6:妹の部屋の『壁に耳あり』

「明後日、アグスティナ様がメンブラード王国のとある貴族とお食事会をなさると聞きました」


 数日後、朝の挨拶に来たバルタサルが、妹の予定の情報をくれた。


「ありがとうございます。彼女の言動に注意しておきましょう」


 幸いにも今日は、他貴族との交流の予定はないので、バルタサルの意向次第で予定はどうとでもなる。


「本日の予定は一日フリーで、お嬢様のお好きなようにお使いください。勉強したり、妖術を鍛えたり、何をなさっても構いません」

「承知いたしました」


 一日フリーだと言われても、私の家にはほぼ娯楽がない。あるとするならば、本を読むか、武術に励むかである。


 読書は前世から好きだった。千年生きても、まだ読み切れていない本がたくさんあったからだ。

 この国では知らないことばかりなので、より読書をする意欲が湧く。


 ということで、王立図書館で本を借りることにした。


 一応貴族の女性ではあるので、裁縫やダンスもできるようにならないといけない。


「まずは本から勉強してみよう」


 本を数冊借り、天気が良いので庭で本を読むことにした。


 しばらくしてちょうど集中力が途切れたころに、門の方からガラガラと何か物音が聞こえてきた。アグスティナの馬車のようだ。


「ありがとうですわ」


 アグスティナが馬車から降りてきた。どこかに行っていたのだろう。相変わらず家族がどこに行くというのは知らされない。これでいいのだろうか。


「ではまた明後日、お願いいたしますわ」

「はい、午前九時ごろお伺いいたします」


 なるほど。明後日は九時から行くのか。

 しかし、それ以上のことは何も会話がなかったので、情報を得ることはできなかった。






 夕食の時間になるまで少し暇があったので、妖術を鍛えることにした。


 ふと思い出した。「壁に耳あり」という妖術の存在を。

 簡単にいえば盗み聞きの妖術だ。しかし、私生活を脅かす妖術のため使用禁止とされていた。

 さらに盗み聞きしている間はずっと妖力を消費するため、使える妖怪は限られている。


 この国であれば、使用禁止の法など関係ない。問題は、それを使い続けられるほどの妖力があるかどうかだ。


「この時間なら妹も部屋で待機しているはず。やってみよう」


 私は手のひらを器のようにして、妖力でごく小さな羽虫のようなものを作る。

 部屋の窓を少し開けて、唱えた。


「壁に耳あり」


 フッと息を吹きかけると羽虫が飛んで行った。


『しん――――は、――が――の?』


 羽虫が周りの音を拾い、私の脳内に響いてくる。


 妖力の問題は心配なさそうだ。前世と同じくらいの感覚で使えている。

 妖術が使えるとわかってから、色々なところで妖術を使ってきたので、自然と妖力も増していたのかもしれない。


『明後日のお食事会の内容、少しは聞き出せたのかしら?』

『はい、どうもメンブラード家が絡むお話がなされるようでございます。かなりの大役を担うことになりそうです』

『オーホッホッホ! 大役! わたくしにぴったりのお言葉ですわ!』


 なるほど、そんな話が。

 高笑いだけは、妖術がなくとも壁をすり抜けて聞こえてきたが。


 このことは、バルタサルにこっそり報告しておいた。






 食事会の翌朝、私は同じ方法で盗み聞きを目論んだ。食事会で話されたであろう内容が一番聞けそうなタイミングだからだ。


 報告の手間を省くため、バルタサルに妖術をかけて、羽虫からの音が聞こえるようにしておく。


『――資金は潤沢、さらに王家負担で移り住める、統治領は今の倍。こんな良い条件ございませんよ、アグスティナ様』

『その通りでございますわ。わたくしの日頃の交流の成果ですの!』


 アグスティナの自信満々の声が、頭にキンキン響いてくる。

 ……ん? 今なんて言った? 王家負担で移り住むだって?


『いつ婚約破棄を実行するおつもりでしょうか』

『王太子殿下にとって一番損となる時が良いですわ。婚約当日の朝はいかがですの?』

『かしこまりました。そのようにお伝えしておきます』


 こ、婚約破棄だって⁉


『あ、もうすぐ朝食が運ばれてくるころ――』


 話題が変わったので、「壁に耳あり」をやめた。羽虫はその場でごく小さな煙となって消えているだろう。


 私とバルタサルとの間にはしばらく沈黙が流れた。絶句であった。

 情報が怒涛どとうの勢いで押し寄せてきて、何から言及すればよいのかわからない。


「つまりまとめると、アグスティナ様は、潤沢な資金と統治領欲しさに、お一人でメンブラード王国に移り住もうとなされており、さらに婚約破棄もなさると」


 さすがはバルタサル。要点をまとめるのが速い。


「おまとめ、ありがとうございます。それを聞いて思ったのですが、あまりにもおいしいお話すぎませんか?」


 アグスティナはまだ婚約前であり、普通の貴族である。そこまでメンブラードの王家が丁重にもてなす必要があるのだろうか。


「なにか裏があるように存じます」

「私もそう思います」


 バルタサルと意気投合した。


「そして、移り住むために婚約破棄となるならば、メンブラード王国にもうお相手がいらっしゃるということになります」


 言われてみれば確かにそうだ。


「……二股?」


 久しぶりに私の中の『女』が出て、言葉遣いがつい元に戻ってしまう。


「大罪では?」

「はい、浮気は懲役三十年でございます」

「すぐ出てくるのか」

「ビュー様の感覚で仰らないでください。出所は四十八歳でございますよ」

「若い」

「ビュー様は今人間なのですよ。妖術は使えておりますが」

「すみません、正気に戻ります」


 話が逸れてしまったので元に戻す。


「婚約破棄をするのが、婚約日の朝だと言っていましたよね」

「仰る通りでございます」

「婚約日は明後日では」

「そのようですね。…………あ」


 バルタサルが気づいたとおり、婚約日までに時間がないのだ。


 なんとかして本人に『だまされているかも』と伝えなければ。

 だが、未だにアグスティナには「記憶喪失の病が移る」と言って近づけさせてくれない。


「妹にどうしたら話しに行けますでしょうか」

「あいにくでございますが、わたくしの力をもってしても厳しいと存じます」

「本人に直接は、無しですね……」


 そうなると、周りから固めていくしかない。


「王太子! ……も厳しいですね。『畜生』は自分から遠ざけたいようですので」


 あと私が掛け合えそうなのは、一人だけだ。


「残るはシル殿下ですね」

わたくしもシル殿下しかいらっしゃらないと考えておりました」

「早急に殿下をお呼びしてください。なるべく早くお話し合いたいです」

「かしこまりました」


 なるべく早くといっても、連絡してからここに来てくれるまで、半日はかかるだろう。

 私は強大な気配に一人、おののいていた。

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