ジュニアハイスクールD×D

東雲立風・石踏一榮/ファンタジア文庫

1巻 転校生はサムライガール《大ボリューム試し読み》

Life.0

 ずっと、友達がほしかった。


 だけど私は目つきが悪いし、口下手で、不器用で。

 なにより身に宿した異能が、みんなを私から遠ざけてしまう。


『ひからないで……ひからないで……』


 教室の隅で、運動場の隅で、発表会の隅で、必死に胸を押さえてうずくまる。

 私の身体は人と違う。周りに指をさされないように過ごしていた。


『──絶花ぜっか


 身近で名前を呼んでくれるのはお祖母ちゃんだけ。

 両親も不在、いつもひとりぼっちな私を見かねて、よく面倒を見てくれた。


『──今日はご先祖様のおはなしを聞かせてあげよう』


 お祖母ちゃんによると、私の先祖は有名なサムライだったらしい。

 語られるのは、天下無双を誇った男の英雄譚である。


『──彼もあなたと同じ力を持っていた』


 しかし男の死後、何百年もその異能は現世に現れなかったという。


『──絶花には何か、宿命のようなものがあるのかもしれないね』


 お祖母ちゃんは感慨深そうにそう言い、私の頭をそっと撫でてくれる。


『──大切になさい。それはきっとあなたを助けてくれる』


 そうして語られた英雄譚は、最初から最後まで波瀾万丈だった。

 自ら戦場へと身を投じ、数々の道場破りや、無人島での一騎打ち──

 幼いながら胸が熱くなったのを覚えている。


 もちろん異能を持った人間が、私だけでないことに安堵もした。

 彼の生み出した兵法や武勇伝、手にした富や称号にも驚嘆を覚える。

 しかし一番感動したのはもっと別のことで。


『──お噺はおしまい。これが現代まで語られる宮本武蔵の伝説だよ』


 私は、たくさんの人に認められた、その男の生涯に憧れたのである。


 ──彼は最強だったから人気者になれた。

 ──どれだけ欠点があっても力があれば関係ない。

 ──友達だって簡単にできてしまうだろう。

 ──強いって、魅力だ。


 悩まされるだけだった自分の異能に、行き場が見つかったことも大きかった。

 いま思い返すと、笑ってしまうぐらい幼稚な思考回路だったと思う。


『おばあちゃん』


 だけど、真剣だった。


『わたし、つよくなる』


 普段は上手く想いを伝えられない。

 だけどこの時だけはハッキリと口にすることができた。


『さいきょうの、けんしになるよ!』


 ご先祖様に負けないぐらい強くなる。

 そして、たくさんの友達を作るんだ。

 こうして私は剣の道へのめりこむのだった──




 あれから一〇年近くが経つ。私は中学二年生になっていた。

 幼い頃に夢描いた通りなら、今頃はたくさんの友達に囲まれていただろう。

 そして順風満帆な学生ライフを謳歌している──はずだった。


「がっかりね」


 しかし自身を取り囲むのは、十数人からなる武装集団だった。

 夏休み最中さなか、夜を望む港の一角で、絶体絶命の状況に私はいる。


「剣豪の末裔と聞いて、期待していたのだけれど」


 リーダー格らしい、派手な漢服の女性が前に出てくる。


「ここまで追い詰められても、表情を変えないのだけは流石と褒めてあげる」


 片膝をついて動けない私を、彼女は蔑むように見下ろす。


「でもどうして逃げてばかりなの? 神器セイクリッド・ギアを所持していることは知ってるのよ?」


 私よりも一回りぐらい年上らしく、大人の余裕で諭すように言ってくる。


「あの力は……使いません……」


 よろめきながらも立ち上がる。


「へぇ、まだそんな生意気な眼で睨めるわけ」

「……この眼は、生まれつき、です」


 かつては最強の剣士を目指した。

 しかし成長するにつれ、自分の抱いた夢が幻想だったと気づく。


「……戦うのは……うんざりだ……」


 今は戦国時代ではない、剣の腕があっても人気者にはなれないのだ。


