Life.1 嵐の転校生(4)《いきなり戦!?  VS生徒会》

 駆けろ。全力で走るんだ。一秒でも早く目的地へ向かえ。


「……あ、あった……あれが中等部……!」


 リアス先輩に言われたとおり、少し走ると中等部の校舎が見えてきた。

 校門を通り過ぎると、残すは長い直線だけ、このまま行けばなんとか間にあ……。


「──遅刻だよぉぉぉ!」


 しかし道脇の木々から、突如として何かが飛び出してくる。

 季節外れの桜が咲いたと錯覚するような、鮮やかなピンクの髪。

 私の目の前に、その人はいきなり現れた。


「「え!?」」


 まさか人とぶつかるなんて想像していなかったと、お互いの声が重なる。

 数秒後、ゴチンという鈍い音がこだました。


(受け身は取った! 肉体へのダメージもない! でも──)


 衝突の勢いはすさまじく、私はともかく相手が無事だとは到底思えない。

 身体を飛び上がらせると、すぐに安否確認に走る。


「び、びび、びっくりしたぁ!」


 しかし驚くべき事態というか、少女は完璧に受け身を取っていた。

 随分と小柄、身体も細い、しかし今の衝撃を完全に殺しきっている。


「……大丈夫、ですか?」


 恐る恐る手を差し伸べると、少女はがっしりとそれを掴んで立ち上がる。


(この手……剣士の手だ……)


 相手のグローブ越しでも分かる。彼女は相当に鍛え込んでいる人だ。


「ありがと! そっちは大丈夫!?」

「わ、私も問題なく……」

「なら良かった! でもあたしの石頭に耐えるなんてダイヤモンド級だね!」


 それは褒められているのだろうか。あるいは頭の硬度をイジられているのか。

 満天の笑顔とサムズアップを見るに、たぶん前者だろうけど。


「ごめんねー。なにせ点数ギリギリで焦っててさー」

「こちらこそ、前方不注意でした……」


 お互いに石とダイヤモンドだという頭を下げ、それから彼女は声高に名乗った。


「あたしはアヴィ! 好きな言葉は元気と根気とやる気! よろしくね!」

「み、宮本絶花です」


 ふと相手の胸元を見ると赤いリボンをしていた。


(小さいおっぱい、なんて落ち着く……じゃなくて!)


 注目すべきはその色だ、今さらながら相手は年上だったと知る。


「見ない顔だけど、もしかしてこの学園には来たばかり?」


 きっと交友関係が広いのだろう、私に部外者の匂いを感じ取ったのかもしれない。


「今日、転校してきました」

「転校生!? 初登校!? それで遅刻ギリって最高に熱いじゃん!」


 豪快に笑うアヴィ先輩。

 ストレートな物言いだが、悪意がまったくないので反応に困る。


「あの、アヴィ先輩は、どうしてあんな所から飛びだ──」

「あたしは……って、ああああああああああああああああ!」


 しかし少女は何か思いだしたように突然叫ぶ。どの言葉も元気いっぱいだ。


「こんなところで喋ってる場合じゃないよ!」


 その人は私の鞄と、それから自分の鞄を拾い、慌てた様子で渡してくる。


「お話はまた今度! 今は早く行かないと!」

「あ、遅刻、しますもんね」

「それもあるけど、連中がもうすぐ追いついてくるから!」

「連中……?」


 彼女が答える間もなく、その意味はすぐ明らかになる。


「──見つけたぜ、問題児!」


 先ほどの木々の隙間から、新しい女の子が怒号と共に飛び出してくる。

 短身で乱雑なポニーテール、家紋の入った鞘袋を背負い、腕には腕章をしていた。


「っげ、もう追いついたの!? 早いよミーナちゃん!」

「ミーナちゃんって呼ぶな! 俺の名前はみなもとだ!」


 そして木立からは続々と他生徒も現れ、しかも全員が同じような腕章をしている。

 彼らは源という人を先頭に、まるで訓練された軍隊のように並ぶ。


「今日こそ生活指導室にぶちこんでやるよ!」


 かなり威勢が良く、ギラついた目でこちらを睨み付ける。


「あ、アヴィ先輩、どうするんですか」

「そんなの決まってるでしょー」


 短い一拍を挟み、アヴィ先輩と源という人は同時に叫んだ。


「──全力で逃げるよ!」「──全力で捕まえろォ!」


 命令を受けた軍隊が大きく狼煙を上げる。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 敵将の首を討ち取らんばかりに、こちらに向かって突っ込んでくる生徒たち。

 私は考える間もなく、アヴィ先輩に並んで全力疾走した。


「こ、ここは戦国時代かなにかですか!?」

「あはは! ちょっと変わった普通の学園だよ!」

「全然普通じゃ……それにあの人たちは……」

「生徒会! 役職持ちはミーナちゃんだけだけど油断しないで! 捕まると大変だよ!」


 彼女らの正体は中等部生徒会だという。

 しかし大変って……本当に首を取られたりしないですよね!?


