アームドアーマー温泉"アビスの湯"

ちびまるフォイ

第1話

「ここが噂のアームドアーマー温泉"アビスの湯"か」


突如できた温泉施設。

そこにあるのはたったひとつの温泉のみ。

しかもサイズは一般の温泉の半分もない。


けれど訪れる客は後をたたないという謎の人気施設だった。


「おや、あんたもアビスの湯に入るのかい」


「ええ、噂が本当なら」


「本物だよ。この温泉に使ったならかならずモテるよ」


「す、すごい……」


「といっても、効能は深層ほど濃く、上層ほど薄い。

 見たところお前さんみたいな一般人があがいても

 せいぜいが表層の部分で止まるだろうさ」


「甘く見てもらっては困りますよ番頭さん。

 これでも小さい頃は沖に出て素潜りしたものです」


「ふうん。それは楽しみだねぇ」


さっそく脱衣所で裸になって温泉へと向かう。

待っていたのは井戸のように四方が石で囲われた温泉。


除いてみてもにごった温泉のせいで何も見えない。


「いち、にの、さん!」


息を吸い込んで温泉へ飛び込んだ。

深く深く潜っていく。


が、なかなか進まない。


温泉が湧き水のように下から湧いている都合上、

温泉の流れは常に水面に向かって流れている。


逆流にあらがいながら潜水する必要がある。


「ぐ、ぐぼぼぼ……!」


さすがに息が限界。

それでもかなり潜ったほうだろうと、水面に浮上する。


「ぷはっ。はぁはぁ……だいぶ潜ったはず。

 これで温泉の効能が……」


「はっはっは。あの程度で潜った? 笑わせるね。

 あんたは効能ランク1の表層域を出ていないよ」


「ええ!? そんな!!」


「まあ、モテ効能として爪がちょっぴりキレイになっているだろうさ」


「変化がちっちぇえ!」


あれだけ自信満々に入ったのに効能はごくわずか。

もっともっと深く潜らなければモテない。


「いったいどうすれば……」


足に重りでもつけようかと思ったが、

今度は生身の体が水圧もとい温泉圧に耐えられないだろう。


では深く潜れて、水圧に耐えられるものはーー。


「アーマーだ。アーマーを身につければ良いんだよ!」


さっそく近所のコンビニでフルアーマーを買うことにした。

どこにでも置いてあるアーマーを見てみるが変化がわからない。


「店員さん。このアーマーですが、水圧どれくらいなら耐えられます?」


「ええ? いや、水圧はちょっと。

 このアーマーは防刃をメインとした運用ですから。

 なんで水圧なんて気にされるんです?」


「いや、アーマーを身に着けて温泉に入りたいなと」


「……は? 新しい葬儀のかたちですか?」


「とにかく、水圧に耐えられるアーマーがほしいんです!」


「それならいっそメーカーへ頼んでみては?

 あなたのご依頼はきっとオーダーメイドになるでしょうし」


「なるほど。たしかにその手がありますね」


コンビニを離れてアーマーメーカーに顔を出す。

事情を話すと全員が首をかしげた。


「話を整理すると……温泉に入るために、水圧に耐えられるアーマーがほしいと?」


「そういうことです」


「海とかではなく?」


「だから温泉だって言ってるでしょう!!」


「まあ、事情はわかりました。

 しかし、それなりの価格と時間はいただきますよ」


「かまいません。モテるようになれば、お金なんていくらでも作れますから」


設計段階から顔を出し、自分にぴったりのアーマー制作が始まった。

温泉の圧に耐えられる特注のアーマーができたときは嬉しかった。


「できましたよ。これが、対温泉型潜水式アーマー・VXです」


「かっこいい……!」


ギラギラと金属特有のにぶい光が輝いている。


「我が社の最新の技術をふんだんに盛り込んでいます。

 これならどんな温泉圧にも耐えられるでしょう」


「ありがとうございます! これでモテまくりです!!」


初回とは売って変わり、今度は準備万端。

温泉施設にアーマー着用で向かった。


「いらっしゃ……ってあんた誰だい!?」


「番頭さん、この顔をもうお忘れですか?」


「あ、あんたは……!」


「前の俺じゃないですよ。今度はこれを着て深く潜ってみせます」


アビスの湯には、自分だけでなくメーカーの人もやってきた。

性能テストも兼ねているのだろう。


「それじゃ、いってきます。

 いち、にの、さん!」


アーマーを着込んで温泉へダイブ。

鎧の重みで一気に深層へと引きずり込まれていく。


酸素ボンベなんかない。

ボンベを身につけると狭い温泉の入口に引っかかってしまう。


鎧着用の素潜りはまさに命がけだ。


そして、アーマーはやすやすと温泉圧を耐えて最下層へとたどり着く。


(ついに最下層。モテ効能が一番濃いはずだ)


すぐに浮上することはせずに、最下層で待機する。

十分に効能を浴びた後は帰り道のはじまり。


(いきなり全部パージしちゃうと温泉圧で即死する)


少しずつ浮上してはアーマーを解除し、浮上してはアーマーを外しを繰り返す。

行きはただまっすぐ落ちるだけに対し、

帰り道は何度もアーマーを外して浮上を繰り返すしんどさ。


細かく距離感や息の残量も意識していたつもりだったが、

半分をすぎたあたりで一気に苦しくなる。


「ごぼぼ!」


もうムリだ。

アーマーを全部パージして水面へと浮上する。


「ぶはぁあ!!」


水面に上がった時、周囲からは歓声があがった。


「いやあすごいよ」

「あそこまで潜ったのは君が初めてだ」

「よく息が続いたね、驚いたよ」


拍手と歓声に包まれる。


「本当にギリギリでした。

 もう少し浮上が遅れていたら息が続かずに死ぬところでした」


それでも最後まで諦めなかったのは、

モテたいという飽くなき欲望の力だった。


「で、どうです? 最深層の温泉まで潜ったんだ。

 モテ効能が出ているはずでしょう?」


最も濃い下層域にたどり着いたのだから、

モテまくってしかるべしだと思ったが……反応は薄かった。


温泉に潜る前と後でモテ度が変わらない。

そこに番頭がやってきた。


「ところで、ひとつ聞いてもいいかい?」


「なんですか」


「なんでアーマーを脱いだのさ」


「え? そりゃ着てたら浮上できないだろう?」


そう言いかけたときだった。

アビスの湯に来ていたメーカーの人は大きな磁石を温泉にかざした。


最下層に放置されたアーマーは磁石に吸い寄せられる。


自分が息も絶えだえに必死で浮上した道のりを、

ラクラク快適にアーマーは戻ってきてしまった。


着ていたアーマーが水面に浮上するや、

アビスの湯の近くにいた女性たちは目の色を変えてアーマーへと駆け寄る。


「ああ、アーマーさま! なんて雄々しいお姿!」


「この金属プレートがたくましくて素敵!!」


「鎧の隙間にある関節部がセクシーでたまらないわ!」



最下層の効能にこれでもかと当てられたアーマーは、

いまや究極のモテるアーマーとして語り継がれることとなった。

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