「私は……もう……おっぱいには、振り回されない……」


 なにより強くなればなるほど、あの力は高まり、余計に日常とはかけ離れていった。


「やっと……分かったんだ、私が目指すべきは最強じゃないって……」


 普通の友達がほしい、そして普通の日常が送りたい、ならば答えは明確だった。


「──私はこれから、普通の人間にならなくちゃいけない」


 だからどれだけわらわれ、どれだけ傷つこうと、もうあの力は使わないのだ。


「ならなおのこと神器セイクリッド・ギアを出しなさい。堕天使どもより優しく奪ってあげるわよ?」

「自分の異能とは自分でケリをつけます……あなたたちのような人には渡さない……」

「青臭い台詞ねぇ。これだから子供は嫌いなの」


 彼女は面倒くさそうに首を振ると、腰に差していた剣を抜いた。


「でもそんなに寂しいなら遊んであげる。ギリギリまで甚振いたぶって殺してあげるわ」


 他の者たちも、彼女にならって武器を構える。


「──待ちなさい史文恭しぶんきょう


 唯一それを制止したのは、武装集団の中にいた青い甲冑騎士だった。


「わたしたち英雄派の目標は、神器セイクリッド・ギアを奪うことだけだったはず」


 兜によって表情は窺えないが、声音からして凜とした人物だと分かる。


「武器を持たない者を、必要以上に痛めつけるのは仁義に反し──」

「余所者は黙ってなさい。それとも青騎士シュバリエ様もアタシに遊んでほしいわけ?」


 史文恭と呼ばれた人物は、仲間の言うことを容易に一蹴してしまう。

 そうして私の方に向き直り、今までで一番の邪悪な笑みを浮かべた。


「さぁて、剣豪の末裔はどんな悲鳴を聞かせてくれるのかしら」


 彼女はおもむろに剣を振り上げた、そうして躊躇なく刃を下ろし──


『悲鳴をあげるのは貴様らのほうだ』


 すると敵の意表を突くように、私の中にいる彼がいきなり言葉を放った。


「どうして胸から声が……まさか、そんなところにあるっていうの……!?」


 瞬間、私の胸元が光り輝く。


『そんなところではない、おっぱいと呼びたまえ』


 おっぱいの輝きは、そのまま周囲一帯を包み込む。

 そして光が収まった後、彼女たちは目撃する、私が隠していた異能の正体を。


「やっぱり噂通り、刀剣型神器セイクリッド・ギア……!」


 いつしか私の右手には刀が握られていた。


天聖てんせい、どうして……」

『お前にこんな所で死なれては困るからな』


 私の身に宿った異能──『天聖』と呼んだ刀がぶっきらぼうに言う。


「……ようやく出したわね、宮本武蔵が所有していたという二刀の神器セイクリッド・ギア


 史文恭は表情を崩さないものの、頬には一滴の汗が流れていた。


「けれどもう一本の刀を出さないってのはどういうつもり?」

『今いるのはオレだけだ。アイツはどこかへ行ってしまった』

「そんな嘘に騙されるとでも? もしかしてお姉さんのこと舐めてるのかしら?」

『無理に余裕ぶるな大陸の英雄。貴様の動揺はおっぱいから透けて見えているぞ』


 天聖のあしらうような対応に、彼女は目元をひくつかせる。


「主人が情けなければ、武器も生意気ってわけ──っ!」


 史文恭は感情任せに剣を振り下ろしてくる。


『──絶花、オレを使え』


 刹那、意識に彼の言葉が流れてきた。


『剣がどう、戦いがどう、最強がどう、お前の想いなど敵には関係がないことだ』


 現実にあるのは、目の前へと迫る刃、すなわち死である。


『それでもなお、友を作ると決意したのだろう』


 武器である天聖は、冷静かつ無情に、使い手を戦へ導こうとする。


『お前は、このまま孤独に生涯を終えていいのか──?』


 考えるより先に、身体が動いていた。


「っ! 受け止めたですって!?」


 鍔迫り合いにより激しい火花が舞い、衝撃によって両足が大地に食い込む。


