でっでーでででっでーでで ライスマーン!
【ギルドニュース】
『パラパラのお米をもちもちねっとりに変える魔法が、一部の転生者・転移者に人気です』
そんな見出しのチラシが、冒険者ギルドのカウンターに貼り付けられていた。
チラシを見た人の半分は「コメ?」と小首を傾げ、四分の一は「へー」と無関心。残りの四分の一だけ「あー!」と、納得したり、あいつに教えてやろうと喜ぶ。
そんなチラシが貼り出されて数日、貴族の屋敷が建ち並ぶ区画の道端に、手書きで『ライスマン』と書かれた板を地面に置き座り込む、一人の男が現れた。
場所が場所なだけに、馬車しか通らない。
馬車の中から冷たい視線を向けられ続け、しばらくすると騎士達がやって来て立ち退けと言う。
当たり前の話だ。
しかし、ライスマンは堂々と胸を張って立ち上がると、コレが見えないのかと看板をバンバンと叩く。
「俺は! もっちりもちもちな米の魅力を! お貴族の野郎どもに! 知って貰いたいだけだ!」
男の謎の勢いに、騎士も絶句する。
隙を見せた騎士が悪いのか、ライスマンは何故か服を脱ぎ去り下着姿になると、板を叩きながら朗々と歌いながら歩き出す。
「もぉ~っちりもっちもっちラーイスマーーン♪ あー⤴あー⤵握りーたいよ、米っ! オリオン座の下でーっ米っ!♪ んーふふ~♪……誰か俺の米を食いやがれぇえ!」
屋敷の入り口を占拠されていたライスヌードル伯爵家の護衛が取り押さえるまで、ライスマンは野放しにされていた。
護送用の馬車が到着するまでライスマンは、気持ちよさそうにライスヌードル伯爵家の護衛に自分語りをしていた。
それはもう気持ちよさそうに、人の気持ちどころか顔色を見ないほどに。
「この世界の米はよぉ、パッサパサのパラッパラでよ、まぁ~人気の無いこと無いこと。飼料にするか、麺にするかなんてよぉ、元日本人の俺には耐えられねぇって思ってたんだよ~。で、このチラシよぉ」
何度も見せられたチラシに、護衛の感情も死んでいく。
「なんって素晴らしい魔法なんだって思ったよな! で、全財産はたいてめでたく会得したわけよ! 聞いてんのかぁ? だからよ、麺の味しか知らないお貴族様によ、俺のライスボールをだな――」
「ああ、なんて肌に馴染む下品さ……故郷に帰ったようだわ」
護衛の脇からひょっこり顔を覗かせた令嬢に、ライスマン以外が絶句した。
「お? さてはアンタも転生者か何かだな~?」
「ふふふ。そうよ、前世はOLをしていたわ……ただのOLじゃないわよ、腐女子よ!」
「ササニィお嬢様、あまり近づきませんよう……」
護衛がどうにかササニィの肩を押し、距離を取らせる。
ライスヌードル伯爵家の一人娘、ササニィ。
その中身は、元日本のOL(腐女子)。ライスマンと前世は同郷だった。
ササニィは護衛を押し退け「そんな事より」と、言葉を続ける。
「お米、あの日本のお米が食べられるの?」
打って変わって慎重に。
ライスマンの前にしゃがみ込み、気弱そうに訪ねるササニィに、ライスマンはたっぷり時間をかけて重く一度頷いた。
途端にパッと華やいだササニィは、さっと立ち上がるとライスマンの手をとる。
「是非うちにいらして! みなさんも是非! 銀シャリパーティーよ!」
ササニィは嬉しそうにくるくると回ると、騎士達を屋敷へと連れて行ってしまった。
「銀シャリ……パー、ティー……」
意気揚々と米を炊き、魔法でモチモチにしたまではよかった。
が、ササニィの表情は浮かない。
それどころか、米を一口食べる毎に絶望へと変わっていく。
「なんで、なんでなの……。私の求めているもっちもちな日本のお米とは、全然違うじゃ無い!」
「これくらいのもちもちさが美味いんじゃ無いか! さてはお前、前世でちゃんと自炊してなかったな!?」
「これは餅米って言うのよ! 魔法の才能無いんじゃ無いの!?」
二人の求めるもちもち具合が違った。
何度もやり直してみるが、二人が納得できるものは一向に出来ず、巻き込まれた騎士と護衛が軽くトラウマになりかけていた。
屋敷のコックや侍女なんかも巻き込み、どの米が試食させてみるが、そもそもこの世界の人は米が好きではない。
好きでは無いものの食感が多少変わった所で、好きでは無いものは好きでは無いのだ。
