Life.1 嵐の転校生(11)《決戦! 絶花VSゼノヴィア(前)》

 壁際で集まる私たち三人。  

 対戦相手のゼノヴィア先輩たちも、反対側で防具をつけながら作戦会議をしている。


「試合……剣……斬り合い……普通……おっぱい……」

「しゅ、シュベちゃん! 絶花ちゃんの意識がまた飛んでるけど!?」

「頭に魔法かけてもダメっぽいっすね。おーい宮本さーん」


 二人の声が遠くに聞こえる。緊張もあるが虚無感の方が強い。


「もうすぐ試合だっていうのに、防具もつけられないってマズいっすよ」

「どこかにやる気MAXになりそうなスイッチない!?」

「機械じゃないんすから、人にスイッチなんてついて──あ」  


 ギャルの頭上に電球が光る。


「そういえば、おっぱいドラゴンの物語にはいたっすね」


 銀髪と碧眼が、こちらを覗き込むように近づいてくる。


「いきなりつつくのは気が引けるんで、挨拶代わりにまずは一揉みしてみますか」


 そう言うと、シュベルトさんの両指がしなやかに曲がった。  

 彼女の指が、服の上から大胆に私のおっぱいを揉んで──


「お……」

「「目覚めた!?」」

「おっぱ、ぱぱぱ、おっぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」

「「目覚め……た?」」


 傷口に塩を塗られたような、弱り目に祟り目にあったような。  

 ぞわぞわと全身の身の毛がよだつような感覚が走る。


「っう、私は一体……」

「目覚めた! ね! やる気MAXスイッチあったでしょ!?」

「人の身体って不思議っすねぇ」


 スイッチ? MAXって? 私のテンションは死にかけですけど?


