第7話 悪役令嬢、俺を守る?


 マリーさんは優秀だ。

 漫画の中の世界では「悪役令嬢・顔芸」的なイメージだったが、伊達に悪役令嬢ではなかったようだ。おそらく、彼女は地頭がいい。だからか、日本の教育には問題なくついてくるし、空気を読む力もある。


 授業でもノートをサラサラと取り、先生の質問にも明確に答える。クラスメイトたちもマリーさんの優秀さに驚いているようだった。


 数学の授業、彼女は黒板に完璧な数式を書いてみせると華麗に席に舞い戻ってくる。その様はまるで優雅な御令嬢。いや、御令嬢なんだけど。


 一方で俺は勉強はてんでだめで、特に数学は苦手だ。


 マリーさんに教えてもらいたいなぁ。勉強。


 チャイムが鳴って、すぐに帰りのHRが始まる。学校が嫌いな俺にとって一番好きな時間だ。

 今日はマリーさんがいてくれたおかげでほとんどいじめはなかったけれど、明日からはどうなることやら。


「では、起立、礼」


 挨拶を終え、俺は速攻でバッグを肩にかける。星野たちに絡まれる前にさっさと教室をでなければ。

 マリーさんのまわりには、秦野たちを中心とした女の子が集まっている。放課後遊びに行こうと誘っているらしい。


「いいえ、今日はまっすぐお家に帰りますわ」


「じゃ〜、途中まで一緒に帰ろうよ!」


 秦野は引かない。とにかくカーストトップの女の子たちは綺麗で頭の良いマリーさんをグループに入れて自分たちの地位をさらに上げようとしているらしい。


 しかし、昼間の保健室で俺の話を聞いたマリーさんは笑顔でかわす。


「いいえ、秦野さん。ワタクシ、今日はジンと帰りますの!」


 突然名前を呼ばれて腕を引っ張られる。彼女は俺と腕を組んで不敵な笑みを浮かべるが、秦野さんたちは怪訝そうに眉を顰める。


「なぁ、荒川。お前今日用事があるって言ってたよね?」


 そう俺に凄んだが、マリーさんは一切妥協しない。


「えぇ、そのようですが。ワタクシが無理を言ってジンの予定を確保したんですの。ごめんあそばせ。急いでいるのよ」


「ちょ、マリーさん⁈」


「ワタクシがジンを守って差し上げますわ」


 俺にこそっと囁いた後、笑顔で秦野さんたちに手をふり、彼女はずいずいと歩いていく。俺は恥ずかしさと嬉しさとでぐじゃぐじゃになりながらついていく。

 だって、俺をこんなふうに明確に助けてくれた人は彼女が初めだったから。どうしてそうしてくれるのかはわからないけれど。


「ところでジン、朝はエマの車……でしたっけ? あの素晴らしい乗り物できたけれど、帰りはどうするのかしら?」


「あ〜、俺は歩き」


「歩き⁈ 本気ですの?」


 昇降口、マリーさんの大きな声が響き渡る。周りの人たちが注目しているので、俺は「海外とは違って治安がいいからね」とわけのわからない補足を慌てて入れた。


 そうか、御令嬢は基本馬車移動。自分の足で歩いて通うなんてこときっと幼少期からしてこなかったはずだ。

 

「ごめん」


「謝ることではありませんわ。ジンともゆっくりお話ができますし。おデートですわ!」


「あぁマリーさん。しーっ!」


 オホホホホというマリーさんの声が響いた。



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