「……ここで死ぬのは、嫌だっ」


 矛盾しているのは理解している。力を手放すことを望みながら結局は使ってしまった。

 それでも私は、いまだに友達の一人だってできていなくて。


「二天一流、奥義三番──」


 刻んだ剣術が、磨いた感覚が、憧れへの渇望が、自然とこの手を動かしていた。


「────落花狼藉らっかろうぜき!」


 敵の胸元に横一閃、切り裂かれた漢服が花びらのように散っていく。


「……ど、どういうこと、かしら?」


 しかし彼女は倒れていなかった。血の一滴すら流れていないことに呆然としている。


「確かに斬られて……でも身体は無傷なんて……一体どういう……」

「勝負は、決まりました」

「は?」

「私の、勝ちです」


 静かに勝利宣言をすると、それを聞いた史文恭の目元が更に引きつる。


「やっぱり舐めてるなこの小娘クソガキ──!」


 まだ勝敗はついていないと、敵は怒りに任せて直進してくる。


Dualデュアル!!』


 ここで握った刀からシステマティックな音声が発せられた。


「──言ったはずです、勝負はついたと」


 すぐさま彼女の肉体に変化は起きた。


「あ、アタシの胸が縮む……それに力が抜けて……!?」


 史文恭のおっぱいが光ったと思うと、それは急激に小さくなっていく。


Evolutionエボリューション!!』


 すると今度は私のおっぱいが輝き、段々とそのサイズが大きくなっていった。

 そしてバストの成長と共に、天聖の放つオーラも増していくことになる。


「まさかアタシのおっぱいを、自分のものにしたっていうの……!?」

『オレは斬った相手の生命力、すなわち乳気にゅうエナジーを奪う』

「にゅうえな……なぜ、おっぱい……」

『愚問だな。おっぱいなくして人にあらず。おっぱいとは生命力そのものである』

「そん、な、馬鹿、な……」


 史文恭はそのまま意識を失い、地面へと倒れ込んでしまう。

 天聖はおっぱいを至上とする、しかしこれこそが私の人生を狂わせた元凶なのだ。


「──また、大きくなってしまった」


 かつて私は無意識に人のおっぱいを奪い、同世代にあるまじきバストサイズになった。

 周囲からはデカ乳、おっぱい妖怪、シャイニングバストなどと呼ばれる始末。

 だから剣の道に逃げた。強ささえあれば友達ができると信じて。


「……でも気づかなかった。最強を目指すとは多くの敵を斬るということだって」


 すなわち倒せば倒すほど、私のおっぱいは成長してしまうのだ。


「……乳気にゅうエナジーが増えるほど、それだけ強者からも目を付けられた」


 私の近くにいれば、おっぱいは光って小さくなり、戦いにも巻き込まれてしまう。

 そんな人間と、一体誰が仲良くしたいというのか。


『しかしオレの力を使わなければ死んでいた。それでもおっぱいが憎いのか?』

「……うん」


 おっぱいなんて、大嫌いだよ。


「私は、普通になるよ、だから……」

『オレを封じる術を探すのか、それもいいだろう』

「怒らないの?」

『主人が望むものを否定する権利はない。ただ刀が持ち主を選ぶように、おっぱいもまた人を選ぶ。お前は宿命から逃れられない』


 ふと見上げると、リーダー格が倒されたことで、完全に臨戦態勢となった敵勢がいた。


「私は真っ当に生きると決めた。これを人生最後の大戦おおいくさにするよ」

『っふ。最後になるかは知らんが戦となれば付き合おう』


 私の胸が再び輝く。しかしそれは先ほどよりも一層強い光で。


『刮目しろ。これがあの男を超えるサムライ──』


 天聖が高らかに口上を述べた。


『それすなわち、二刀乳剣豪にとうにゅうけんごうへと至る者!』


 私も覚悟を決めて名乗り上げる。


宮本みやもと絶花、一四歳──推して参ります!」

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