第76話 お風呂あわあわ大会2


 ユリウスたちはしばらく湯に浸かった後、広間の方に行く。広間ではたくさん置かれている長椅子で客たちがくつろいでいた。


「これをどうぞ。本日のサービスです」


 浴場の奴隷がカップを差し出してきた。ワインの水割りだった。ワインの水割りはユピテル帝国で一般的な飲み物である。

 ユリウスとロビンは受け取って飲んだ。冷えてはいないが、ワインの風味が風呂上がりの体に染みるようだった。

 広間では係員が声を張り上げている。


「本日お使いくださった石けんは、タダで差し上げます。なくなりましたら、各公衆浴場テルマエや冒険者ギルドで販売しておりますので、ぜひお買い求めください。体を洗うだけではなく、食器を洗ったり服の洗濯にも使えますよ」


「へー、便利だな!」


 客たちが感心の声を上げている。手持ちをまだ使い切っていないのに、さっそく買う者もいた。


「ユーリの作戦はうまくいってるね。好評だ」


 ユリウスが言って、ロビンはうなずいた。







 翌日、今度は女性に公衆浴場テルマエを開放する日である。

 昨日とは打って変わって、テルマエ前には女たちが詰めかけていた。

 しかも昨日、一足先に石けんを体験した男たちから話を聞いて、期待度を上げている。やはりお肌のケアについては、女性の方が段違いに意欲が高いのである。

 そのようなわけで、テルマエに集まった女性たちは少々殺気立っているくらいで、係員が怖がっていた。


 会場と同時に、女たちはなだれ込む。我先にと石けんを手に取って、まずは泡立てて手や首などを洗う。

 次に洗い布を受け取って全身を洗った。奴隷に洗ってもらう人、自分で洗う人、さまざまである。

 みな、泡の新鮮な感覚に夢中になっていた。そして泡を湯で流せば――


「さっぱりするわぁ」


「本当に。汗でべたべただったのに、すっきりして気持ちがいいの」


 あちこちで楽しそうな笑い声が響いている。


「髪も洗いたいわ」


 ユピテル帝国の成人女性は、髪を長く伸ばして結う。そのため洗髪も一苦労だが、今回は好奇心から洗ってみようとする人がけっこういた。

 それを見た係員が注意して回っている。


「ちょっと待ってくださいね。この石けんは、髪を洗うのはあまり向かないんです。無理に洗うとキシキシとしてしまいます」


「えぇ? せっかく髪もさっぱりできると思ったのに、ひどいわ!」


 係員は手を広げて続けた。


「でも、実は石けんを使ってもキシキシしない方法があります。レモン酢を垂らした水で最後にすすぐと、しっとりとしますよ。別料金ですが、使いたい方はこちらにどうぞ!」


「別料金……」


「けちくさいこと言わないで、使わせなさいよ!」


「でも、今日のテルマエ代金と石けんはアウレリウス様の奢りでしょう。贅沢言いすぎるのはどうかしら」


「ああ、まあ、それはそうか……」


 と、一悶着はあったが、レモン酢のリンスは別料金で決着がついた。少し余裕のあるご婦人たちが集まって、早速試している。


「石けんで頭を洗うと、気持ちいいわね。髪も頭の皮膚もすっきり」


「このままでいると、髪がキシキシしてしまうの?」


 係員が答える。


「はい。なのでレモン酢を髪にくぐらせてやると、髪がふわりとまとまりますよ」


 女性は奴隷に命じて、レモン酢を桶に入れた。髪を浸せば、つややかな光が宿る。


「あら、本当だわ! 髪がスルスルと気持ちいい」


 別の女性も同じようにして、うっとりと髪を指で梳いている。


「洗った後の髪は、もつれやすいのに。指通りがなめらかよ」


 一方、お金があまりなくてレモン酢を試せなかった女性は、それでも石けんで髪を洗ってみてがっかりしていた。


「本当だ……。キシキシになっちゃった。あーあ、お金を貯めてレモン酢を使わないと!」


 そんな彼女に、友人が話を持ちかける。


「石けん作りは、これから人を雇うと聞いたよ。働いてみたら?」


「家の仕事で手一杯だけど、ちょっとだけでも行ってみようかしら」


 あちこちからそんな話が聞こえてくる。女性たちも満足しているようだ。

 テルマエの様子を見に来たユーリは一安心して、すぐに「でも」と思った。

 女性たちの美容にかける情熱は、ユピテル帝国でもかなりのもの。清潔だけで満足せず、お肌がしっとりする植物オイルの石けんを作ったり、良い香りのするハーブを混ぜ込んだ石けんを作ったり、工夫はいくらでもできそうだった。


 向こうでは顔を洗っている人がいる。


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