第6話 悪役令嬢、お弁当を食べる
「マリアンヌちゃん、お弁当一緒に食べない?」
転校初日、マリーさんはすぐに大人気者になった。というのも彼女の薄めの金髪に薄めの青い瞳という日本では珍しい容姿とその可憐さが要因だ。他のクラス、他の学年からもギャラリーが集まっていた。
「ジン、ご一緒にいかがかしら? みなさま、彼もご一緒ではダメ?」
マリーさんの周りの女子たちが露骨に嫌な顔をする。彼女たちは積極的には俺をいじめてはいないものの「キモい」とか「ダサい」とかそういう悪口は言っているいわゆるカーストトップの連中だ。
彼女たちは俺をいじめている星野グループと仲が良いというのも俺を毛嫌いする理由なのかもしれない。
「マリアンヌちゃん。荒川くんは教室じゃなくて別のところで別のお友達と食べるんですって」
1番にそう言った女は
「そうよ。マリアンヌちゃんはわざわざ荒川となんか……じゃなかった、女の子同士ね?」
笑顔だが視線の奥は冷たい。女子は暴力的ではない分マシに思えるがこういう精神攻撃がしんどいのだ。
「あ〜、俺は他の教室で食べるよ」
俺が席を立とうとする。無論、他のクラスに友達などいない。最近では便所飯もできないので昼休みはどこかふらふら歩いて人気のない場所で食べよう。今日は、星野たちもわざわざイジメには来ないだろうし。
「あら、そうなの? ジン」
「うん、ご飯はまた今度」
マリーさんは残念そうに眉を下げるとバッグから姉ちゃんの作った弁当を取り出した。俺はそれを横目でみながらそそくさと教室を出る。
なんて惨めなんだ、なんて哀れなんだ。けれど、俺にはこうして逃げることしかできないのだ。
弁当を持って歩く廊下。
いく先などない。
けれど、俺のせいでマリーさんが変な立場になってしまうよりマシだ。別に彼女に恩はないけれど……。
「ジン、待ってほしいのですわー!」
廊下に響く大きな声、直後、パタパタと廊下を走る音がして俺は振り返った。マリーさんはお弁当片手にこちらに駆け寄ってくるとにっこりと笑顔を向ける。
彼女の後ろには、彼女を止めようとしたクラスメイトの女子たちやギャラリーがいるもののそんなのお構いなしだ。
「マリーさん⁈」
「ジン、ランチを一緒に食べましょう。さ、ワタクシをそのお友達とやらのところに連れて行って」
「いや、実はマリーさん……」
「行きますわよ!」
「俺、いく場所なんか……」
「行きますわよ、とにかくこのフロアを離れますわよ」
彼女はこそっと耳元で囁くと俺に演技をするように指図をする。俺たちはすぐ近くの階段を降りて、降りて3階から1階の昇降口までやってきた。この辺りになると人はほとんどまばらで静かになって、やっと俺たちは会話を交わすことができた。
「マリーさん、俺、友達なんかいなくて」
「わかっていますわ」
「え?」
「とにかく、どこか静かにお昼ご飯を食べられる場所を探しましょうか」
「静かかどうかはわからないけれど……」
「えぇ、行きましょう」
***
俺はいじめが原因で保健室によく通っている。だからか、少しだけ優遇してもらえることがある。
保健室の武田結衣先生は俺たちを笑顔で迎え入れると、保健室のバルコニーに通してくれた。
「あら、お友達?」
「マリアンヌ・ド・ロージェですわ。留学生としてジンのお家にホームステイしていますの」
「そう。荒川くん、よかったわね。先生、少し外すけど保健室は不在にしておくからゆっくりして行ってね」
バルコニーに出て、俺とマリーさんは横並びに座ると膝の上にお弁当を広げる。子心地よく日光が当たり、まるでピクニックをしているような気分になった。
「あの、マリーさん。俺……その友達がいなくて」
「わかりますわ」
「えっ?」
「ワタクシ、前の世界ではさっきの女の子たちのような立場でしたの。気に食わない相手に向ける顔、視線や口振り。何もかも、昔のワタクシにそっくりでしたわ」
「マリーさん」
「本当に醜いものね。人を貶めるときの人の表情は」
彼女は何かを思い出すように目を閉じた。確か、漫画では一瞬しか描写されていないが、マリーさんは学園でヒロインをいじめている主犯格。そのときには学園のみんながヒロインを嫌っているような感じだった。
——ヒロインはまるで今の俺か。
「マリーさんにまで気を遣わせてごめん」
「いいえ、ジンは何も悪くありませんわ。そう、何も悪くありませんの。すべて、意地悪をする方が悪いのですわ」
自分の過去を恥じるようにマリーさんが俯いた。折角の2人きりのランチが台無しだ。俺は彼女にこんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
「食べよっか。俺のお気に入りはこれ」
俺は必死に話を変えようと弁当の中のミートボールを指さした。スーパーで買えるチルド商品だが……俺は小さい頃からこれが大好きでいつも弁当に入れてもらっている。
「まぁ、これは?」
「ミートボール。食べてみて」
お弁当用の小さい旗を摘んで、彼女はミートボールをパクッと口にした。酸っぱいケチャップと甘いソースが冷めても美味しい濃い味付け。ご飯にもパンにもよく合う奇跡のソース。
「美味しいですわー!」
ほっぺたが落ちるんじゃないかというほど美味しそうに食べる彼女をみて俺は自然と口角が上がる。
「お口にあったようでよかった」
パクパクと食べ進める彼女をみつつ、俺もミートボールを口に放り込む。こんなに学校での弁当がうまいと思ったのは何年振りだろう?
「ジン、とっても美味しいですわ! んぅ〜!」
「よかったよかった。姉ちゃんに感謝だな」
「ですわ〜!」
「美味しくて何よりだよ。よかった」
「ジンと食べているからですわ。あの意地悪な方々と食べても美味しくありませんもの。ねぇジン、クラスのことワタクシに教えてくださらない? 誰が……貴方に嫌なことをしているのか」
「えっ……?」
彼女の真剣な声色に俺は少しだけ恐怖を感じる。悪役令嬢の片鱗が見え隠れしているような……けど、彼女は俺の味方らしい。
「ワタクシが貴方を守って差し上げますわ」
力強い握手、マリーさんは俺の現状を変えようとしてくれているらしい。異世界からやってきたなんて非現実的なことが起こり、今度は俺の学生生活が変わろうとしている。
俺は、俺は——
「わかった。話すよ……」
自分の現状を変えてみようと一歩踏み出したのだった。
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