第85話 日本刀


 風呂から戻ってきたユリウスと合流して、ユーリは鍛冶師の元へ向かった。アウレリウスも同行している。

 口止めの命令を受けた鍛冶師たちの前で、ユーリが説明を始めた。


「まず、この剣は反った形になります。反りが入ることで鞘から抜きやすい、斬る動作がやりやすいと聞きました」


「ふうん。確かに曲刀は対象に叩きつけて、引いて斬る動きがなめらかになる。東の民が使う円月刀なんかを見たことがあるが、そうだった。でも、直刀に比べると耐久性に劣らないかい?」


 と、ユリウス。彼はすっかり落ち着いた口調である。


「耐久性に関しては、軟らかい鉄と硬い鉄を組み合わせて向上させます。芯に柔らかい鉄、表面に硬い鉄です」


 ユーリが言うと、鍛冶師たちから感嘆の声が上がった。


「なるほど……。硬い鉄の表面でしっかりと斬り、芯の軟らかい鉄で衝撃を受け流す。実に理にかなったやり方だ。ユーリ殿、素晴らしいです」


「私はあくまで、先人たちの知恵と技術の結晶を知っているだけです。私がすごいわけではありませんよ」


 ユーリは本当にそう思う。

 彼女の雑学の中でも、実は日本刀は少しばかり詳しい分野だった。というのも日本の友人に刀を擬人化するゲームにはまっている人がいて、博物館巡りなどを一緒にやったからだ。


 それからユーリは実際の打ち方を伝えた。

 玉鋼を熱して潰し、叩いて割って品質を見極める。これは、炭素量の多い少ないで鉄の硬さが変わり、刀身のどこに使うか最適解が変わってくるためだ。

 次に「折り返し鍛錬」。日本刀のキモとなる工程で、薄く伸ばした鉄に折り目を入れて畳むのを何度も繰り返す。

 叩くことで不純物が火花となって飛び散り、取り除かれていく。さらに薄い鋼の層が膨大に重なることにより、強い鋼になる。

 熱して鍛錬することで炭素の量が減り、鉄は軟らかくなっていく。日本刀として最も適した状態を見極めるのが、鍛冶師の腕である。


 さらに芯の鉄(心鉄)と表面の鉄(皮鉄)を組み合わせる「甲伏せ」。

 心鉄と皮鉄を一体化させたものを棒状に伸ばす「素延べ」、棒状の刀身を立体的に仕上げる「火造り」と続く。

 この状態ではまだ反りは入っておらず、直線的な棒状だ。


 そして「土置き」。

 刀身の上に土を置いていく。刃の模様となる部分は薄く、それ以外は厚く塗る。

 この作業によって最後の「焼入れ」で熱の伝わる速度が変わる。

 熱した後に水に入れることで、土が薄い部分は素早く冷やされて硬い鋼に、土が厚い部分はゆっくりと冷やされて軟らかい鋼になる。

 硬い鋼は軟らかい鋼に比べて大きく膨らむ。この差が反りを生むのだ。


 最後に何種類かの研ぎを施し、鞘や柄などの拵えを作って完了である。


「以上が、日本刀の作り方の概要になります。私は書物で読むような知識しか持っていません。実際に鉄に触れている鍛冶師の皆さんの経験が頼りです」


 ユーリが言うと、鍛冶師たちは深くうなずいた。

 すると、話を聞いていたアウレリウスが質問する。他の鍛冶師に聞こえないような小さな声だった。


「魔力精錬は、きみの世界に存在しないのか」


「え」


 ユーリが目を丸くすると、耳ざとく聞きつけたユリウスが続けた。


「その名の通り、魔力を素材に通してなじませるやり方だよ。使い手の魔力を染み込ませることで、何倍にも強靭になる。デメリットは使い手以外が使おうとすると適性が大きく下がって、本来の性能が出せなくなるところ」


「鍛冶師の皆、彼女は魔法に詳しくなく魔力精錬を省いてしまったが、今の工程で魔力を込められるポイントはあるか?」


 アウレリウスが問いかけると、鍛冶師たちは口々に答えた。


「いくつもあります! 軟鉄と硬鉄を組み合わせる技法は、ユピテルにもありますが。それぞれ性質の違う鉄に魔力を入れていくことで、より深く染み渡らせるでしょう」


「折り返しの発想が素晴らしい。鉄の層がいくつも重なるということは、その一つ一つに可能性があります」


 鍛冶師たちの言葉にユーリが付け加えた。


「折り返しの工程は刃の部分で十数回、芯の部分で五、六回と聞いています。もともと何層にもなっていた鉄が折り返すたびに倍になりますから、最終的に何万層にもなりますよ」


「何万……!」


 鍛冶師たちはぽかんと口を開けた。


「すげえぞ。そんだけの数に魔力を渡らせていくとなると、どれだけの性能になるか」


「バカ、いくらなんでも無茶だろ。魔力を込めるほうが保たねえよ」


「何万とか、変態の所業だろ」


 鍛冶師たちは興奮のあまり言いたい放題だ。

 アウレリウスが咳払いをすると、彼らははっとして口を閉ざした。


「製作の手がかりが得られて、結構なことだ。しかし話を聞く限り、そこまで多量の魔力を込める余地があるとなると、魔道具師の手配も必要だな」


「アウレリウスがやってくれないかなぁ」


 と、ユリウスが言った。


「あなたであれば、僕の魔力をよく知っているじゃないか。馴染ませるのは簡単だよ。……うん、そうしよう!」


「勝手に決めるな」


 アウレリウスは従弟を睨んだが、すぐに息を吐いた。


「だが、最善の手であるのも確か。この件はできるだけ知る人数を減らしたいのもある。……仕方ない、協力しよう」


「仕方ないとか言うけど、実は楽しみって顔してるよ!」


 ユリウスが軽口を叩いて、また睨まれた。


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