第97話 開戦


 臨戦態勢の通達を受けた冒険者ギルドでは、冒険者たちがそれぞれの武器を手に取って外へ飛び出して行った。

 招集がかかったのはBランク以上の熟練者。Cランク以下は待機命令が下されている。

 雪が降り始めた風景の中、ユリウスが無銘を高く掲げて叫んだ。彼の両脇にはロビンとヴィーがいる。


「いいか、みんな! 無理はしなくていい。雑魚の魔物はドリファ軍団が食い止めてくれる。だからみんなは軍団の補助をして、打ち漏らした魔物の掃討をしてくれればいい。いつも通り、生きて帰るのを第一の目標にするんだ!」


「ああ、分かってる!」


「冒険者だからな。活躍の場所は兵士に譲るぜ」


 たとえ熟練者であっても、冒険者は装備が貧弱で兵士とは比べられない。集団戦の訓練も受けていないので、下手に戦場に出れば足を引っ張ってしまいかねない。だからこその遊撃任務だ。

 ユリウスはさらに言う。


「大物は僕に任せろ。いつも通りかっこよく仕留めてやるからね。さあ、行くぞ!」


「おお!」


 気負わないユリウスの姿に、冒険者たちの緊張もいくらかほぐれたようだ。各々の武器を握りしめて、町の外へ向かっていく。


「ユリウス!」


 雪の向こうに消えかけた背中に、ユーリは叫んだ。

 生きて戻って。無事でいて。そう言いたかったのに、言えなかった。

 振り向いた彼の瞳に、固い覚悟が見えたので。


「……幸運と、武運を!」


「うん、ありがとう。あなたに願ってもらえれば、百人力だね」


 見送りの言葉を笑顔で受け取って、ユリウスは今度こそ雪の向こうに消えた。

 後に残されるのは、ユーリたち職員や実力の乏しい冒険者たち。戦う力を持たない者たちだ。

 彼らは祈るような気持ちで北の方角を見ていた。







 進軍を始めたアウレリウスの元には、見張り塔や斥候隊からの報告が入る。

 それらの情報を頭の中で整理して、彼は最善の布陣を考えた。

 カムロドゥヌムの町から西に一番目の見張り塔に行って、その門に軍を通す。

 その場所に魔物が集まるよう、斥候隊や冒険者たちの力を借りて誘導していたのだ。


 魔物の群れはまだ見当たらない。

 だが、確実に異変は起きていた。

 魔の森の魔力が黒く染まっている。

 その黒は魔法の才能を持たない者にすら明らかな濃度で、森全体を覆っていた。


「全隊、整列。基本隊形!」


 ユピテル帝国の軍団の基本隊形は、三列構造を取る。

 最前列は中堅兵。心身ともに充実した年頃で、経験も不足のない軍団の背骨である。

 中列は新参兵。体力はあるが経験不足の兵たちが、最前列の次に控える。

 そして最後列は老兵たちだ。体力に劣るものの経験は誰よりもある彼らが、しっかりと隊列を支えている。


 三列の隊列を取ったまま、アウレリウスはウルピウスの防壁と魔の森までの距離を半分ほど詰めた。

 ここまで来れば、散発的に弱い魔物と遭遇した。どの個体もパニックを起こしたようにでたらめに動いて、兵士たちに突っ込んでくる。兵士らは冷静にそれらを切り捨てた。


 と。

 魔の森が鳴動した。

 大地が震えて木々が揺れる。どす黒い魔力が空に放たれる。


 ――オオオォォォォオオオォオ――!!


 響き渡るのは、魔王竜の咆哮。先ほどよりも強く明確に発せられて、兵士たちを揺さぶった。

 アウレリウスは北を、森の中心部を睨んだ。魔力感知を走らせた彼の目には、漆黒の巨体が身を起こしつつあるのが確かに視えた。


(頼むぞ、ユリウス……!)


 森の鳴動に呼応するように、魔物が森から飛び出てくる。兵士らを目掛けて突き進んでくる。


「前進、停止! 補助兵は弓を使え!」


 ユピテル帝国の軍団では、弓は補助兵の担当だ。兵士らの列の横に控えていた補助兵たちが矢をつがえて、いっせいに魔物の群れに向かって放った。

 小さな魔物の多くは矢を受けて転がり、雪の上に鮮血の赤を撒き散らす。

 魔物たちは切れ目なく現れる。小さく弱いものからだんだんと、大きく強いものへと種類を変えながら。


「中列、投げ槍を投擲!」


 アウレリウスの号令に応じて、若い兵たちが投げ槍を投げた。ユピテル帝国の投げ槍は殺傷能力が相当に高い。

 放たれた槍は中型の魔物の体に突き刺さり、突き破る。悲鳴と血しぶきが上がった。

 けれども魔物の群れは尽きず次々と現れた。オーガ、ゴブリン、ブラックウルフ。どれもが血走った目で殺気をあらわにしていた。


 だが、押し寄せる魔物の群れの最前列が急に姿を消した。

 予め掘ってあった落とし穴に落ちたのだ。

 落とし穴の底には先を尖らせた丸太がたくさん据えられている。かなりの数の魔物が穴に落ちて体を貫かれ、絶命した。

 落とし穴は相応に広い範囲に渡って何重にも掘られている。積雪があるため位置が分かりにくく、狂乱した魔物たちは次々と足を取られては落ちていった。


 しばらくは落とし穴と弓矢、前列と後列の兵の投げ槍で時間を稼いだが、それでも魔物の勢いは落ちない。


(狂っているな。八年前もそうだった。あの黒い魔力が魔物を狂わせるのだろう)


 馬上のアウレリウスは戦場を見渡した。そろそろ落とし穴が魔物の死体で埋まる。突破されそうだ。

 最前列の兵のさらに前に立って、彼は声を張り上げる。


「ここからが本番だ! 持ちこたえろ!」


「おおっ!」


 兵士たちの声が応える。

 落とし穴を乗り越えた魔物たちが、兵士に殺到する。


 戦いの火蓋は切って落とされた。


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