Life.1 嵐の転校生(6)《落ちこむときは、おっぱいを数えるんだ》

 結果として、先日は皆を怖がらせるような登場の仕方をしてしまった。


(上手くいったと思ったのに……)


 一体何を間違えたのか、自らのふがいなさにのたうち回りたくなる。


(冷静になれ。こういう時はおっぱいを数えるんだ)


 嫌いなもの、恨めしいものを思い出し、昂ぶりそうな気持ちを落ち着かせる。


「おっぱいが二つ、おっぱいが四つ、おっぱいが六つ……」


 自分の席でひたすら念仏のように唱える。


「──また宮本さんがブツブツ言ってるよ」


 目をつぶっているとクラスメイトの会話も聞こえてくる。


「まさか次の標的を考えてるとか」「やっぱ生徒会長?」「さすがの裏番長様でも無謀だろ」「副会長が初めて特例出したって話だよ」「でも雰囲気かっこいいよね、特に顔がいい!」「アウトローな俺様系イケメンって感じ?」「相手は女よ、あんたら正気に……」


 そうこうしている内にホームルームも終わり放課後となる。

 相変わらず話しかけるのも難しい状況で、このまま大人しく帰ろうと席を立つ。


「「「「「──た、立ち上がった!」」」」」


 クラスメイト全員が息を呑んだのが伝わってくる。


(私って四足歩行の動物か何かと勘違いされてる……?)


 どうしようもないと目線を下げ、無言かつ足早に教室を去った。


「どこに行ってもひとりぼっち、か」


 靴を履き替えながら小さく呟く。

 天聖は私の忠告を守り、ずっと沈黙をしている。

 それなのに事態が上手くいかないのは、やはり私の考えや行動が甘いからだろう。


「──もっと目立たないようにしないと」


 高等部は穏やかそうだったのに、学部が変わるだけでこうも学園の雰囲気が違うなんて。

 いくら血の気の多そうな中等部とはいえ、あの朝の件は少しやりすぎたのかもしれない。


「普通……普通……私は普通……」


 改めて気合いを入れ直す。噂が落ち着くまで言動は自重しよう。


「よし! しばらくは静かにすごし──」

「見つけたぁ! おーい! こっちこっちー! あたしが来たよー!」


 いきなり騒がしい声がする。なに私には関係のないことだ。


「絶花ちゃん絶花ちゃん絶花ちゃぁぁぁん!」


 ……いや関係はあったらしい。

 玄関口を出たところ、遠くから全速力で向かってくる人物がいる。


「アヴィ、先輩……?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお」

「アヴィ先輩?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「アヴィ先輩!?」


 しかしまったく止まる気配がない。

 勢いよく私の前を通り過ぎていき、そのまま近くにあった壁へと激突した。


「な、何してるんですか……?」

たすふぁふけてへて


 黙って見ているわけにもいかず、壁にめり込んだ先輩を引っ張り出す。


「っぷは、ありがと、足のブレーキちょっと調子悪くてさ」

「先輩の身体は車か何かですか……」

「あはは! だとすれば燃料は心かな! 永久機関アヴィの誕生だね!」


 ダメだ。ぶつかったショックでおかしくなったのかもしれない。


「それで、何かご用件でも……」


 すると待ってましたとばかりに、彼女が私の両肩をガシッと掴む。


「勧誘に来たんだ!」

「勧誘?」

「絶花ちゃん、もう入る部活って決めた?」

「いえ特には……」

「よかった! ならさ──」


 アヴィ先輩は満開の笑みで言葉を発す。


「あたしと、最強の剣士を目指さない!?」


 ……最強の、剣士?


「最強の仲間を探してるんだ!」


 ……最強の、仲間?


