Life.1 嵐の転校生(10)《アーシア「びちゃびちゃですぅ……!」》

 レーティングゲームには様々な種目があるという。

 話し合いにより、今回はこの場所、旧武道棟にちなみ『武道』となった。


(まずい、まずいまずいまずい、よりにもよって武道なんて──!)


 剣や徒手での勝負になる可能性は高い。それは今の私が最もやってはいけないことだ。


「そ、そういえば、審判がいないですね」


 アーシア先輩が思い出したように指摘する。


「確かに、自分たちで勝敗を見極めるというのもね」


 ゼノヴィア先輩は公正性が云々と悩んでいる。


「じゃあ一度オカ研に戻って、手の空いている人を呼ん──」

「シドーぱいせんは、しばらく黙っててほしいっす」

「なんで!? というか言い方! 一応年上なんだからね私!?」


 紫藤先輩はショックという反応だが、シュベルトさんは構わず飄々としている。

 できれば、このまま中止の流れに持っていきたいところだが……。


「──なんだか面白そうなことしてるねぇ」


 ……はい、やっぱりこうなる。また入口から耳慣れぬ声がしました。


「あ、先生!」

「ちゃお、元気だったかいアヴィ」


 アヴィ先輩が嬉びのあまり、腕が取れそうなぐらい激しく手を振っている。


(先生──そうか、この人が神器セイクリッド・ギアの研究をしているっていう──)


 一体どんな人なのか、もう驚くことはないだろうと声の方へ視線を移すが。


(で、でで、ででで、でっかい……!)


 彼女のおっぱいに度肝を抜かれてしまう。


「目が……目が潰れる……拒絶反応が……」


 メロン、スイカ、いやそんな生やさしい表現では足りない。


「あれは全てを吹き飛ばす爆弾……名付けるなら破壊兵器OPI……」

「さっきからなに言ってんすか宮本さん?」


 先生は紫の髪をかき上げ、私たちの方へ歩んでくる。


「おや。キミは……」


 まさにクールビューティー、眼鏡の奥にある知的な瞳が私を捕まえる。


「み、宮本ですが、なにか?」

「わお。いきなりのご挨拶だね」


 先生は切れ長の眼を、少しだけ緩ませる。


「アタシはオカ剣のなんちゃって顧問──ベネムネだよ」


 なら真面目な顧問ではないのかとか、やっぱりオカ剣って問題ある部なんだなとか、そんな疑問が吹き飛ぶほど──私はその名を聞いて愕然としてしまう。


「ベネ胸!?」

「ベネムネだ」

「胸……おっぱい……つまりムネ先生……」

「あらら、聞こえちゃいない、こりゃおっぱいにしか目が行ってないね」


 彼女は愉快そうに肩を竦ませると先輩方へと視線を移す。


「こちらもはじめましてだね、オカ研の三人組トリオさん」

「あなたがベネムネ教諭だったか、うちの顧問から以前よりお名前だけは伺っていた」


 ゼノヴィア先輩たちとも挨拶をすると、先生は事の流れを確認するのだった。


「──いよ、アタシが審判やったげる」


 ムネ先生……じゃなくてベネムネ先生は、ラフな口調で了承してしまう。

 かなりクールな見た目をしているが、実際は気さくで姉御肌な印象を受ける。


「でも種目が武道だからって、ただチャンバラするんじゃ面白くないさね」

「「「「「「?????」」」」」」

「どうせやるんだったら、やっぱり楽しくないと」


 ベネムネ先生の言葉の意味は、本番になって初めて分かることになる。


「──第一試合、先鋒戦のテーマは『準備体操』」


 出場したのはシュベルトさんと紫藤先輩。

 二人は道場の中心で組み合っている、といっても武術的な意味ではない。


「そんなもんすか?」「ぐぬ、っこの……!」


 手足が、身体が、顔が複雑に絡み合う、あえて言うなら泥沼の試合だ。


「なんでツイスターゲーム……?」


 先生からはパーティーゲームの一種だと説明を受けた。

 しかし二人の女性が組んずほぐれつ、これのどこに準備体操の要素があるのか。


「ツイスターの道具を残していて正解だった。前はアーシアがうさ耳コスでやって……」

「はぅぅ、言わないでください!」


 ゼノヴィア先輩とアーシア先輩は平常運転。なんなら思い出話で盛り上がっている。


(どうして!? 学校でこのツイスターゲームっていうのおかしくないですか!?)


 誰もツッコミを入れないことが不思議でたまらない。

 そんな私の疑問を察したのか、近くにいた先生が解説をする。


「武道において準備は欠かせない。安全のため身体をほぐしておくことは特に重要だよ」


 それはもっともである。否定する余地はない。


「その上で楽しくやれたら上々、だからこのゲーム形式にしたのさ」


 なるほど。ふざけているようで意外に考えられているのだなと感心する。


「それに……若い女の子が組んずほぐれつって……くく、最高じゃないか……」


 数瞬だが先生が邪悪にニヤついた。そして私だけがそれを目撃する。


(ち、違う、本当はこの人、私利私欲でツイスターを!?)


 僅かとはいえ見せた天聖と似たスケベな言動。

 私の直感が、彼女は要注意だと警鐘を鳴らす。


「なん、っで、そんな柔らかいのよ……!」

「先輩の胸も柔らかいっすよ?」

「わ、私が言ってるのは身体の話で……ちょ、どこ触って……!」

「あー、不可抗力っすー、重力か何かが働いてー」


 そう言いつつも、シュベルトさんは先輩の逃げ道をなくすように動く。

 驚くべきはその圧倒的な柔軟性、人の可動域を限界領域まで使えている。


(すごい、けど……目のやり場が……)


 対する紫藤先輩はブリッジ体勢になっている。なぜそうなった。


(けど、なんて張りの良いおっぱい……天を向いてなお形が崩れない……!)