「でも副会長ミーナがいるなんて、ほんとにツイてない!」


 アヴィ先輩は心底悔しそうに拳で拳を叩く。


「まさか裏門に待ち伏せされてるとか! まったくとんだ策士だよミーナちゃんは!」


 どうやらこの人、裏門からこっそり入ろうとしたものの、生徒会に発見されてしまったようだ。そして後ろの軍勢を引き連れて、わざわざここまで逃げてきたらしい。


(あれ、もしかして、私、また巻き込まれて──……?)


 なんで一緒に追いかけられているのか。やっぱり私は遅刻するしかない運命なのか。


「──問題児どもはまとめて天誅!」


 後ろで叫ぶ副会長。いつしか私も標的にされてしまっている。


「違うんです……私は不良じゃありません……どこにでもいる転校生で……」

「絶花ちゃんの眼が突然死んだ!? なんで!?」


 アヴィ先輩が、私の背を強く叩く。


「現実逃避してる場合じゃないよ!」


 唐突に彼女が前方を指した。


「どうやら本格的にまずいみたい……!」


 視線を遠く先に向けると、校舎前にはズラッと横並びになった生徒がいた。


「今日は表もガッチリ固めてきてる!」

「あれも生徒会……なんか屈強な人が多いですけど……」

「うちの生徒会は超武闘派だからね!」


 当然だみたいな顔をされても、明らかに中学生じゃない人も交じってますよ!


「あたしはなんとかなるけど──」


 彼女はチラリと私を見てから、覚悟を決めたように頷く。


「このまま正面に突っ込もう! 頑張って道を作るからその間に駆け抜けて!」

「あ、アヴィ先輩はどうするんですか?」

「こっちのことは気にしないで! 気合いでどうにかするからさ!」


 ピンクの髪が元気に揺れる。安心してついて来いと瞳が語っていた。


「──いつものようには行かねぇぞ、問題児ども!」


 しかし事は想定通りに進まない。後方からまたも源副会長の怒号が飛ぶ。


「──止めろ、弁慶べんけい!」


 瞬間、太陽がキラリと光った。


「っ! アヴィ先輩!」

「うわっ!?」


 私は彼女の制服を掴み、後ろへと強引に引っ張る。

 すると先輩のすぐ目の前に、何かが高速で落下してきた。


「これは……薙刀なぎなた?」


 大きく穴が開いてしまった地面、そこに突き刺さっていたのは巨大な薙刀だった。


「あ、あぶなぁ! ありがと、助かったよ!」

「模造刀みたいですけど、なんでこんなものが学園に……」

「中等部は体育会系で、特に武術系の部活はどれも全国トップクラスなんだよね」

「それではまったく説明がつかないような……」

「ときどき武器が飛び交って、ときどき不思議なことが起きる、これが駒王学園だよ!」


 かっこよく締められても困る。

 他の一般生徒は武装していないし、いつも物騒ということはないんだろうけど。


(……生徒会だけはおおやけでも武器を使える? もしかして生徒会は異能者の集まり?)


 様々な考えが頭を巡るが、今一番の問題はそこではない。


「──ここまでだな」


 つい足を止めてしまったところに、追いついてきた副会長が無情に告げる。

 彼女はチラリと腕時計を見て、釣られるように私も校舎の時計を見た。

 始業までの残り時間──十数秒。


「潔く投降しやがれ。今なら反省文百枚で勘弁してやる」

「そんな! 百枚も書いたら腱鞘炎になっちゃうよ! 学業に支障出ちゃうよ!」

「そ、そう言われっと困るな。じゃあせめて五枚程度で……って、話を逸らすな!」


 副会長、もしかして意外と優しい人?


「アヴィ先輩……」


 常識的に考えれば、もはや教室へ時間内に到着することは不可能だ。

 遅刻して不良扱いはすごく嫌だけれど、どうせ生徒会に顔は覚えられてしまった。

 仮にこのまま戦闘になれば、さすがに天聖も動いてしまうかもしれない。

 ならば投降して謝罪、とにかくおっぱいを晒すような事態だけは避け──


「行って!」


 しかし彼女から返ってきた言葉は予想外だった。


「ミーナちゃんは、あたしが止める」

「止めるって……」

「玄関口の連中も巻き込んで乱闘にする。それに乗じればあるいは間に合うかも」


 それは流石に無茶だ。そもそも上手く抜けられたとしても時間が──


「諦めなければ可能性は無限大だよ!」


 アヴィ先輩が力一杯に告げる。そして私を庇うように前に出た。


「遅刻なんかさせない! 今日が転校初日! だったら最高のスタートにしないと!」

「でも、先輩も点数がどうって……反省文も……」

「それも大事だよ、けどそれよりも大事なことがあるからさ」


 アヴィ先輩はニカッと破顔し、自分のおっぱいを叩いた。

 いや、本当に叩いたのは己の心なのかもしれない。


「──後輩を助けられず、なにが先輩だってね!」

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