第42話 温泉に行こう(3)

「あ、そうでしたね。私は、警備部警護課、龍彩(たつ あやか)と申します。種族はドラゴニュートです。よろしくお願いします」

「同じく警備部警護課、一瞳(はじめ ひとみ)と申します。種族はサイクロプスです。よろしくお願いします」


 二人の凛とした笑顔がとてもかわいい。

 ん? 警護課? ということは所謂SPですか? ガチの女性SPは初めて見たよ。


「改めまして、大じ……紀伊正宗です。いつもお世話になっております。種族は……えーと悪魔とヴァンパイアのハーフになるのかな。あ、ちなみに元人間です。よろしくお願いします」


 危うく人間界で勤めていた時の所属を言ってしまうところだったわ。

 同種の仕事だからつい業界の癖が出てしまった。


「やはり人間だったのですね。初めてです。ここで人間を見たのは」

「ですよねぇ。ですが、『元』なのでお気になさらずに」

「私たちのこと怖くありませんか? 私のような一つ目って人間から見ると、とても怖いと聞いたことがあります」

「全然怖くないですよ。人間界ではキャラクターにもなっていますよ」


 実際に、コスプレ美少女で単眼娘はいるんだからね。


「キャラクターって何ですか?」


 ああ、そうか。そうだ、後でタブレットで見せてあげよう。


「あとで、みせてあげるからね」

「はい、楽しみにしております」


 そのあと出された料理に舌鼓を打ちながら堪能し、支配人に礼を言いレストランを後にした。

 いやー本当に旨かったわ。


「じゃぁ お兄様、いただきますわぁ」


 部屋に戻ると、アスタの「食事」の時間だ。ツプッとアスタの牙が首の皮膚を穿つ音が聞こえ、アスタに血と魔力が流れ込んでいく。

 アスタの頭を優しく撫でながら、体を抱きしめる。アスタの髪の毛から何とも言えない芳香が鼻腔をくすぐる。

 夜になったからだろうか、俺もアスタの血が吸いたくなってきたが、さっき俺はご飯を食べたばかりだし、お兄ちゃんは妹のために我慢するのだ。


「ふう、お兄様ごちそうさまでしたぁ。おいしかったですわぁ」


 アスタの目がヴァンパイアらしく深い真紅になっている。

 アスタの口元からしたたり落ちる血をハンカチで拭いてあげる。

 深紅の小さな唇から、ちょこっと恥ずかしそうに出た牙がとってもキュートだ。


「どういたしまして。愛の献血、24時間365日コンビニ営業でございます」

「まったく、正宗は調子のよいことを」


 ウィンクをしながらおちゃらけて答えると、すかさずフランが突っ込みを入れる。


 あ、そうだ、さっきキャラクター見せるって言ったっけ。


「彩さん、瞳さん、さっき言っていたキャラクターっていうのを見せてあげるね。こっち来て」

「瞳、彩。今日はもうお疲れ様じゃ。業務終了なのじゃ。女子に戻れ。ホテルの周りには妾が探知用の結界を張っておいたのじゃ」


 フラン優しいな。


「姫様、恐れ入ります。もったいない限りでございます」


 二人の顔から緊張感が解けるのがわかる。

 俺はディメンジョントランクからタブレットを出し、コミケで撮ったコスプレの動画を再生する。


「ええ! すごい! これ私とよく似ています!」


 瞳がびっくりした様子でタブレットをのぞき込む。


「ほんと! 正宗さんの国と魔界って似ているのですね。あ! これ私と同じドラゴニュートです!」


 彩も興味津々だ。


「妾やアスタもおるのか?」

「いるよ。ほら、これかな?」


 小悪魔コスプレと、ヴァンパイアコスプレの……ん? このヴァンパイア髪の毛がピンク色だぞ。

 あ、某ヴァンパイアアニメのヒロインのコスプレだわ。


「おお、妾と同じような恰好じゃ。しかし、露出度が高いのぉ」

「でも、お姉さまの方が断然きれいですわぁ。あと私ぃ、髪の色を変えてみようかしらぁ」


 アスタの銀色の髪をピンクにしたら、それはそれでいいかもしれないが。


「おお、アスタや、イメチェンするか? それにしても、正宗や、人間界と魔界の違いは一体何なのじゃ?」


 フランが半ばあきれ顔になる。まあ正確にはコミケと魔界の違いなんだろうが、魔法の有無が一番大きいのかもしれないが、それを言ったら身もふたもないわなぁ。


「うーん、こっちのほうが人間界より可愛い女性が沢山いるというのが確実に言えるな。多分、このままコミケに行ってもみんな違和感なく溶け込めるし、周りにカメラを持った男子が群がってくるだろうな」