 サイズ感はゼノヴィア先輩ほどではないが、見えない基礎がしっかりしているのだ。

 柔軟性のシュベルトライテ、弾力性の紫藤イリナ、すさまじい対決である。


「後輩に、負ける、わけには──」

「甘いっすよ──」


 紫藤先輩も負けじと動くが、シュベルトさんがその一歩先を行く。


「あ、あなた、そこは触っ──っきゃ!」


 シュベルトさんの手が、移動する途中で紫藤先輩の胸を掠める。

 彼女はぶるっと身体を震わせ、甲高い声を上げて体勢を崩してしまう。


「う、うぅ……もうお嫁に行けない……」


 仰向けのまま顔を両手で隠す先輩。いやお嫁に行けないことはないでしょう。


「すんません、僕これでも天才らしいんで」

「謙遜してるのか馬鹿にしてるのかどっちなのよ!」

「もち先輩にはリスペクトしかないっすよ。なにせ相手は天界のエースですから」

「あなた……」

「ただツイスターについては、エースどころか補欠級っすけど」

「やっぱり馬鹿にしてるじゃない!」


 なんやかんやと意外に楽しそうな二人である。正直少し羨ましい。


「勝者、『オカ剣』シュベルトライテ!」

「ま、順当っすね」


 そうして高らかに宣言する先生、これでまずは一勝である。


「──それでは中堅戦、テーマは『礼儀作法』!」


 しかし先から変わったお題ばかりである。


「武道において礼儀作法は大事、うん、本当に大事なんだよ、これは間違いない」


 口振りがどうにも嘘くさいが、剣での試合がないのはありがたい。


「私もこのあたりで……」

「待って絶花ちゃん!」


 前に出ようとする私をアヴィ先輩が制止する。


「ここはあたしが出る!」

「い、いやぁ、私が出た方が……次は大将戦ですし……」

「これでも約三年この道場ですごしたんだよ? 礼儀作法もバッチリ!」


 勝率がより高い方が出た方がいいと言う。私も道場育ちだが今さら言えない。


「絶花ちゃんは武道について初心者だし、礼儀作法なら経験年数的にあたしが適任だよ」

「ま、部長さんでいいんじゃないっすか?」


 というわけで、第二試合が開始してしまう。

 こちらからはアヴィ先輩、相手はアーシア先輩である。

 そして肝心の礼儀作法の内容はと言うと……。


「──どうぞ」


 正座したアーシア先輩が椀を差し出す。


「……なぜ茶道?」


 もう武道じゃない! 完全に道が違う!

 しかも畳や茶道具まで用意して、とりあえず受け取って飲むけれど……。


「茶道には、日本伝統の礼儀作法が凝縮されているのさ」


 ずずっと啜る先生である。確かに礼儀作法の極みみたいな文化だけどさ。


「……あと金髪美少女が淹れたお茶って……くくく……」


 お聞きになっただろうか今のセリフ。


(この人! やっぱり私利私欲だ! いかがわしいことしか考えてない!)


 疑念が確信に変わる。一度釘を刺しておいた方がこの後のためだろうか。


「あの、お口に合いませんでしたか……?」


 きっと考え込んだせいだ。心配そうにアーシア先輩が覗き込んでくる。


「なんだか、怖い表情をされていたので」

「えっと、元々こういう凶悪な顔なので、お茶、す……すごく美味しかったです」


 今日ほどこの人相で良かったことはない。結構なお点前でしたと頭を下げる。


「良かったです。お口に合ったようで安心しました」


 ニコッと笑うアーシア先輩。なんだか照れてしまって目が合わせられない。


「……ふぅ、朱乃さんに教わっていて助かりましたぁ」


 安堵の溜息をつくその姿すら絵になるほど可愛い。

 できることなら、そのままおっぱいも成長しないでほしいものだ。

 アーシア先輩が終わると選手交代、道具等を一度リセットしてから、満を持して我らがアヴィ先輩の出陣なのだが──


「わ、わわ、わ!」


 始まって早々に慌ただしい。とにかく手つきが危なっかしいのだ。

 しかも挙げ句の果てには、開始して数秒で沸かす前の水をこぼしてしまい。


「きゃあ!?」


 ……アーシア先輩にぶっかけた。


「びちゃびちゃですぅ……!」

「さすがアヴィ! それでこそアタシの弟子!」


 怒るどころか絶賛している先生。勝手に写真撮ってるし。


(……私は一体なにを見させられてるんだろう?)


 カオス極まりない光景に困惑するしかない。


「勝者、『オカ研』アーシア・アルジェント!」

「や、やりました!」


 最後に先生が勝敗を下すが、まぁ文句のつけようのない決着である。


「っく! ごめんみんな!」


 床を拳で叩くアヴィ先輩。この人とてふざけていたわけではないのだ。


(……けど、この流れはありがたいかも)


 一勝一敗と逼迫しているが、勝負の内容自体は遊びがほとんど。

 ここまでツイスターにお茶と、武道に関係ありそうで微妙なものが連続した。

 多少は恥をかくかもしれないが、剣でやり合うよりはよっぽどマシだ。


「さて大将戦だけど、お題は『剣術』だよ」


 ……剣術? あれ? 私の聞き間違いかな?


「小難しいルールはこの際なし。先に一本を取った方が勝ちとしよう」


 しかし私の期待を裏切るように、先生は得意げな表情で告げる。


「最後の最後は王道に、やっぱり剣で決めないといけないだろう──?」

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