 いきなりすぎて意味が分からない。いきなりじゃなくても分からないだろうけど。


「あの時の絶花ちゃんを見てビビッと来たんだよ!」


 彼女は興奮した様子で、私の肩を激しく揺らす。


「薙刀持てるぐらい筋力あるし、センスもありそうだし、なによりガッツがあった!」


 あまりの声量の大きさに、周りも足を止めてこちらを見ている。

 しかしこの人はそんなこと気にしない。


「──絶花ちゃんの剣が、あたしには必要なんだ!」


 一瞬ドキンとしてしまうような台詞だった。

 情けない話、さっきの決意が僅かに揺らぐほどに。


「あ、まず剣を使った経験ってあるかな? たとえば前の学校で剣道部だったとか!」

「剣道部には、入ってないですけど」

「未経験か! でもうちは剣術初心者でも大歓迎だからさ! 下手くそでも安心して!」

「剣術、初心者……下手くそ……?」


 改めて自分が言われていると思うと、つい同じ言葉を繰り返してしまう。

 詳しいことは不明だけど、私のポテンシャルを買ってくれているらしい。


「な、なんだか話が進んでますけど、そもそも私は剣なんか──」


 最強の剣士とは私が決別したものである。

 それにもう目立つことはしないと意識し直したばかりだ。


「とりあえずは見学からだね!」

「だから、急にそんなこと言われても困るというか」

「え、もしかして放課後予定あるの? さっそくお友達とお出かけとか?」

「…………それはないです」

「なら決まりだね!」


 アヴィ先輩が私の手を強く握った。そしてそのまま猛ダッシュに入る。


「え、いや、あの、待っ────!」

「いざ行こう、我らが部へ!」


 そうして私は強制連行されてしまったのだった。

 もちろん止まることができず、一緒に壁へとめり込んだのは言うまでもない。




 ──中等部校舎から徒歩で五分ほど。猛ダッシュなら一分もかからない。

 連れていかれた先は、これまた森の中にある一棟の古い建物だった。


「小さい、体育館?」

「ここは旧武道棟だよ」

「……武道?」

「むかーし、うちの剣道部が使ってた場所らしいんだ」


 その口振りだと先輩は剣道部ではないのだろうか?

 土足禁止らしく、靴を脱いでから中に入ることになる。


「──わ」


 つい声を漏らしてしまう。

 使い込まれた木床、白塗りの壁、ひんやりと冷たいこの空気。

 実家にあった道場とすごく似ている。なんだかとても懐かしい気持ちになった。


「外見はあれだけど、中はけっこう綺麗でしょ!」

「はい、大切にされていることが伝わってきます」


 床に触れると、先人たちの剣捌き、足運びが聞こえてくるようだ。


「アヴィ先輩が手入れを?」

「ときどき先生も手伝ってくれるよ。今日は会合ないっていうから後で来ると思う」

「会合……顧問の方はお忙しい人なんですか……?」

「学園では図書室の司書。けど神器セイクリッド・ギアの研究とかもしててそっちが特に大変みたい」


 待った。今とんでもない発言がなかっただろうか。


「さてと、それじゃ絶花ちゃんを驚かせようかな」


 もう既に驚いています! まさかこんなにすぐ手がかりが見つかるなんて!


「とくとご覧あれ!」


 アヴィ先輩が指を鳴らす。すると四方を囲う壁がグルリと回る。

 回転扉と同じ造りだろう、おそらく異空間に隠されていたものが姿を現した。


「これは……!」


 新たな壁面に掛けられていたのは無数の刀剣だった。

 分厚いガラスケースに覆われたそれは、優に百を下らない数がある。


「しかも、ただの武器じゃない」

「さすが絶花ちゃん! お目が高いね! いよっ、日本一のダイヤモンドヘッド!」

「どこかの観光地みたいに言わないでください……」


 見る目があると褒めてくれるが、明らかに禍々しい形のものが何本もあるのだ。


「妖刀、魔剣、人工神器セイクリッド・ギア、ここには古今東西ありとあらゆる刀剣が揃ってるんだよ」


 地下の倉庫には、顧問の所有物だという剣術関係の書物もあるという。


「この場所は、何なんですか……?」


 部屋の雰囲気を懐かしいと言ったが、とても普通の道場とは考えられない。

 いつしか私は興味をもって訊いてしまっていた。


「表の活動としては、世界中にある、曰く付きの刀剣を研究する部だね」


 ならば裏はなんなのだ。先輩はたっぷりと溜めてから言い放つ。


「ここは最上の武器を探し、最高の剣術を育み、そして最強の剣士を目指す場所」


 私からの質問に、アヴィ先輩は胸を張って応える。


「オカルト剣究部、人呼んで『オカ剣』だよ!」


 神器セイクリッド・ギア研究をしている者がいると手がかりは掴んだ。

 だけど、どうやら私は魔境の奥地に来てしまったようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る