第33話 ターメリックを探せ
ユーリが考え込んでいると、ナナが聞いてきた。
「ユーリさん、どうしたんですか。カレーはおいしいし、お肉も食べられる味。じゅうぶんだと思います。これ以上何かありますか?」
ユーリはカラになったカレーの鍋を見ながら、首を横に振る。
「でも、お肉はせいぜい『食べられる味』であって、おいしくはないよね? たとえカレーを売り出しても、このままでは人気が出ないと思う」
「そうか? 俺はすごくうまいと思った」
と、ファルト。コッタが苦笑いした。
「小僧、お前の舌は魔物肉に慣れすぎだっての。まあ、貧しい農村でろくに食うものがなければ、そうなるのも分かるがな。俺も昔はそうだった」
「町の人らが贅沢すぎるんだよ」
ファルトは納得がいかない様子だ。
ユーリが言う。
「魔物肉を売るのはこの町だから。この町の人の意見を参考にしなきゃね」
「うん……」
ファルトは不承不承、うなずいた。
「カレーはまだまだ工夫できると思う。スパイスの組み合わせも、今日はごく基本的なものにしたの。魔物肉、それも魔物の種類によってベストなものを探していけば、もう一段階おいしくなるはず」
ユーリの言葉にみんなが聞き入っている。
「ただ……」
ユーリは言葉を切った。ナナが首をかしげる。
「ただ?」
「私の知っているカレーのレシピに、足りないものがいくつかあるの。今日は市場を探し回ったけど、見つからなかった。となると、ブリタニカ属州やカムロドゥヌムの町にはないのかもしれない」
「それは、どんなものだ?」
と、コッタ。
「一つはスパイスで、ターメリック。黄色い根っこを粉末にするの」
「ふむ?」
「もう一つはじゃがいも。これは根っこの野菜で、茹でて食べる。カレーによく合うのよ」
「黄色い根っこというと、生姜みたいのですか?」
ナナが聞いて、ユーリはうなずいた。
「そうね、根っこの見た目は生姜にちょっと似てる。でも、もっと鮮やかな黄色よ。それに根っこの上の葉っぱや花はぜんぜん違う。白い花びらの先端が紫の花が咲くの」
ちなみにターメリックは日本ではウコン(鬱金)と呼ばれていた。二日酔いの解毒によく効くと評判の生薬である。
カレーの主役となるスパイスで、カレーの黄色と香りの多くがターメリックによるものなのだ。
「根っこが黄色で、白の花?」
コッタが難しい顔で腕を組んだ。
「どうしたの、コッタ?」
「いや、違うかもしれんが……。俺、そいつを知っている」
「え!?」
思わぬところから情報が出てきて、ユーリは驚きの声を上げた。
「コッタ、この近くにターメリックがあるの?」
ユーリが勢い込んで聞くと、コッタは困り顔になった。
「確実にそうだって自信はねえが。ユーリの話を聞いていたら、思い当たったんだ。――黄色マンドラゴラだよ」
「マンドラゴラ」
思いもよらぬ単語が出てきて、ユーリは戸惑った。ここ数ヶ月で学んだ知識を、脳内で素早く探す。
「植物型の魔物ね」
「そうだ。北の森に行けばよく生えていて、一見するとただの草と変わらん。が、引っこ抜くと叫び声を上げて逃げやがる。叫び声は魔力が入っていて、まともに聞くと麻痺して腰が抜ける」
コッタは元冒険者だ。そんなに腕は良くなかったが、マンドラゴラのような小さい魔物はよく相手にしていたと言った。
「マンドラゴラは何種類かいて、黄色はたまに採集依頼が出てた。何に使うんだろうな」
「布の染色ですよ」
ナナがちょっぴり得意そうに答えた。彼女は最近、経理の仕事だけでなく素材全般をユーリと一緒に学んでいる。素材の使い道や納品先をずいぶん覚えたのだ。
「黄色マンドラゴラの根をすりつぶして染料にすると、きれいな黄色が出るらしいわね」
ユーリが脳内辞書をめくりながら言う。
「実物を見てみたいわ。今、在庫あるかしら」
「帳簿を確認しましょう」
みんなで事務所まで行って、在庫表を見た。帳簿の上では黄色マンドラゴラの根は在庫ゼロになっている。
「一応、倉庫を確認してくる」
コッタが言ってさっさと事務所を出ていった。少しして戻って来る。
「やっぱ、ないわ。冒険者やってたときも、黄色マンドラゴラの採集依頼はそんなに多くなかったしな」
「帳簿が正確でしたね」
ナナが誇らしそうに言えば、コッタもうなずく。
「おうよ。今だって、戻って来るまで素早かっただろう? 目的の棚がすぐに分かるからな。ユーリが考えたシステムのおかげだよ」
「ふふふ、ありがとう」
ユーリは内心でちょっと照れながら、笑顔で言った。
「それにしても、実物はぜひ確認したいわね」
「染色工房に行けば、残っているかも?」
「そうね。ただ、カレーに使うスパイスはできるだけ新鮮なものがいいの。味が段違いだから」
「だったら、冒険者に採集依頼を出せば? ここは冒険者ギルドだから、すぐ出せるだろ」
ファルトが言う。ユーリは考えながら答えた。
「やっぱり、そうなるかなあ」
「それが一番早いじゃん」
「そうなんだけど。……私も、マンドラゴラが生えているところを見たいなぁって」
「ユーリさん!?」
ユーリの言葉に、ナナが叫んだ。
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