第8話 不変
ある日の事、一人の少女が気持ちよさげに空を見上げていた時、自分に向かって近付いてくる足音が聞こえ、少女はそちらに視線を向けた。すると、そこには手に花束などを持った一人の少年の姿があり、少年は少女に近付くと、にこりと笑った。
「今日も来たぞ」
『ふふ、来てくれて嬉しいよ。なんだか嬉しそうな顔をしてるけど、何かあったの?』
「今日はな、いつもみたいにお前が好きな菓子の他にちょっとしたニュースを持ってきたんだ」
『え、なになに?』
「行方不明になっていた俺の妹の彼氏なんだがな……先週無事に見つかったんだ」
その報告を聞き、少女はとても嬉しそうに微笑んだ。
『そうなんだ……! 本当に良かったね!』
「妹もすごく喜んでて、そいつの家族も泣く程喜んでたらしい。それで、行方不明になっていた間、どこにいたかってもちろん訊かれたんだが……」
『うんうん、どこにいたの?』
「……妹曰く、ソイツはファンタジー物みたいな世界にいたんだとさ」
『へー、そうなんだ』
「まあ、それを聞いたのは妹だけで、そいつの家族や警察なんかにはよく覚えてないって言ったみたいだけどな」
『ふふ、妹さんは信頼されてるんだね』
少女が優しい笑みを浮かべる中、少年は少し呆れたような顔で頭をポリポリと掻き始めた。
「まあ、それが本当なら携帯が繋がらなかったのも納得なんだが、妹が聞いたところによると、たった一人だけ携帯が繋がった相手がいたんだが、その相手っていうのが本当に初めましての相手だったんだとさ。んで、帰ってくるまでの間、その相手にもサポートしてもらいながら冒険を続けていたみたいだ」
『そうなんだ。良いなぁ……私もそういう世界に行ってみたいよ』
「まあ、真偽の程はわからないけどな。ただ、これで妹が悲しむ姿を見なくてすむのは助かるかな」
『そうだね。妹さん、彼氏さんがいない間、すごく暗い顔してたから』
「まあ、あの野郎がまた妹を泣かす事があったら、容赦はしないけどな」
『もう、またそんな事言って……君のそういうところ、そろそろ直した方が良いよ?』
少女が少しだけ怒った様子で言う中、少年は少し哀しそうな顔をした。
「……お前の事だから、俺のそういうところを直した方が良いとか思ってるんだろうな」
『もちろんだよ。そうじゃないと、新しい彼女さんだって出来ないよ? それに、いつまでもあの日の事を引きずるわけにもいかないでしょ?』
「……なあ、もう一度声を聞かせてくれよ……。もう一度俺の前で笑ってくれよ……!」
『……それに応えたいところだけど、もうそれは無理だよ。だって、君は“生者”で私は“死者”なんだから』
少女の霊が哀しそうに首を振ると、少年は涙を流しながら悔しそうな表情を浮かべた。
「くそっ……あの日、お前を一人で帰らせなければ、お前は車に轢かれて死ぬ事も無かったかもしれないのに……!」
『そんな事無い。たぶん、私はあの日死ぬ運命だったんだよ』
「今でもずっと後悔してるよ……委員会の活動があったとは言え、彼女だったお前を一人で帰らせた事。委員会なんてほっぽりだしてお前と一緒に帰っていれば、今頃は一緒に笑っていられたかもしれない。そう思うだけで、胸がすごく痛いんだよ……!」
『…………』
「ごめんな……本当にごめん……」
少年が少女の霊の前で悲しみに暮れる中、少女の霊は優しい笑みを浮かべた。
『そこまで思ってくれてありがとう。でも、生きている君はもうあの日に囚われているべきじゃない。君自身が止めてしまった時計の針をまた動かすべきなんだよ』
「…………」
『それは君自身もわかってるはず。だから、もう泣かないで。未来へ向かって一歩ずつ歩きだして』
「……はは、今頃お前に笑われてそうだな。昔と変わらず泣き虫なんだねってさ」
『…………』
「……そうだよな。泣き続けてたって何も始まらない。そろそろ歩き出さなきゃだよな」
『そうだよ』
「だから、そのためにもまずは墓の掃除と備え物をしてやらないとな。俺にとってお前は過去の存在なんかじゃなく、これからも一緒に未来へ向けて歩いていく大切な存在だからな」
少年は涙を拭って笑顔を見せると、水が入った手桶を足元に置き、少女の墓の掃除などを始めた。そして、少女の霊がそれを見守る中、それらの作業を終え、墓に向かって静かに拝むと、少年はスッと立ち上がった。
「それじゃあ、今度は妹達と一緒に来るよ」
『うん、待ってるね』
「……じゃあな」
そして、少年がその場を後にすると、少女の霊は供えられた花を見てクスリと笑った。
『……ふふ、そのスターチスが君の想いなんだね。それじゃあ私もこれからもずっと見守らないとだね』
風で花が揺れる中、少女の霊は幸せそうに微笑んだ。
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