一向に決着のつかない言い争いは朝まで続き、痺れを切らしたササニィがテーブルを思いきり叩く。
「こうなったら、トーナメントをしましょう!」
突然すぎるササニィの言葉に、ライスマンは「はぁ?」とドスのきいた声を上げる。
「もちもち魔法の使い手を集めて、自分好みのもちもちを作って貰う。そして、元日本人に審査して貰うの。勝ち抜いたもちもち米こそが、この世界の日本のお米よ!」
「まぁ、餅米とうるち米の区別もつかないあなたは、優勝できないでしょうけどね」と、顎をしゃくり煽るササニィに、ライスマンはニヤリと口角を上げる。
「早速ギルドで募集かけてきてやるぜ……!」
「会場はライスヌードル家が準備するわ」
手付かずであまったごはんをもちもちと潰し、みたらし団子を作っていたコック達は、早速その話を執事に伝えに走って行った。
当日。
もちもち魔法の使い手は思いの外多くいたようで、第三会場まである、大規模なトーナメントになった。
この日の為に各々、自分が思う最高のもちもちを研究してきた強者揃い。
長い戦いになるのを見越して、魔力切れを起こさないよう、事前にギルドで魔力ポーションを持ち込む者もいる。
そして、審査員たち元日本人は、好きなおにぎりの具材を持ち込み、今か今かと開始を待っている。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今大会の主催、ササニィ・ライスヌードルでございます。今大会の主旨とし――」
「うっせーな! さっさと始めやがれ!」
「……そこのライスマンをボッコボコにし優勝した者は、我がライスヌードル家から賞金と、おにぎり屋出店許可証とその支度金を贈らせて頂きます」
一瞬ザワついた会場だったが、すぐに歓声に包まれテンションは最高潮へ。
「では、最高の日本の米を! 日本の米は!」
「世界いちー!!!! うおぉおぉぉおお!!」
歓声と同時に、あちらこちらで魔法が展開されていく。
大会は白熱を極めた。
ある者は炊きたてご飯に手を突っ込み火傷の末棄権。
またある者は、持参したマイ土鍋で炊いた米を使い失格。
またまたある者は、審査員の判定が気に食わず、暴力を振るい失格。即騎士に引き渡し。
審査員同士も、お互い何を言っているんだと譲れないもちもち米愛に、ずるずると時間がかかっていく。
ただ米を味見する。
ただそれだけの事だが、それぞれの会場の代表が決まったのは、丸一日経ってからだった。
「では、代表三人による決勝戦を……」
打って変わって、決勝戦は厳かに。
決勝まで来ると、その加減はほぼ誤差。
審査員達は、疲弊した舌と脳に渇を入れ、最後の戦いに望む……決勝の舞台に、ライスマンの姿は無かった。
優勝した者にはライスレディの称号と、賞金などが贈られ、大会はどうにか無事に終わった。
「ライスマン、最高の思い出をありがとう。あなたがいなかったら、この景色は見れなかったわ」
会場中でおにぎりを頬張る人々。
米が苦手だった人達の中で、その魅力に気付いた者達が、いろいろな具を試しながら敵も味方も無くただおにぎりを頬張っている。
「でかい口叩いといて、余裕の一回戦敗退。とんだ噛ませ犬だ。……まぁ、この光景が見れたから良いか。狙い通り、おにぎりの素晴らしさをお貴族どもに伝えることが出来たんだから」
ライスレディは集まった記者達に、今後の出店の予定を伝え、ポーズまでとっている。
明日はこの話題で、どの紙面も賑わうだろう。
「まだよ」
ササニィは座り込んでいたライスマンの腕を引き、キリッとしかしニヤリと口元を緩ませる。
「まだよ。まだおにぎりの具の頂上決戦が残っているじゃない! こんな所で止まっている暇はないわ!」
記者に向かって走り出したササニィを見送り、ライスマンは「具……具……」と口の中で言葉を転がす。
「折角大団円だっつーのに、何ですぐ引っかき回すんだ。……ははっおもしれー女」
ちゃっかりライスレディと肩を組み、取材に答えるササニィ。
ライスマンの明日はどっちだ。
短編練習場 チャヅケ=ディアベア @olioli_kuma
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