第50話 身代わりになるべきは——

 血の弾丸が止まった事を確認し、ブラッドワイバーンの目の前まで移動する。

 そしてそのまま体当たりをして後方へ吹き飛ばす。戦う場所は出来るだけレリアから放させておきたいのだ。


『クルル……キュルッ』


 足元の地面が赤黒く染まったかと思えば、そこから凝固した血液が槍に用になって現れ、俺の前脚を貫いた。

 ……やっぱり、成竜の魔技相手だとしっかりダメージを喰らってしまうんだな。


 血の棘を抜き、治癒を掛けながらブラッドワイバーンに近づく。

 痛みは無くなり、身体は即再生。近づく毎に足元から血の棘が生えて俺の足を刺してくるが……一切致命傷にはならない。


 そんな強引な方法で近付き、ブラッドワイバーンに体当たりをして仰け反らせる。

 仰け反って露わになった首元に噛みつき、力任せに地面に押し倒す。


 口の中に凝固した血液が入ってきた事によって鉄の味が口一杯に広がるが、そんな事を気にする暇は無い。

 血の鎧を突破する為に、更に顎に力を入れて牙を食い込ませる。

 ……何気に血の鎧が分厚くて首に届かない。もどかしく思いながらも血の鎧を砕いていると、腹部の衝撃を感じて身体が浮き上がった。

 ——っ! ブラッドワイバーンが蹴りを放ったのか。


 ブラッドワイバーンがマウントを取るべく動くが、俺だって素直にマウントを取られようとは思わない。

 お互いにマウントを取ろうとしてもつれ合い、ゴロゴロと転がっていく。


 そんな中で、俺が下側の時に何かに拘束されて動きが阻害された。これは……血か。

 そしてそのままブラッドワイバーンにマウントを取られてしまった。


 脚で身体を抑えられ、大型の召喚獣にも劣らない重量のせいで退かすことも出来ない。


『キュルル……グルァ』


『ようやく……捕まえた』……そう言われた気がした。

 俺を見据えるブラッドワイバーンの瞳は赤く染まっており、ヒシヒシと怒りの感情が伝わってくる。


 俺の身体に血が巻き付き、より身動きが取りづらくなった。血液版砂浴みたいな感じだ……なんとも趣味が悪い。

 ブラッドワイバーンの視線は俺の首元に向いている……食い千切るつもりだろう。


 死ぬ……そんな言葉が脳裏に過ぎる。

 召喚獣となってから一度も死んだ事はない。だからこそ怖いのだ。

 レリアの中に戻るのはどんな感じなんだろうか、休止期間中の意識はあるのか。

 休止期間中にレリアが危険な目に会わないだろうか……


 そんな不安に駆られながらも、死を覚悟する。

 ブラッドワイバーンの口が大きく開き俺の首元に近づいてきて————


「せぇぇぇぇえええええいっ!!!」


 そんな声と共にデカいハンマーの形をした結界を持ったレーナ皇女がブラッドワイバーンの頭部をハンマーでぶん殴り、脳震盪を起こさせた。

 流石はレーナ皇女……動きが凄く派手だ。


 この隙を逃す事は出来ない。全身から稲妻を放出し、身体に纏わりついていた血を吹き飛ばしていく。

 液体と個体の血の混合だった為に少し吹き飛ばすのに手間取ったが、拘束からは抜け出せた。


 一旦ブラッドワイバーンから離れて、身体の状況を見てみる。


 ……外傷はそこまで無い。一部鱗に引っ掻き傷などが残っているけれども、あくまで鱗だし問題無い。

 血の棘で貫かれた所は既に治っており、鱗も生えて元の状態に戻っている。やはり治癒は強いな……


 全身を水の魔法で洗って血を洗い流し、綺麗さっぱりな状態になる。

 ブラッドワイバーンは血を操ってるのだ……血が付着した状態で戦うのは危ないだろう。


 次はどう動く? とブラッドワイバーンを見てみてると、大きな口を開いていた。まるでブレスを吐く姿勢ではあるが、俺の方を向いていない。

 不思議に思いながらも好機と思って近づこうとする……しかし無理だった。


 足に血が絡まっており、動かせない。

 そして気付いてしまった。ブラッドワイバーンの狙いは俺では無いと……


「レリア! 逃げなさいっ!」

「ごめっ、血が絡まって……!」


 辺りを見渡すと、すぐ側にレーナ皇女。レーナ皇女は血に足を取られて動けない状況だ。

 そして後方にいたレリア……レリアも血に足を取られて動けない状態。しかも少しパニック状態になってる……アレではしっかりとした魔法が使えない。


 そして……ブラッドワイバーンが狙うはレリア。


 ブラッドワイバーンの喉奥に赤黒い液体が溜まるのが見えた。

 俺は絡まってる血から無理矢理脚を引き抜き、稲妻属性を最大限に使ってレリアの元へと移動する。


 そして放たれる凝血ブレスをその身で受け止める。


「リファル⁉︎ ダメっ! 直ぐにそこから退いてっ! 私の事は良いから!」


 そんなの、ダメに決まってる。一度死んだら終わりの主と、何度でも死ねる召喚獣……どちらが身代わりになるかって聞かれたら答えなんて一択だろう。


 激しい凝血ブレスに晒され、未だ成長途中な俺の治癒では回復が追い付かない。

 次第に再生も回復も追いつかなくなり、凝血が身体にめり込み始める。


「やめて……やめてっ! リファル! もう良いからっ! 逃げてよ……お願いだからっ……」


 レリアが泣く声が聞こえるが……主を守るのが召喚獣の使命だと思うのだ。


「あっ、そうだ……命令。命令っ! リファル! そこから退いてっ! これは命令! 絶対の命令だから!」


 ……退くわけには、いかないなぁ。

 召喚獣だって、命令に従わなくても良いのだ。ペットだって嫌な時は主人を引っ掻いたり噛み付いたりするだろう? それと同じだ。嫌な命令ならば、召喚獣にだって拒否する権利がある。


 あぁ、意識が遠のいていくなぁ……それと、身体が分解されていくのを感じる。これが召喚獣が死ぬ合図……なのかな。


 でも、少しでも耐えなければ。レリアが動ける様になるまでか、レーナ皇女が助けれる様になるまでかは分からない。

 でも、レリアが助かるまでは耐えなければ。


 レリアの泣き声がもはや聞こえづらくなった頃、一つの声がこの階層に響き渡った。


「よくぞここまで耐えた。安らかに、休んでくれ。主人を守るその決意……尊敬に値する。

 後のことは私に任せろ。其方の主人は必ず助けると約束しよう」


 そんな言葉が鮮明に聞こえ、俺は粒子となってレリアの中に入っていくのであった。

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