「絶花ちゃん、もうすぐ試合始まるよ!」

「あ、はい、分かってます、よ?」

「まだ気絶ボケしてるっすね。ほらバンザイして。防具着せてあげるっすから」


 シュベルトさんは私のブレザーだけを脱がし、手際よく防具を着けてくれる。  アヴィ先輩は、手に山盛りの竹刀を抱えて持ってきてくれた。


「使うのは一本だけっすよー?」

「甘いねシュベちゃん! こういうのはあればあるほど嬉しいものだよ!」


 そんなお金みたいに言われても困ります。


「──いいっすか宮本さん、これは手合わせとはいえ勝負です」


 防具装着、竹刀一振り装備、私たちは頭を突き合わせ作戦を編んでいた。  

 といっても、基本的に喋ってるのは私以外の二人だけど。


「そしてゼノヴィア先輩の実力は本物。リアルに考えたら僕らの敗北は確定してます」


 いきなりズシンと来るアドバイスである。


「宮本さんがビギナーだってことは、部長さんに聞きました」


 その上で勝ち筋があるとすれば、と結論を出す。


「それは逃げと防御に徹すること。ひたすら我慢して隙ができるのを待ちます」

「でも絶花ちゃんのパワーもすごいんだよ? ここぞという時のあの勝負強さ!」

「宮本さんの腕力は知らないっすけど、あの人の剣は力の剣です。先輩として手心は加えてくれるでしょうけど、正面からやり合ったところでガチ勝算ないですよ」


 シュベルトさんはテキトーなようで、とてもロジカルに事を説明する。  

 しばらくすると先生から集合を告げられ、二人が勢いよく私の背を押した。


「とにかく気合い! でも無理はしないでね!」

「死なない程度の怪我なら後で診てあげるっすよー」


 結局は戦うことになってしまうのか。どん底の気分で道場の中心へと向かう。


「二刀流……?」


 既にゼノヴィア先輩は仁王立ちで待っていた。

しかし目を見張るのは、彼女が両手に備えた二本の竹刀である。  

 なんで、どうして、そんな疑問など知らない先生が口を開く。


「試合時間は無制限、先に一本取った方を勝ちとしよう」


 仕切り直しはなし、ひたすら戦い抜くオリジナルルールである。


「よろしく頼む。良い試合にしよう」

「あ、よろしくお願いします……」


 礼儀正しい先輩に合わせ握手をする。とても力強い手だった。


「──では両人、構えて」


 落ち着け。戦うことになったとはいえあくまで手合わせ。殺し合いではないのだ。

 全力を出す必要もない。シュベルトさんが言った通り手加減もしてくれるはず。


「────試合、始め!」


 ついに下される開始の合図。まずは相手の出方を窺おうと中段で構える。


「……いない?」


 しかし開始と同時、ゼノヴィア先輩の姿が消えてしまう。


「──絶花ちゃん! 下っ!」


 後ろでアヴィ先輩が叫んだ。

 視線を下方へ、そこには深く沈み込み、抜刀のモーションにある先輩がいた。


(い、いきなり正面突破!?)


 反応が遅れながらも、なんとか初撃を回避する。  

 空を切った竹刀が、耳元で激しい風斬り音を立てた。


「よく避けた! だが──!」


 ゼノヴィア先輩は、もう一方に持っていた竹刀を振るう。


「っ!?」


 顔面へ一直線。気づいた時には、正面から竹刀で受け止めてしまった。

 しかし衝撃を吸収することはできず、私はそのまま後方へ吹き飛ばされてしまう。


(なんてスピード、なんて威力……! これで手加減してるの……!?)


 床に何度か転がりながら、力の剣と呼ばれていることを理解する。


「良い目を持っている。あの初手に反応されるとは」


 眼上にそびえるは二刀流の剣士、彼女は素直に感心しているようだった。


「素直に……感心……?」


 心の片隅に火がついたような感覚。この私が他の二刀流に案じられたという悔しさ。


(──ダメだ。落ち着くんだ。数えろ、おっぱいが二つおっぱいが四つ……)