 また4人の顔が赤くなる。瞳が俺の目を見ながら聞いてくる。


「でも、私のような一つ目は、魔族でも怖がる者や気味悪がる者がいるのです。まして人間だと……」

「その曇りなき眼で本心を見られると思ったからじゃないのかな?」


 俺は瞳の目を直視して半分茶化しながら答えると、瞳の顔がさらに赤くなる。


「でも、目が一つだと距離感つかめないってことないか?」

「ありますあります! よくご存じですね」


 瞳が嬉しそうに答える。


「お兄様ぁ。それってどういうことなのですかぁ?」


 俺は、アスタに片目を瞑って両腕を横に伸ばして、人差し指の先をつけられるかやらせてみた。結果は案の定空振りばかりであった。両目でやらせると必ずつけることができたので、アスタは不思議そうな顔をしていた。


「む、難しいのじゃ。瞳や、お主がよくあちこちにぶつかっているのはこの所為じゃの」


 フランもやっているが、全然できないようだ。


「そうかもしれません。ご迷惑をおかけしております」

「気にするな。しかし不思議じゃの」


 俺は、2つの目で対象を若干ずれた位置から見ることにより、脳が立体を認識できることを説明した。


「そういうことなのじゃの」

「お兄様ぁ。医学からみても面白そうですわぁ」


 あ、そうかアスタは医学の導師号持っているんだった。


「アスタ、俺の姉貴も医者だから、話が合うかもね。人間界で医学を勉強するのもいいかもしれない」

「お兄様。それいい案ですわぁ」

「人間界と異文化交流をするのもよいかもしれんの」


 フランもうなずく。


「姉貴も喜ぶかもね。お義父さんに感謝だわ」


 その頃パンデモニウムでは……


 へっくしょん!  


「あら、あなた。誰か噂をしているのかしら?」


 クシャミをしたルシファーをリリスが茶化す。


「あの五人じゃろうて……」


 ルシファーは鼻をすすりながら苦笑いをしていた。



「私たちは、ちょっと人間界は無理ですね」


 瞳と彩が悲しそうな顔をする。


「いや、仮初の姿で行けば大丈夫じゃろうて。妾も人間界では仮初の姿がばれなかったからの」

「私もですわぁ」


 フランがにやりと笑いながら二人に人間界に連れて行くという。


「それにの……妾と正宗の結婚式は人間界でも行うのじゃ。当然護衛も連れて行かなければならんからの。瞳よ彩よ、わかるな」


 フランの話を聞いた二人の顔がパッと明るくなる。


「「ありがとうございます!」」

「ねえ、彩っち、人間界の結婚式をみてみたいわね」

「そうそう! どんなのかしらね。ひとみんのお姉さんの結婚式この前出たじゃん。どう違うんだろうね」


 やはり二人とも女性だ。結婚式にあこがれるんだなぁ。あ、そうだ、この前フランとアスタに見せた結婚式の動画見せてあげよう!  


 タブレットに4人が食いつきました。大漁です。

 女三人姦しい。四人になると……女子トークは尽きません。

 気が付いたら……俺寝落ちしていました。

 ふと横を見ると、フランとアスタが両脇にいますわ。

 上半身を起こして……おい静まれ下半身。ふと見ると、二人の口元には血が……寝ている間に「はむっ、ちゅー」されたみたいです。

 瞳さんと彩さんは……あれ? 瞳さんが寝ているけど彩さんがいない。隣の部屋にほんのりと明かりがついているのがわかる。

 俺は三人を起こさないよう、そーっとベッドを降りて、隣の部屋に行く。

 彩さんが起きていた。


「彩さん。どうしたの? 寝ないの?」

「護衛ですから。二人とも寝てしまったら、護衛の意味がありませんので」


 彩さんはニコッと笑って答える。さすがは王族の護衛だわ。


「寝ないと美容に悪いよ」

「お心遣いありがとうございます。瞳とは四時間交替ですので、あと二時間で交替になります。どうぞお休みください」


 彩さんの仕事に邪魔にならないようお礼を言って自分の部屋に戻る。


 翌朝、朝風呂に入り食事を済ませるが、やはり俺たち以外誰もいなかった。

 こりゃ、貸し切りにしたな。

 お土産を買ったあと、チェックアウトの時に横にいた支配人にこそっと聞いてみたが、しれっと、「たまたま予約がなかった」そうな。

 本当かよ。

 ギルドカードで支払いを済ませる。やはり福利厚生施設だわ。これだけの部屋と人数で一人一万クレジットは安い!  

