」


「あ……」


 ルイスはユーニの含みを持たせた発言の意味を理解した。


「こちらから侵攻しない限り、人間と魔族で戦争になることなどない。それでも勇者パーティを送り込むのはなぜか。理由が人間側の事情にあるのは明らかだ」


「それが、政治的な意味……。つまり権力の誇示ということですね?」


「そう。神託で勇者に選ばれた者を魔王討伐隊として境界線の向こう側へと送り込む。少なくともそれは国を魔族から守るための行動ではない。本当の目的は自分達がその選択肢を実行できる立場なのだと、権力者が周囲に示すことにある。隣国に対する軍事力の誇示という建前さえ、果たしてどれだけ真に受けていいものか」


 ユーニはこの手の政治的パフォーマンスを毛嫌いしていた。

 その皺寄せを引き受けるのが誰なのかなど、考えるまでもないのだから。


「おっと、どうやらここのようです」


 ユーニは上級国民であるルイス達を相手に話過ぎたことを少し後悔しながら、木製の扉を開けた。

 人が何百人も入れそうな空間には、台座に突き立てられた剣がいくつも並んでいた。


 赤、白、黄色に緑。

 証剣達が、様々な色のオーラを纏って光っている。


 一番手前にあったのは勇者リリアの剣だった。

 ルイスと同世代の少女が台座に突き刺した剣は、柔らかなピンク色のオーラを纏っていた。


「リリア様はきっとお優しい方だったのですね。お会いしたことはありませんが、そんな気がします」


「ええ、確かに」


 ユーニもその言葉に同意した。


 剣が纏うオーラはその者の精神を表すと言われている。

 生きている間はその時々の、そして死んだ場合は死んだ瞬間の。


 中には強烈な光を放つ剣も散見される中で、リリアの剣の光は穏やかと表現して差し支えなかった。

 そういえば、世の中には魔王の証剣というのもあって、それは黒いオーラを纏うのだと、何かの本で読んだのユーニは思い出した。


 そんなものは勇者の証剣以上に確認のしようがないのであるが……。


「お父様はリリア様の前の勇者ですから、この隣に並んで――、いるわけではないようですね」


 ルイスが覗き込んだ隣の台座には、先代どころか十代以上も前の勇者の名前が書かれていた。

 ユーニが確認したその隣は更に六代前の勇者だ。


「確かに。空いたスペースに適当に並べていったようです。……全部バラバラだ。前に見た資料だと黄色のオーラを纏っているそうですが」


「黄色……。たくさんありますね」


 結局、ユーニ達は四人で手分けしてクレストの剣を探すことにした。

 どうやら証剣が黄色のオーラを纏うケースは多いらしく、かなりの数がある。 


「こっちにはないか……」


 この中にあるのは間違いないと思って探したのだが、ユーニが探した範囲にクレストの剣はなかった。

 侍女達の方を見ても、彼女達も顔を横に振るだけだ。


「ということは……」


 ユーニがルイスの方を見ると、ちょうど彼女と視線が合った。

 が、しかし反応は期待通りではなかった。


「ユーニ様の方にはありませんでしたか? こちらにはないようです」


「え? ……見落としたか?」


 ユーニは全部の台座を自分で確かめ直した方がいいかと思って、全体を見渡した。


 ――侍女の一人が部屋の隅を見ている。


「あ、あの……。あれも、もしかして……」


 彼女は戸惑った表情で影になった部分を指差した。


 部屋の片隅。

 蝋燭と他の聖剣達が放つ光で影になっている場所にも、台座が一つだけ置いてあった。


 しかし剣は刺さっていない――、とユーニは思ったのだが、その認識が正しくないことにすぐ気がついた。


「あれはまさか……」


 予感の真偽を確かめようと、台座に駆け寄ったユーニ。

 しかし彼はそこに剣が刺さっていることを理解すると思わず立ち止まった。


「あの、ユーニ様? 急にどう――」


 後ろから追いかけてきたルイスと侍女達も、そこにあった剣を見て思わず息を呑んだ。


「これは……」


 部屋の片隅。

 ……探していた名前はそこにあった。


 まるで自分の名が歴史に刻まれるのを拒否するかのように、あるいは安物の栄光を侮蔑するかのように、一つだけ外れた場所に置かれた台座。

 突き刺さった剣には全ての光を吸い込むような黒いオーラが纏わりついていた。


『負の感情の極北。漆黒のオーラに包まれた証剣こそ、その者が魔王である至上の証である』


 ユーニの脳裏を、いつかどこかで読んだ本の一文が流れていく。


 それは憎悪と絶望の黒だった。

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