 自分の目的を思い出せ。こんなところで熱くなってどうすると自制をかける。


「さて」


 なんとか上体を起こした私に、先輩は闘志を宿して構えを取る。


「キミはどこまで付いてこられるかな?」


 再びゼノヴィア先輩の姿が消える。

 否、消えたわけではない、それはあくまで足が速いというだけのことだ。


「右……!?」


 次第に研ぎ澄まされていく感覚器官、視界の端にブルーの閃きが映る。


「これも見切るか!」


 猛烈な勢いで繰り出されてくる二刀の嵐、それをなんとか受け流し躱していく。


「まるで風だな!」


 しかし完璧に避けることはできず、次第に細かく傷を負うようになっていった。

 一本は取られていないにしろ、展開的には防戦一方と言える。


「──絶花ちゃん! 前に出て!」

「──無茶言わないでください、素人なら十分やれてる方っすよッ」


 二人の檄が飛び交うが、それよりも相手の剣の勢いが激しすぎる。


「──い、イリナさん。少しやりすぎていませんか?」

「──ゼノヴィアったら、なんか熱くなってきてるわね」


 だがようやく僅かな隙があっても、戦いを避けたいというブレーキが剣を鈍らせる。


「……今、見逃された……!?」


 そんなことが続くと、さすがにゼノヴィア先輩も違和感を持つ。

 いつまでもカウンターが来ないことに困惑しつつも、勢いを緩めずに迫ってくる。


「これまで何度も狙えたはず! なぜ突かないんだ!?」

「っ……」

「さっきから守ってばかり! それでは私に何も届かないぞ!」


 彼女の右手に強い気が集まる。


「剣士ならば、攻めてみろ!」


 この戦いの中でも、最も速く重たい一撃が襲いかかる。

 避けることが間に合わず、またも真正面から剣で受け止めてしまう。


「っ──!?」


 最初と同じ展開。私は勢いよく後方へとなぎ倒されていく。


「……っは……はぁ……はぁ……」


 手元に視線を移すと、私の竹刀は折れていた。

 また何度も転がったせいだろう、頭部を覆う面も外れてしまっている。


「絶花ちゃん!」


 近くで見守っていたアヴィ先輩が、おもわず傍へ駆け寄って来てしまう。


「──どうして頑なに攻撃をしない? キミには見えているんだろう?」


 膝をついて視線を落としたままの私に、目の前の剣士は鋭く指摘をする。


「ゼノヴィア先輩、絶花ちゃんは……」

「すまないが、私は彼女と話さなくてはいけない」


 先輩は少しだけ語気を強めて言う。


「確かにこれは殺し合いではない。それでもやる気がなくては意味がない」


 力不足だとか、手加減だとか、そういう次元の話ではない。

 相対するこの人は見抜いている──私がまともに勝負をするつもりがないことを。


「本当に、このまま棄権するのか?」


 きっと真っ直ぐな人なんだろう、私のためなんかに怒ってくれている。


(でも、しょうがないじゃん、だって私、普通になりたいんだもん)


 もともとオカ剣に入部するつもりもなかった。


(これも、周りに流されて、やるしかなかっただけで)


 この戦いに本気になって、もし勝ったとして、それにどんな意味があるって──


「私はかつて、ひとりぼっちの剣士だった」


 すると私の想いを読んだように、ゼノヴィア先輩がポツリとそう漏らした。


「剣しか取り柄のない人間だ。教会の戦士として上が命じるままに戦っていたよ」


 彼女はおもむろに紫藤先輩とアーシア先輩を見つめた。


「けれど大切な友達ができたんだ。私はそんな皆を守りたいし期待にも応えたい」


 きっと、それが彼女の戦う理由なのだろうと感じた。


「……ゼノヴィア先輩には、大事な人がいるんですね」


 羨ましい限りだ、だけど、私には、そんな人──


「キミにだって、いるじゃないか」


 先輩の視線が、私の身体を支えようとしてくれている少女へと移る。


「アヴィ・アモンは、キミのことを大切に思っている」

「私の、ことを……?」

「そうでなければ、震えながら私の前に立つものか」


 初めて傍にいたアヴィ先輩のことを見る。  彼女はまるで私を守るように、ゼノヴィア先輩の前に立っていた。


「アヴィ、先輩……」


 この光景を見たのは今だけじゃない。


 ──困っている人を助けるのに理由なんかいらないよ!


 彼女は出会った時から、見ず知らずの私のために、生徒会にも立ち向かおうとした。


 ──絶花ちゃんの剣が、あたしには必要なんだ!


 そして、こんな臆病な私を、仲間に誘ってくれたのだった。


「キミは立ち上がるべきだ、彼女の想いに応えるべきだ」


 ゼノヴィア先輩の声が情を帯びる。


「私に難しいことは分からないし、正直分かるつもりもあまりない」


 それでも、と彼女は締める。


「大切な人がいて、目の前に相手がいる──剣士が戦う理由などそれで十分だろう!」


 小細工のない愚直すぎる言葉、だからこそ私の心は突き刺される。

 そして穿たれた胸の奥からは、なにか熱いものが溢れて私を満たしていく。


「ぜ、絶花ちゃん? 無理に立つと……」

「ごめんなさいアヴィ先輩、私、やっぱりまだ、戦わなくちゃいけません」


 自分の中にあった鎖が少しずつ外れていく。

 試合が始まる前、アヴィ先輩がたくさん持ってきた竹刀の山。

 私はそこから二本拾って、ゆっくりと彼女が待つ戦場へ向かおうとする。


「み、宮本さん! 頭に防具をつけるの忘れてるっすよ!」

「必要、ないです」


 もはや逃げ回る必要はない。そもそもあったところで無駄になってしまう。


「アヴィ先輩、私、なにも分かっていませんでした」

「絶花ちゃん……」

「もう遅いかもしれない。それでも見ていてくれたら嬉しいです」


 それだけ言い残すと、両手に竹刀を構え、目の前の剣士と相対する。


「ゼノヴィア先輩、ありがとうございました」

「私は思うがままに言っただけ、感謝されるようなことはしていないさ」


 気にするなと彼女は肩を揺らす。


「ここからは、本気で行きますよ」

「ああ! どんと来い! 全力で受け止めよう!」


 私たちの視線が、ようやく真っ直ぐにぶつかった。

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