 しかも、彩さんと瞳さんの分は公務として処理されるらしく、代金には入っていなかった。


「ありがとうございました!」


 支配人とケモ耳メイドさんたちが列をつくって見送りをしてくれた。

 うーん、此処のホテルはキープだ。


 竜車でアスタの家経由でパンデモニウムに戻る。

 やはり、自分の家が一番だ。

 瞳さんと彩さんがフランと俺に敬礼をし、部屋を後にする。

 しまった、癖で答礼をしてしまった。

 二人共「え?」というような表情を一瞬見せたけど、さすがプロの護衛だわ。「判った」らしい。

 この仕事、独特のにおいがあるんだよな。


「フラン、お疲れね。いい温泉だったよ。ありがとう」

「楽しかったのじゃ。今度は八洲の温泉も頼むのじゃ」

「あいよ! あとさ、お土産お義父さんとお義母さんに持ってかないとね」

「そうじゃの。楽しんだからの。妾はこれを買ったのじゃ」


 俺は「名物卦茂耳温泉饅頭」、フランは……「白いニーソ」をい! なんだよそれ。俺も買ったらよかった。まあチョコレートケーキらしいのだが、白いニーソってどんなのよ。絶対にオタクが絡んでるだろ。


「あのさ、フランのお土産、秋葉原文化のにおいがプンプンするんだけど」

「狙ったのじゃ。早速父上たちのところへ行くのじゃ」


 ご両親とも喜んでくれました。どうやら最初に取り違えて持ってきたお土産で、どうやらスイッチが入ったのかもしれない。

 特にお義父さんは商業化に熱心らしく、この類の商品が欲しかったらしい。

 秋葉原文化が魔界を侵食し始めているようだ。


 ……本当にすみません。あんなもの魔界に持ち込んで本当にすみません!  


 俺とフランはディメンジョントランクを開き、荷物を整理し始める。

 あ、今回食事以外の写真ほとんど撮らなかったな。まあ風呂場で写真撮るわけにはいかないけど、景色をとってくればよかった。


「あ! しまったのじゃ」

「どうしたの?」


 フランのほうを向くと、ディメンジョントランクからスク水の湯あみ着一式が出てきていた。それも二人分。多分アスタのだな。


「持ってきちゃったの?」

「フロントに返しそびれてしもうたのじゃ。まだ濡れておるから、乾かして返すのじゃ」


 そういうとフランはホテルに電話をし始めた。

 さすがにホテルの備品だから、返さないとまずいだろう。だいたいパンデモニウムの中でこれ着るわけにはいかないだろうし。家族風呂でこれ着てきたらウケるけどね。


「返さなくてよいとのことじゃ。記念にもっていってくれと」


 卦茂耳温泉のホテル変なところで太っ腹だな。

 まあ、相手が王女様だから気を使ったのかもしれんが。

 ディメンジョントランクから出した洗濯物をフランの分と合わせてランドリーボックスに入れて、メイドさんに渡す。

 フランが何かにやにやしている。スク水セット一式、こっちでも使う気満々だな。見てわかるわ。

 さて、明日から学校だ。気分を切り替えて勉強モードだ。部屋に戻って明日の予習をしないとな。転移魔法で移動時間を稼げたので、まだ午前中だし。ああ、俺も転移魔法覚えないとな。フランに後で教えてもら……いや大学校で勉強しよう。いつまでもフランに頼っていてはいかんわ。


「フラン、部屋で予習してくるわ」

「うむ。妾も机の上に書類が山積みになっておるわ。まったく……かなわぬわ」


 フランが珍しくぼやく。

 どこの世界も、有給休暇の翌日の机は同じようなものなんだな。

 しかも王女の仕事には休みがないんだよなぁ。

 サラリーマンは社長がいいなぁと言うけれど、社長やるのもサラリーマンやるのも両方大変なんだよね。



〜〜〜あとがき〜〜〜

この度は沢山の作品の中から拙作をお読み下さりありがとうございました。

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